
衆議院選挙の話題が続いていますが、もうすこし...
投開票日の翌日、Xで少し気になるポストを目にしました。
かなり強い言葉遣いの、いわば「怒りのポスト」です。
ポストしたのは、最近政治的な発言で注目されるようになっている方で、宝塚出身の方のようですね。見かけた方も多かったのではないでしょうか。
そのポストの画像を貼っておきます。

要するに、自民党の得票率は「有権者全体」に対して20.3%。
つまり、自民党に投票しなかった人は79.7%もいる、という主張です。
どうやら、2026年2月10日付朝日新聞朝刊に掲載の「天声人語」にもこの方と同じ計算をした結果によって「自民党に投票したのは5人に1人」と書かれていたようですね。
どちらにしても、
「自民党は多数派ではない」「多くの国民は自民党を支持していない」
と言いたかったのでしょう。
しかし、その主張の論拠になったこの考え方には大きな間違いがあります。
「投票しなかった人」=「非自民党支持」ではない
このポストでは、
という単純な引き算をしています。
ですが、これはかなり乱暴な論法ですし、そもそも間違っています。
なぜなら、
-
投票したが他党に入れた人
-
そもそも投票に行かなかった人
この二つを、ひとまとめにして母数として計算してしまっているからです。
「投票しなかった人」が、必ずしも「反自民」や「非自民党支持」だとは限りません。
政治に不満があって棄権した人もいれば、忙しくて行けなかった人、関心が薄い人、候補者が分からなかった人もいるでしょう。
つまり、
投票しなかった人の政治的意思は、外からは一切分からない
というのが現実です。
それでも、もっと重要な事実がある
ただし、このポストを見て「計算がおかしい」とだけ言って終わりにしてしまうのは、少しもったいない気もします。
なぜなら、この話題にはとても重く、そして大切な事実が含まれているからです。
それは、
投票しない人は、政治的には「いない人」になる
という事実です。
これは皮肉でも、比喩でもありません。
選挙制度の仕組み上、完全な事実なのです。
今回の選挙を数字で見てみる
今回の衆議院選挙における有権者数は、約1億350万人。
投票率は56.26%でした。
計算すると、実際に投票所へ足を運んだ人は、約5,826万人です。
つまり、
-
有権者全体の約4割強
-
およそ4,500万人以上
この人たちは、選挙という場に存在しなかったことになります。
そして、政治はどう動くかというと――
当然ながら、投票した人の意思だけをもとに決まります。
「国民の多数がこう思っている」は幻想
よく選挙後に、
-
国民は○○を支持した
-
民意は△△を選んだ
といった言い方がされます。
しかし、正確に言えばそれは、
「投票に行った人の中での多数意見」
にすぎません。
投票しなかった人の考えは、制度上、存在しないものとして扱われます。
どれほど人数が多くても、どれほど不満を抱えていても、です。
これは冷たい話に聞こえるかもしれませんが、民主主義とはそういう仕組みです。
「行かなかった」ではなく「消えた」
投票に行かなかった人は、
そのすべてが、政治の世界では同じ扱いになります。
意思を表明していない=存在していない=消えた
かなり残酷ですが、これが現実です。
だからこそ、
「自民党に投票しなかった人は79.7%もいる」
という言い方は間違っています。
正確に言うなら、
を分けて考える必要があります。
投票とは「支持」ではなく「参加」
ここで誤解されがちなのですが、投票とは必ずしも「熱烈な支持」を意味しません。
-
消去法で選ぶ
-
仕方なく入れる
-
他よりマシだから入れる
それでも構いません。
投票の本質は、「このルールの中に参加します」という意思表示です。
参加した人だけが、政治に影響を与えられる。
参加しなかった人は、最初からカウントされない。
それだけの話です。
数字にすると見えてくること
今回の選挙で「政治的に存在していた人」は、有権者の6割弱でした。
裏を返せば、
国の方向性を決める場に、4割以上の人が最初から参加していなかった
ということでもあります。
こうして数字で眺めてみると、
「ちゃんと投票に行く」という行為が、どれほど重い意味を持つか、少し実感できるのではないでしょうか。
支持政党がある人も、ない人も。
不満がある人も、諦めている人も。
投票しない限り、その声は最初から無かったことになる。
とても大切なことです、投票しない人は、政治的には「いない人」なのだから。