3連休の列島をかすめるように動く予定の台風23号。
【Weathernewsより台風進路予想図】
こうやって見ると、22号より南側を進む予想になっていますね。
西側から回り込んでくるので、陸地との近さは22号と変わらないくらいのようですが、強さや大きさは今のところ22号の方が上ですから、近くに来る割に影響は限定的かな?と楽観的になっています。
ただ、最近の予想は、ちょっと目を離した隙にすぐに変わってくるので、さて、どうかな。まだまだ注視していなければなりません。
そういえば、好天に恵まれた今年の北海道。襟裳岬も素敵な青空でした。

で、この写真を見てふと思い出したのがあそこ。

神威岬の方がスケールが大きいですが、ちょっと似てません?
岬の先端に向かって歩いて行くワクワク感w
ここでリベンジだ、といった感じで、先に進むことにしました。









その先にあるのが、私たちが行ける範囲では一番先端になるところです。

どこからコンブを持ってきて干すんだろう?


ちなみに、強風が売りの襟裳岬ですが、この日もかみさんの髪の毛が逆立つくらいの風は吹いていました。追い風参考記録は確実に超えていたかなw


由来は、以下のサイトに掲載されていました。
昭和4年、襟裳岬にて暗礁に乗り上げ沈没し、78名が死亡した豊国丸(ほうこくまる)の追悼碑だそうです。


民宿のHPは既に閉じているようです。


階段を上ったら、襟裳岬の歌碑を見に行きましょう。
昨日あげた森進一さんの襟裳岬が有名ですが、島倉千代子さんにも同じ名前の歌があるのは知りませんでした。







端っこに行ったらやっぱり証拠の品がほしいので、おみやげ屋さんに寄ります。




さて、それではここからは方向を変えて北上です。

しばらく海沿いを走ったら、広尾町のあたりから内陸へと入ります。




大樹町と言えば、今はロケットの町なんですが、私にとってはタイキシャトル、タイキブリザード、タイキフォーチュンなどで有名な大樹ファームのあるところという印象でした。
ただ、当時隆盛を誇った大樹レーシングクラブも、おごれるものは久しからずとなったのか、衰退してしまったそうです。栄枯盛衰は世の常ですね・・・
そんなことを思いながら訪れたのは、廃駅跡。一般に知られる廃駅としては、トップクラスに有名なところですが。


ご存じの方も多いと思いますが、ここは同じ旧国鉄広尾線にあった愛国駅とセットで紹介されています。
発端となったのは、1973年にNHKで放映された「新日本紀行」。「幸福への旅 〜帯広〜」として紹介されたことで知名度が上昇し、74年にかけては営業係数が大幅に改善するなどのブームを呼びましたが、長くは続かず、14年後の1987年に広尾線とともに廃止となったそうです。
それでも、駅はそのまま残され、今でも多くの人が訪れる観光地となっています。














木の床、扇風機。自分が子供の頃は、こういう車両がまだ走っていたなぁと記憶に残っています。昭和で国鉄なんだなぁ。
ちなみに、今から40年程前の記憶になりますが、小僧にとってのこうした車両は、私にとっての朝鮮戦争くらいのタイムラグになるんですね。なかなかショックだわ・・・💦






さて、幸福駅に来たら、セットの愛国駅にも行かねばなりませんが、いい時間になりましたので、今日はこんなところで。続きはまた明日です。
