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コンプライアンスが緩かった頃  [No.2026-015]

Marcelo Fernan Bridgeから見た夕日 2004年頃

――なぜ今さら「金型保管」がニュースになるのか――


昔は「よくある話」だった金型保管

大企業が子会社や取引先に、商品の金型や治具といった自社資産を長期間保管させていたにもかかわらず、その保管料を支払っていなかった、というニュースを時折目にします。報道では「不当」「違法」「優越的地位の濫用」といった強い言葉が並びますが、製造業に関わってきた人間にとっては、どこか既視感のある話でもあります。

 

実際、私が会社に勤めていた2004年頃、ちょうど海外子会社に駐在していた時分にも、似たような事案が社内で問題になりました。


「この金型、うちの資産だけど、ずっとこっちの取引先に置きっぱなしだよね?」


誰かのそんな一言から話が大きくなり、国内工場の調達責任者から指示があって、慌てて実態を洗い出し、保管料の整理を行い、最終的には調達に関する業務標準に関係項目を追加する、という対応を取った記憶があります。

 

当時の感覚では、「今まで大丈夫だったのに急に対応しなくちゃで大変だぁ」という、どこか人ごとだけど”本店”さんからの指示だからと、最初は場当たり的な是正だったように思われます。

 

後で思い出すと笑ってしまうのですが、現地サプライヤーに保管してもらっていた金型を、海外子会社(私が駐在していた100%出資子会社)に引き上げてきて一同で「これでよし」と思った矢先、本店さんから、

「何言ってんの?親会社と子会社の間でも保管料支払わなきゃダメなんだよ〜
 輸送費は本店持ちだから面倒だけどなるべく早く日本に送り返して」

確かに!考えてみれば当たり前ですよね。人は慌てていて忙しい時には思考が浅くなってしまうとは知っていましたが、あれはちょっとマヌケな思い出です。

 


いつから「商習慣」が「問題」になったのか

では、こうした金型の無償保管という慣行は、いつ頃から行政によって問題視されるようになったのでしょうか。

 

今あらためて調べてみると、ざっくり言えば、転機は1990年代後半から2000年代前半だったようです。
なるほど、だからあの時にうちの会社でも問題視され対応したんだなぁ


バブル崩壊後、下請け企業の経営悪化が目立つようになり、「優越的地位の濫用」という考え方が現実の取引慣行に適用され始め、公正取引委員会や関係省庁が、従来は黙認されていた慣行に対して、「それはコストの押し付けではないか」と言い始めたとのことで、私の経験した時期と一致しました。

 

ただし、この段階では即座に摘発、という事ではなくまずは注意喚起、行政指導、業界団体向けの通達といった、比較的ソフトな対応が中心だったそうで。2004年頃に社内で問題になった、という私の記憶はこの流れときれいに重なります。

 

つまり当時は、「グレーだとは分かってきたが、まだ完全にアウトと断じられたわけではない」時代だったのでしょう。

 


それでも「今さら」ニュースになる理由

あれから20年以上が過ぎました。


各社ガイドラインも整備され、金型や治具の保管費用は誰が負担すべきか、廃棄の判断権はどこにあるのか、といった点も明確化されているはずです。それにもかかわらず、今なお同種の問題がニュースになるのはなぜでしょうか。

 

理由はいくつか考えられますが、一つは「古い慣行が静かに生き残っていた」というほかないでしょうね。

表向きにはコンプライアンス重視を掲げつつ、現場レベルでは「昔からこうだから」「今さら掘り返すと面倒だから」と、見て見ぬふりをされてきた案件が残っていた可能性があります。

 

もう一つは、世代交代の問題です。

ルールが厳しくなった頃管理職だったり、その渦中を担当者として対応した人たちは、「これは明確にアウト」と理解しています。一方で、過去の緩い時代を一担当者として経験してきて後に管理職になった一部の層には、「そこまで問題になる話だっけ?」という感覚が残っている場合もあるでしょう。

 

結果として、誰も積極的に触らず、時間だけが過ぎ、ある日突然「摘発」という形で表に出てくるわけです。

 


コンプライアンスは「知っているかどうか」

最近の報道を見ていると、「コンプライアンス違反」という言葉が非常に重く使われます。しかし、実際の現場では、悪意よりも無知や思い込みが原因になっているケースも多いのではないでしょうか。

 

「金型はうちの資産だから、置き場所は気にしていなかった」
「保管料なんて請求されたことがなかった」


こうした言い訳は、もはや通用しませんが、過去には普通に通っていた時代があったのも事実です。

問題なのは、その感覚をアップデートしないまま、経営や調達の意思決定に関わり続けてしまうことです。コンプライアンスは精神論ではなく、知識と確認の問題でしょう。知らなかった、昔は大丈夫だった、では済まされない時代になっています。

 


「緩かった頃」をどう総括するか

私達が会社員として過ごした時代をコンプライアンスが緩かった頃」という言い方をすると、どこか懐かしさすら感じます。しかし、それは決して美談ではありません。


当時は問題視されなかったのではなく、問題視される立場の声が、表に出にくかっただけとも言えるでしょう。

 

今になって同じような事案がニュースになるたびに、「まだ残っていたのか」と驚く一方で、「誰かが止めるタイミングは何度もあったはずだ」とも思います。

 

コンプライアンスを叫ぶ時代になった今、本当に問われているのは、ルールを作ったかどうかではなく、それを“常に認知-aware-し続ける力”を持っているかどうか、なのかもしれませんね。

 

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