

ある映画業界人の文章を読んでいたら「ショット、ショット、ショットってうるせんだよ、映画でショットがどうのこうの言うの禁止しようぜ」と書いていた、映画に携わる人間が、このざま、、、自分と違うから、自分はそういうの好きじゃないから、自分は分からないから、といって、禁止とか五月蠅せえとか言ったらどんだけ自己中で横暴かってことが分からない愚かなヤツだ、、、そもそも映画ってショットの連続性だし、もしもね、ストーリーだけで映画を語るなら、映画なんて必要ないって話さ、今流行りのファストムービーってことだな、愚かだな、、、画のつながりが映画の本質ならその1カット1カットのショットはむしろとても重要であるはず、、、映画業界人でありながら、映画をショットで語れないなら、小説のレビューでも書いてろよ、ぷっ、、、
そういう愚か者には不向きな本作、、、銀残し風な画で本編に誘い、1カット1カット丁寧に、素人離れした画を並べていく、ドラマチックな展開もなく、少々の起伏もない、極力セリフを抑えてショットで見せる、、、ストーリーは空き巣に入った家で衝動的にそこにいた男女二人を殺してしまった死刑囚と殺された男の婚約者の交流、ただそれだけ、ストーリーで映画を観る人には極めて退屈なもの、、、
この監督は詩人だそうだ、森山直太朗の学生時代からの友人だそうだ、その人の写真を見たが詩人にも映画に精通しているようにも風貌からは見えない、、、が、初めての映画でこういうのを撮れてしまうんだな、かなり映画を観てなくちゃできないはず、、、
声高に死刑廃止を叫ぶわけでもなく、神の赦しがどうのこうもなく、そういうのはとてもイイ、、、でもね、十字架はずし教会に置いて去りました、これから神を裏切りますから、って、満月が出るのを示し合わせ、遠く離れた男女が同じ時に〇ナニーを始めますって、それはあかんよ、そりゃ尾野真千子のオ〇ニシーンはこの映画の見せ場っていうかクライマックスなんだろうけど、それはアカンって(嬉しいけど)、、、
「死ねば、罪は消せますか」
あらすじ、、、遊ぶ金欲しさに空き巣に入った家で、居合わせたカップルを衝動的に殺害してしまった淳は、一審で死刑を宣告される。淳は、弁護士が提出した控訴を自ら取り下げ、死刑執行の日を待つことに決める。そんなある日、淳の殺害した男性の婚約者だったクリスチャンの女性・薫が面会に訪れ、2人は互いに惹かれていく。(映画.comより)
































