以下の内容はhttps://tomio2480.hatenablog.com/entry/2025/07/20/070000より取得しました。


裾野の広さは在るものではなく死守するもの - RSGT 2025 登壇記録

RSGT2025ナイトセッションで登壇してきました.3 名登壇でのパネルディスカッション形式でしたので,自分が作った資料はありません.先日 YouTube に動画が公開されていましたので,そちらをご覧ください.
 

www.youtube.com

 
半年近く前の登壇なので,あんまり内容は正確に覚えていませんが,このとき喋りたかったことからいくつか抜粋して記事にまとめることとしました.
 

待っていてくれる人は見えない

いろんなところで似たようなことをずっと言っていますが,特に人の来ない地域の技術コミュニティにはコミュニティ終了の谷があって,それをどう超えるかが課題となるように感じています.このへんのスライドで触れていました.

 

www.docswell.com

 
1-3 回目に1つ目の谷(ずっと誰も来ない or コミュニティ破壊人間が来て終わる),4-7 回目に2つ目の谷(誰も来なくなる or ネタ切れ or コミュニティ破壊人間が来て終わる),8-12 回目に3つ目の谷(誰も来なくなる or ネタ切れ or コミュニティ破壊人間が来て終わる or マンネリ化/飽きる)みたいな感じで,大体 10 回前後までたどり着くまでに,結構な数のコミュニティがその活動を停止してしまいます.
 
きっとビジネスの絡みのコミュニティだと,この程度のことは給与や報酬,名声等で解決しているのだから,ここでは俎上にあげません.自分が触れるのはいつも,そういった資本主義とは違う論理で動いている技術コミュニティのことです.
 
今書いたとおりで,自分が絡んでいる技術コミュニティはビジネスその他の引力は考慮外であるため,純粋な好奇心や興味,学びたい,仲間を見つけたいという思いに支えられた活動がほとんどです.
 
そうなると活動に参加する強制力はどこにもなくて,ずっと続くためには "無理のない" "冷めない" 空間と調和した,ちょうどいい人間関係が継続されている必要があります.
 
となると,毎回絶対出席してください!というコミュニティは重たいような気がします.自分は,テキトーに行きたいときに行けるコミュニティが一番いいと思っていて,なんで潰れてないかわからんスナックとか定食屋のポジションというか,たまにいくおばあちゃんの家というか,そういう付かず離れずの距離感のコミュニティがいいなと思っています.
 
そうはいっても運営は大変です.いつ,誰が,どんな頻度で来るかわからないわけで,地道に勉強会を開き続けても,どうなるかわかりません.
 
だからこそ,参加人数や SNS のポスト数など,人間がいないと成り立たない KPI を設定すること自体が間違いで,開いて新しい学びがあったら OK とか,身銭を切っても痛くない,身銭を切るのが自然な内容に収めるとか,商業的イベントの成功とは全く別の視点での成功を定義していく必要が出てきます.
 
そうすると自然と数回に一回来る人が増えてきて,毎回メンバーは違うけれども,それなりの人数が来る会が出来上がっていくものです.
 
これが登壇時に言った「安心して休めるコミュニティとして認知されるのが 7 回目くらい」の裏側(?)です.
 

似たようなコミュニティがいくつあってもいい

コミュニティというと,誰にでもひらかれていて,どんな人でも受け入れる,変化を続ける,ということを前提として,大多数の居心地が悪くなってもひとりの意見を受け入れて変化しなければならない,みたいな "圧" があるように感じています.
 
ちょっと最近っぽくない考え方かもしれないんですけど,自分はこの考え方は果たしてどうかなと思っています.一番大事なのは,いろんな形のコミュニティが偏在することを妨げないことが一番であって,みんなが一つになることではないと考えています.
 
一つの在り方の例として「ハウモリ」のやり方を挙げておきます.当日の登壇でも挙げていますが,やり方として非常に面白いと感じていて,自分たちがやっている TechRAMEN Conference はこうした,バンド活動的コミュニティのやり方を取り入れています.
 

note.com

 
どういうことかというと,誰でもスタッフをやれるわけではなくて,旭川ゆるい勉強会富良野FuraIT に一度以上参加したことがあって,我々の哲学を肌身でわかっていることを求めています.
 
でも我々のやり方が合わない人だっているはずです.それでも技術が好きで仲間を見つけたいと思っている人もいるでしょう.その場合は,ぼくらはその思いには応えられないけれども,そちらがコミュニティを作って暮らすことを妨げはしない,ということを表明しておきたいなと思います(逆に妨げてくれるなとも思っているが......).
 

個人開発も集団開発も開発

最近は学校やスクール,未経験からのエンジニア職採用など,社会背景の変化から,コードを書いたり回路を組んだりする人数もかなり増えてきました.
 
