
■ そもそも何故また再開したのか?
2026年1月23日、私は唐突に、このブログを復帰させました。タイトルは「ブログ再開する、かも?」でした。そこには、この数年の休止期間のことと、「定年退職後の自分探し」が一段落したかもしれないという心境を綴りました。
思い返せば、2年近く休んでいたブログをふたたび動かすというのは、けっこう勇気のいることです。
「書くネタあるの?」
「もう誰も読んでないもんなぁ」
……と、自分の中の声がぐるぐるしていたのも事実です。
でも、1月23日から書き始めると、結局ほぼ毎日ペースになっています。ブログを書くという行為そのものが久しぶりに“自分の生活の一部”になってきたのかもしれません。
一方で昨年秋から進めている、僕の若き頃の愛車=ホンダTL125Sバイアルス=のレストア作業が、今は冬の寒さでほとんどできなかったことも影響していたようにも思えますし、そしてこの1ヶ月はそのレストアの様子をnoteの方に書いていたので、書くという行為の”リズム”に乗っていたということもあるでしょう。
しかも思ったより多くの方々が記事を開いてくれているのも嬉しかったしね。
■ 1月23日〜2月の投稿を振り返る
再開して書いた記事のテーマは結構多彩だったのではないでしょうか。
政治・社会の話、スポーツ(オリンピック)の話題、時事ネタから日常の気づきまで、ネタの幅がずいぶん広げた感じです。例えば:
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新聞とテレビの公共性について
このテーマでは、社会的な出来事を自分なりに整理し、頭の中の考えを言葉としてまとめていく楽しさが出ています。過去のように単なる感想日記ではなく、ある程度の分析を伴っているのが新しいスタイルかな? -
冬季オリンピックについて
冬の大きな国際スポーツイベントを取り上げ、日々のニュースを「ただ書くだけ」でなく、数少ない読者のかたの共感を求めるというスタンスにしたつもりです。 -
トランプ氏関連の記事
国際情勢や政治の話題も扱われ、単なる雑感ではなく過去の蓄積を踏まえて考察しました。
そして自分のこともちらほらと、
このように、単発ではなく多角的に物事を切り取る記事が増えているのが、再開後の特徴だと思われます。
■ 書き続けることの難しさと楽しさ
ブログを休んでいた期間があるからこそ、再開した時に感じたことがあります。
ひとつは「書くことは体力と気力、それと時間が必要だなあ…」という実感です。
連日投稿していると、どうしても“書けない日”や“ネタに詰まる瞬間”があります。
しかし逆にネタを考える楽しさも復活しました。
そしてもうひとつ、「文章を書くという行為が自分自身の思考整理になっているなあ」という気づきです。
考えているだけではまとまらないことも、文章にすると自分で自分を納得させられるというか。
この一ヶ月で改めて感じたのは、「ブログを書くという行為そのものが、自分にとっての“精神的な運動”なんだなあ」ということでした。
だから読み手が多い少ないはあまり気にならないのかも。
■ 自分のスタイルの変化
以前のブログを書いていた頃と、今のスタイルはずいぶん変わったように感じます。
以前は趣味の話や日々の雑記、あるいは軽い旅の話や登山記などが中心だったと思うのですが、最近はどちらかというと「時事や社会、少し考察を交えた雑感」を主軸にしています。これは再開時に意図したわけではなく、流れでそうなってきました。
この変化には、おそらく以下のような背景があるのではないのかな?どうなのかな?:
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長い休止期間で外の世界をずっと見ていた
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自分の価値観や考えが少し整理された
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昔よりニュースや社会の動きが気になるようになった。特に経済
……というような「年齢的・人生経験的な変化」かもしれませんね。
■ 次の1ヶ月は?
再開後1ヶ月を振り返ると、書くことの楽しさと同時に「持続する」という難しさも感じています。
ですが、「毎日投稿」というリズムは、なんとなくながらも自分の生活の一部になりつつあるようです。が、このまま毎日投稿にこだわるつもりもないですが。
1ヶ月経った今だからこそ言えるのは、
ブログは自分の気持ちを言葉で表現して自分自身に問いかける場...かも?
なのでしょうね。
そして、これから書く内容が何であれ、「自分自身が書きたいことを素直に書く」それも「自分に向けて」ということが一番大事なんだろうなあと感じます。
さて、次の1ヶ月はどんなネタが出てくるでしょうかね?自分でもわかりませんが、ネタについてはこれまで通り行き当たりばったりのひらめきで決めていこうと思います。
使う写真はキャプチャ画以外は自分で撮影したものだけ使う、と決めているので過去写真の使い回しを減らすために、新たな撮影にも励みたいと思っています。
自分でも楽しみながら、これからも書き続けていきたいですが、毎日投稿はそろそろやめよっかなぁ