
■ 伊那は「平」じゃないのか問題
私は長野県の南、いわゆる「南信」と呼ばれる地域に住んでいます。南信は大きく下伊那郡と上伊那郡に分かれ、私の住む伊那市は上伊那に属しています。
この下伊那・上伊那を合わせて「伊那谷」と呼びます。谷、です。
なぜ谷なのかと言えば、ここは南アルプスと中央アルプスに挟まれた地形で、文字通り巨大な谷だからです。左右を見れば山、振り返っても山。逃げ場なしの谷です。
ところが県歌「信濃の国」では、
松本、伊那、佐久、善光寺。四つの平は肥沃の地。
と歌われています。
松本平、佐久平はわかる。善光寺平もまあわかる。
……伊那は?谷ですよ?
まぁ長さ約60kmもあるのに幅は最も広いところで約12km。谷ですね。
これはあくまで私の邪推ですが、「伊那谷」と入れると歌詞のリズムが崩れたのではないかと思われます。作詞家の葛藤が目に浮かぶようです。音節の都合に伊那谷が敗れた、という説を私は勝手に唱えています。
■ 長野県民は自宅の標高を知っている
さて、本題です。
「長野県民は自宅の標高を言える」
「標高マウントが存在する」
この話をご存じでしょうか。
結論から言えば、これは半分本当です。
長野県は日本で最も平均標高が高い県といわれています。県庁所在地の長野市ですら約360m、松本市は約590m、そして避暑地として名高い軽井沢町は約1,000mです。
標高が生活に直結するのです。
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気温は100m上がるごとに約0.6℃下がる
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雪の量が違う
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桜の開花が違う
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農作物の生育が違う
だから自然と「うちは何メートル」という会話が生まれるのです。
■ 日常に潜む“標高マウント”
実際の会話はこんな感じです。
「あ〜スカイツリーね?うちより低いわ」
「300m?それはもう低地だね。空気濃いでしょ?」
「うち1,000mだから真夏でも夜は寒いよ。エアコン?いらなぁ〜い」
「900m?まだスタッドレス脱げないでしょ?」
「オマエのバイクキャブ車だからセッティング変えないと走らないでしょ?」
などなど
ちなみに東京スカイツリーは634mです。
私の家は約660mなので、スカイツリーより高いんです。だから何だと言われればそれまでですが、言いたくなるのが人情というものです。
もっとも、これは本気の優劣争いではありません。
寒さ自慢、涼しさ自慢、雪自慢の延長線上にある軽口文化でしょう。
■ 実は私は知らなかった
実は私は社会人になるまでこの文化を知りませんでした。
職場の先輩に
「なんだオマエ、自分の家の標高も知らんのか?」
と言われ、
「でもあそこなら700m弱だと思うよ」
と即答されたときは衝撃でした。
え?推定できるの?地形で?早速調べてみたら660mだった。
よく考えれば、長野県では標高は地理の授業だけの話ではありません。天気予報でも標高差が前提になりますし、不動産情報にも標高が出ます。農業では死活問題です。つまり生活の基準単位の一つなのです。
海がない県だからこそ、「高さ」が基準になったとも考えられます。海抜0mという共通原点がない代わりに、それぞれが自分の高さを持っている。と考えるとなんだか哲学的でさえあります。
■ あなたの家は何メートル?
日本は南北に長く、島も多く、地形も多様です。
雪国には雪国の、海沿いには海沿いの、盆地には盆地の文化があるでしょう。
長野の標高文化も、その土地に根ざした生活の知恵の延長なんでしょうね。
そしてほんの少しの遊び心が加わったローカル・エンターテインメントなのだと思われます。
みなさんは御自宅の標高をご存じでしょうか?
もしかすると、あなたの家は私より高いかもしれませんね。
その場合はどうぞ遠慮なくマウントを取ってくださ〜い。