歳をとっていくと頑固になったり無口になっていくという典型的な頑固親父のイメージというのがあると思う。私はそういうのは他人事だし嫌いと思っていたが、今43歳になって自分の内面に私が嫌っている頑固親父が広がってきているのを感じる。オレの理性がちょっとでも残っているうちにどういうことなのか記録しておきたい。
結論から言うと「説明してやる義理がない」「説明が伝わらない経験を積みすぎた」の2パターンだ
説明してやる説明する義理がない
例えばさまざまな現場で「指差し確認をする」とか「チェックリストを守る」というルールがある。これは事故を防ぐための人類の叡智だと私は考えている。(アナタはなぜチェックリストを使わないのか?【ミスを最大限に減らしベストの決断力を持つ!】)
私は単純なチェックリストを使わないことで自分で何度も痛い目に遭ってきたし、他人が酷い目に遭ってるのも何度も見てきた。そして、そんな私に若者が来て「こんなの意味あるんですか?」「大丈夫だからスキップしましょう」と言ってくる。気持ちはわかる。私も若い頃はそう思ってた。
でもミスというのは大丈夫と思ってることに起こるのだ。ミスが起きると「まさか!」「こんなことが起こるなんて例外中の例外だ」と誰もが思う。起こらないと思ってたからだ。
チェックリストはいらないと若者に言われたときに私が相手に丁寧に説明する義理がある場合は問題ない。会社で直接利害関係があるとか、家族とかの場合だ。その場合は相手の成長を願い、これにはどういう歴史があり、どういう他の解決方法があり、なぜこれを選んだか、なぜ他では失敗したか、将来はどうするつもりか丁寧に説明できる。
しかし、それが一時的な関係だったり、間接的な関係の場合には丁寧に説明する面倒なので「いいから黙ってやれ」「素人は黙っとれ」と言いたくなる。
「丁寧に説明してくれればわかるのに」と反論したくなるかもしれない。しかし大人になって20年以上積み重ねてきた知識と経験を短時間で整理するのは難しい。頑固親父と若者には圧倒的な時間の差があるのだ。例えばソフトウェアの設計ならそれに関する本を何十冊も読んできて、何十とプロジェクトで試し、失敗と成功をしながら、より良いものを探し続ける過程で辿り着いた方法が今の方法なのだ。それを1時間やそこらで説明できるような能力を普通の頑固親父に要求するのは酷だろう。
説明が伝わらない経験を積みすぎた
これは簡単だ。上記の「説明が面倒」というのを乗り越えて説明を頑張るというのは実は頑固親父たちもやったことはあるのだ。特に最初の部下や、仲間、長男長女にはしたかもしれない。でも、残念ながら話しても通じない人は多いのだ。これは環境が悪い場合と、相手が悪い場合と、こちらが悪い場合がある。でも、こちらだって教えるプロなわけではないのだ。何度も説明する中で、説明しても損したという経験が積まれていく。それによって説明するのが面倒になる。
まとめ
さまざまな頑固親父がいると思う。単に無能な場合もある。ただ私は加齢とともに一概に頭が硬いとか、意地悪だとは思えなくなってきた。頑固親父が頑固親父になるにはそれなりの理由があるのだ。もしかしたらグチグチ説明せず無言なのは優しさなのかもしれない。だからどうということではないのだけど、以前よりは気持ちがわかってきたという話でした。
