僕はずっと、虚構を使って現実をなんとかしてきたんだと思う。
ロールプレイ人狼で、僕はとある組織の班長という役割に任命された。役作りとして、どんなチームか他の人の役割を参照しながら想像してみた。部下は素直なメンバーもひねくれたメンバーも、強いのになかなか力が出せないメンバーもいて、若く課題を抱えているけど、みんな才能はある。自分の立場は特に明示されていなかったけど、他の班と比べたらシニアやベテランはいなかった。
たまたまだけど、現実の自分の部署が似たような状況だった。一番上の部長クラスと一番下のジュニア層が集中していて、ミドルや中間層がごっそり抜けてる状況だった。そういう状況だったら、自分だったらどうするかを考えた。制約として、他の班からレンタル移籍というのも考えたけどロールプレイの設定を考えると、やっぱりやるべきは所属組織ベースだろうと考えた。副長に班内の育成を委任しつつ、副長のケアと他の班との交渉、そしてその諸々の結果責任を負うのは班長である自分の責任。 自分自身のロールプレイの出来不出来は置いといて、この役割設定と振る舞いがしっくり来たのは事実だった。
だから現実でもそれを適用して部下を育成しつつ、他部門への窓口として動いた。結果、それが評価された僕はグループマネジャーになった。フルリモートで運が巡ってきたという要素も少なからずあるけれど、このロールプレイで考えたことが結果として有用に働いたことを、僕は疑っていない。
余談だが、当時の部長は(ロールプレイ人狼で僕がやったのと同じ観点で)腹をくくってジュニアの育成を図った。ミドルクラスのエンジニアを外から入れてくるということも並行してやってはいたけど、中途で入ったメンバーも組織に馴染むには時間がそれなりにかかるし、どちらにしても短期的な解決策にはならない。だったら、若手を育成して、自分の部署を優秀な人材が揃っている部署として「人材派出部署」としてブランドを確立して、優秀な人材に来たいと思われるような部署にするべきだ。
正確に聞いたわけではないけど、当時の部長はそう考えていたらしい。 そしてその目論見は、数年経過した現在、しっかり結実し、社内での存在感が増し他部署との連携もずっとスムーズになって、我々も以前よりずっと働きやすくなった。
ロールプレイ人狼で、僕はとある研究所のメカニックをやることになった。昔やったロールプレイのリバイバル。でも、今となっては足りないと思った。だからさらにアップデートしようと思った。アップデートするにはどうするか。自分のロールプレイの面白いと思ってもらえるところを洗い出して、そこを拡大する必要がある。 もっとメカニックらしく、もっとロボらしく、電飾をつけたり小型ディスプレイにメッセージを表示させたかった。でもそのためには今持っている自分の力だけでは足りなかった。
だから、僕は電子工作を学んで装置を作ることにした。 それが最もインパクトを大きくできる、一番現実的な線だった。
結果としてロールプレイはうまくいったし、評判も良かった。ただ電子工作についての知識は足りておらず、安定して運用ができなかったし、もっと面白いことができたという残滓が残っていた。その残滓を払拭したくて、ロールプレイ人狼が終わってからも、はんだづけ教室に通ってはんだづけを習い、今は中学高校の理科の復習をしながら電気や回路図について勉強をしている。電子工作の知識を持っていて、何かやりたいことができたときに、自分で手を動かして作れるのはすごく楽しそうだ。今後、メカニックのロールプレイをやる時にはもっとパワーアップさせたいと思っている。それに、IT業界にいるにもかかわらず、電子工作を含むハードウェアに苦手意識を感じていて、それが劣等感にもなっている。IoTというキーワードに興味を持っても手が出せないでいた。
もしこれで苦手意識が払拭できたら。僕はそう思いながら今も勉強している。 現実の僕は、電子工作も全然意味がわからず、中学の頃ははんだごてで火傷して先生から呆れられた人間だ。でも虚構のメカニックは違う。電子工作はお手のものだし、何か不具合があったら直すこともできる。虚構を現実に近づければ、僕はハードウェアや電子工作の苦手意識を払拭できる。
虚構の力があれば、現実をぶん殴ることができる。
酒に酔った頭で、考えていることをぶつぶつ言いながら隅田公園を歩くことで、 ようやく自分が何をしているのか、少し言葉にできた気がした。僕には虚構がどうしても必要で、虚構を求めていた。現実に立ち向かうために。
思い起こせば、僕は昔から現実をぶん殴るために虚構を使ってきていた。T-SQUAREを物語にしてどうしようもない現実に立ち向かっていった。
予想だけど、僕は今後何らかの宗教にはまる可能性があると思っている。宗教は大いなる虚構で、現実に対して立ち向かう力をくれる。だからこそ、今のうちに宗教について考えないといけない。宗教は病原体のようなもので、ワクチンとして摂取する分には生きる力をくれるが、油断すると体内に入り込んで心身を蝕んでゆく。 現実に立ち向かうには、僕はあまりにひ弱すぎた。だからこそ、虚構の力が必要だった。虚構があれば現実をぶん殴れる。今でも本質的には変わっていない。今でも僕は虚構の力を信じているし、虚構の力を使って現実をぶん殴ることをやめないと思う。だからこそ、どうやって虚構と折り合いをつけるのかも考えないといけない。

隅田公園から臨む東京スカイツリー。 人間が作った、お金という虚構をこれでもかと積み上げて作り上げた建造物。
僕がこういった建造物に惹かれるのは、そこに強烈な「人間」を感じることができるからかもしれない。 直接人間に触れるのがしんどい時でも、こうした「間接的な人間の営み」には触れていたい。その距離感が、今の僕には心地よい温かさをもたらしてくれる。