結果として開発組織に所属して集団で開発する中で経験を積み,また課題を感じる人の割合が多数になってきて,個人開発におけるベストプラクティスやあるあるネタは,実際はどうかわからないけれども,カンファレンスや勉強会でウケにくくなってきたように感じます.
 
だからといって集団開発に馴染めない人間はコードを書いてはいけないなんてことはないし,世界を個人開発から変えていっているエンジニアだっているわけです.
 
ぼくが学生時代にお世話になった,同郷(北海道)のひよひよさんの例を挙げておきます.CrystalDiskMarkCrystalDiskInfo というソフトウェアを開発され,世界で合計 1 億回ダウンロードを達成されています.NoMaps 2024 GEEK のキーノートのお話もすばらしいものでした.
 

crystalmark.info

 
自分はひよひよさんのようなエンジニアがコミュニティを通じて現れることを楽しみにしています.だからこそ自分が作る空間は,組織開発の話もありながら,同様に個人開発の話もたくさんなされるコミュニティやカンファレンスにするぞと息巻いています.
 

なぜ学生を優遇するのか

若いから優遇,という単純な理由ではなく,もっときちんと学生に向き合って考えたほうがいいという主張をしています.
 
具体的に自分は,若かろうが年を取っていようがすごい技術好きパーソンはすごい,という一点を信じています.年齢や経験年数に関わらず,作っているものや,突き詰めているものが面白いことは十分にありえます.
 
そう考えたときに人を集めるということは,オンラインでも現地開催でも参加チケットは発生する可能性はあるし,現地開催なら交通費や食事代などがかかってきます.
 
そこでポイントになるのは収入の有無です.特に大人であれば収入があり,自分でカンファレンスに掛けるお金をどれくらいにしようかなぁと悩むことができますが,大学生世代ならまだしも,高校生世代以下になると,そこまで自由にできるお金を持っていないことも少なくありません.
 
単に収入とすると,大人でも収入が一時的にないなど起こり得ますが,そこまで行くと際限がなくなるため考慮外です.他の支援策も表立って言いはしないけれども,そこは簡素化して若手支援と丸めて,年齢で単純に区切っていることが多いはずです.
 
つまり,学生だろうと児童だろうとなんだろうと,すごい人はすごいので,収入や自由にできるお金がないだけで,勉強会やカンファレンスに来られないのであれば,そんな壁は取っ払って然るべきである,というのが自分の主張です.
 

コミュニティの裾野の広さが "分野の足腰の強さ"

先の学生支援の話にも通じますが,様々な人達がいるコミュニティのほうが,様々な発見があり,様々なことができる可能性が高まっていきます.
 
実はこれは,専門性や深さを考えたとしても同じことが言えて,知識が深い人達が集まるのだとしても,様々な企業に所属していたり,年代がバラバラであったり,専門性を深めている背景が異なっていたりと,いろいろな人がいたほうが面白くなるのです.
 
ただ,どうしても気質や世代等が離れすぎると,どう頑張ってもうまくいかないことがあるのもコミュニティです.ここを素質や個人の努力でなんとかなると言って,同じであることを求めるのも筋が悪いと思います.
 
そういったときは先に述べたとおり,同じ専門性を持った人たちが,それぞれ別のコミュニティを作って,そこで暮せばいいと思います.会単体では多様さは低くなるかもしれませんが,その専門性をもった大きな集団でみると多様性は保たれます.
 
よくあるのが部活やサークルで,大会で勝ち上がりたいガチ勢と,その競技や文化を楽しみたいだけのエンジョイ勢のような分かれ方をして,お互いに煙たがってしまいうまくいかないパターンでしょう.
 
そのあたり,大会で勝ち上がっていくのをねらっていく会と,休みの日にふわっと楽しむ会で分かれて存在すれば,先と同じで同じ競技の下に集まっているのに,仲違いすることもなく,その競技人口自体は減ることもないわけです.
 
自分が所属しているコミュニティひとつだけに注目するのではなくて,同じ競技や分野の下に集まっている人たちという,もう一つ大きな枠組みでコミュニティを見て暮らすのが,息苦しくもなく,でも排斥的でもない,ちょうどいいコミュニティ運営なのではないかと思っています.
 
一応書いておきますが,もちろん,普段から一緒にやれるに越したことはありませんが,うまくいかないものは仕方ないです.ここでバラバラに存在したまま生きていけるのもまた,コミュニティの強さとして評価できるものと思います.
 

黙っていれば閉じてくる

と,そんなことを書いておきながら,そうやって同質性の高い集団を維持して,そこだけで暮らすことで起きる問題もあります.
 
それは,どんどん要求が狭くなっていって,それなのに中にいる人たちは少しずつ変化していて,昔から一緒だったメンバーすらも離れていき,コミュニティ自体が小さくしぼんでいってしまうことです.
 
