「日本への原爆投下は正当だった」アメリカ人学生の意見に日本人精神科医が返した言葉(FRaU)
何度も何度も言うが大虐殺なんだよ
理由は関係なく民間人を一度に大量に殺したらそれは虐殺なんだよ
正当化できる大虐殺ってあるのか?
ありません!
自分たちがした愚かなことを愚かと思えない
本当バカな連中だな、、、
本文からの抜粋
以前、第二次世界大戦末期の硫黄島での日米の戦いを、日本兵の視点で描いたクリント・イーストウッド監督の映画『硫黄島からの手紙』を見たアメリカ人が、「敵国の日本人にも家族や彼女がいたりして、それぞれの思いで戦争を生き抜いたことを初めて知った」と答えている印象的なインタビューを見たことがあります。それまでアメリカで観た戦争映画では、敵国の軍人たちはただ敵として描かれるだけで、それぞれの暮らしぶりや顔が思い浮かぶことがなく、彼らの人生や物語について考えるきっかけがなかったのだと。しかし「世界のさまざまな人の経験を描く」ことは、自国中心の歴史観の裏に隠れていた、いくつもの生きた声に触れることを可能にしてくれる。そのなかで単純な敵・味方にとどまらない歴史観が育まれるのだと思います。 アメリカやヨーロッパで核兵器に関して議論される際、私は日本人として、どうしても違和感を感じることが少なくありません。それは、核の抑止力のような核兵器にまつわる理論や核兵器保持の必要性を正当化する政治的な背景ばかりが議論され、実際核兵器が使用された後の人々の苦しみの悲惨さが語られないからです。こう感じるのは、私が日本で受けた教育や、『はだしのゲン』などの漫画や、井伏鱒二の『黒い雨』などの小説、そして広島出身の祖父や親戚の実体験から、実際に核に翻弄された人々の人生を知る機会に恵まれたからでしょう。日本から世界に伝えなければならないストーリーが広く語られることを祈っています。
