
サタジットレイと並び称されるほどになったのも蓮實御大が発掘してきたから、まだ日本でその存在を知らない頃に「インドにまだ凄いのがいる」と、御大が自慢げに語り始めたのがグルダッドの日本での評価のはじまり、、、ボクは<渇き>と<紙の花>といった代表作しか観ていないが、生涯8本の監督作を残して30歳台で亡くなったのがつくづく惜しく思えるほど、今回の本作品も抜群に面白かった、、、
行き過ぎた封建社会のインドに対して統治していた英国の介入により離婚法が成立する、女性解放運動、女性の自立、人権運動と言っても、インドではしょせんは一部の上流階級のたわごとのように感じる、そして西洋からの一方的で上から目線のようにも感じるのだ、70年前のインドの極僅かな上流階級以外の観客はどんな思いでこの映画を観たのだろう、夢物語、、、ストーリーはロマンチックコメディというかスキュリューボールコメディの基本的なフォーマットである「すれ違い」「誤解」が基本で、よくあるストーリーなのに面白いのはやはり監督の腕なのだろう、、、そして主演も兼ねるグルダットは胡散臭いクラークゲーブルに見える、それでもフランクキャプラやキューカーのようなハリウッドの空気を漂わせ、もしくはインドのルビッチとでも形容しようか、もしくはルネクレールであり、同じ時代の日本の木下惠介でもある、(御大はサークや成瀬と比較するが)、、、2時間半ほどの尺だがまったく飽きることなく楽しく鑑賞できた、、、
そして、グルダットはストーリーテリングだけではない、なんといっても画がいい、だから凄いのだ、単なるエンタメ監督ではなく、ち密に計算された画作りに目を見張る、、、
グル・ダットについて、、、インド映画、とくにヒンディー語娯楽映画界ボリウッドの黄金時代を語る際には欠かすことの出来ない人物である。ダットは、『渇き』、『紙の花』、『旦那様と奥様と召使い』、『十四夜の月』といった不朽の名作を1950~1960年代に数多く生み出した。とくに、『渇き』と『紙の花』の両作品は、永遠の名作との呼び声も高く、『タイム』誌の「永遠の名作100選」(Time magazine's "All-TIME" 100 best movies)[1]や『サイト&サウンド』(Sight & Sound)誌での映画監督・批評家選[2]などに選出されている。また後者の誌上においては、ダット監督自身も「永遠の偉大な映画監督」として選ばれている[3]。まさに「インドのオーソン・ウェルズ」とも評される映画監督である[4]。1950年代には、大衆娯楽市場向けに制作されたにもかかわらず、すばらしい叙情性を持った芸術的作品をヒンディー語映画業界において数多く送り出したことで知られており、そのような娯楽映画と芸術映画の要素を融合させた作風を1957年の代表作『渇き』以降発展させていった。彼の作品のリバイバル上映の折にはホールが満員になることも多く、とくにドイツ、フランス、日本では人気が高い[5]。ダットに関して書かれた最近の本としては、インドの女性誌『フェミナ』の編集者サッティヤ・サランによる『Ten Years with Guru Dutt: Abrar Alvi's Journey』(2008年)がある。この本は、ダット監督の作品の多くを手がけた脚本家であり、彼の個人的な友人でもあったアブラール・アルヴィーの回想に基づき書かれている[6]。日本では1980年代に映画批評家の蓮實重彦がダグラス・サークや成瀬巳喜男と比して賞賛している[7]。(Wikiより)