うまくいかなければ分かれろと言いながら,黙って同じままでいるなというと,矛盾に聞こえるかと思いますが,しっかり両立可能です.
 
細かな How は絞らずに,大枠の Why What をキッチリ染み込ませておけば,なんとかなるという体感があります.
 
たとえば,旭川でやっているゆるい勉強会では「労力をかけない」を金科玉条にしながら,後は技術勉強会らしくうまいことやってくれ,というスタイルになっています.
 
これくらいわかりやすく,かつ自由度が高いスローガンが決まれば,楽だと感じています.しかし,逆に言えば「労力がかかる」ことを嫌がる人で構成されるため,労力をかけてでも何かを成し遂げたいと思っている人には合わないコミュニティになります.
 
我々は IT 系の技術勉強会を標榜していますから,我々のやり方に合わないけれども IT 系の技術勉強会に参加したい!と思うなら,先に述べたとおり,そう思う人で別コミュニティを展開すればいいのです.
 
そして我々はそちら側のコミュニティの邪魔はせず,お互いにいい距離感で暮せばよく,メンバーの中にもう片方のコミュニティと両方参加したい人がいるのなら,両方参加すればよいのです.
 
なんなら別コミュニティでの収穫が,こちらのコミュニティでもいいなと感じたら,相手を喰わない範囲で参考にさせてもらえばよく,そうした小さな変化が続けば,コミュニティの自然縮小は免れるのかなと思います.
 

裾野の広さを最低でも維持するには

いろんな人たちとうまくやろうと思えば,いろんな距離感,いろんな形式,いろんな視点をバタバタと切り替えながら暮らしていく必要があります.よっぽど他に害を与えるものでない限り,それはそれで生き残ってもらうのがいいんでしょう.
 
自分の過去を思えば,自分は情報系にいながらにして,アニメも漫画も(ここ 20 年くらいは)ゲームもやりませんので,それ関係のネタを盛り込んだスライドのニュアンスがわからず困りました.
 
ただ,話している人は「これが一番自分の言いたいことが伝わる形だ!」と思って資料を作っているでしょうから,それを封殺するのもよくないなと思います.そういうコンテキストが通じる人たちの中ではきっちり伝わるのでしょうし.
 
自分が知りたければ,話している人に質問するなり,自分で調べるなりすればいいわけで,せっかく出てきた表現を潰したとしても,世界に得はないわけです.その表現が出た上で,それを変換,翻訳してくれる人が多い世界のほうがお得です.(まあ,2010 年代前半当時よりも圧倒的にその手の発表は減りましたが......
 
この話で思い出したのは,羅生門に突然フランス語が出てくる話です.きっとこの表現以外にピタッとくるものがなくて,日本語で説明的に書くくらいならフランス語をそのまま使って,より正確に伝えたかったのかなと思いました.先のアニメのコマスライドと似たようなものを感じます.
 

kokugoryokuup.com

 
ですから誰もが参加できる一つの無味乾燥なコミュニティがあることよりも,多少の偏りや色付けがあるコミュニティがたくさんある方が選べていいじゃないかという考え方は広まらないものか,と思っています.
 

技術コミュニティは一枚岩ではない

最後になりますが,ある理想が実現されたところで,その理想が全ての人を救うことはありません.この事実を見つめると「集会,結社の自由」という権利がいかに,全ての人のためのものであるか実感します.
 
一人の人が全ての人を満足させられないように,一つのコミュニティでは全ての人を満足させられないのです.
 
TechRAMEN Conference もそうですが,こういう形の活動があっていいのか,ということを世界に見せていくことで,自分と合わない人だとしても,同じ分野を発展させる仲間として,適切な距離を保ちながら協力していけます.
 
ただ,重ねてになりますが,そういうやり方を主張するなら,他のやり方のコミュニティが生きていくことを妨げてはなりません.逆に妨げられることも受け入れない姿勢で,別に生きることを示すことも大事です.
 
ビジネスと密接に結びついた技術コミュニティ,行政と密着した技術コミュニティ,社会的主義主張と結びついた技術コミュニティ,何の責任も持たない遊びの技術コミュニティ...... いろいろあるから,いろいろな価値が生み出されていきます.
 
コミュニティ自体への関わり方の距離感も,定住人口的な運営者であったり,関係人口的な協力者であったり,交流人口的な参加者であったり,ここもいろいろです.このあたりに触れたスライドもリンクしておきます.
 

www.docswell.com

 
それぞれの立場を理解して,それぞれのあり方を認めるには,ひとつにまとまってやっていくには複雑すぎるのです.それでも一緒にやっていく方法が,たくさんのコミュニティがお互いに存在することを妨げないで,生き続ける形なのかなと思っています.
 
今回の登壇でもらった「ソフトウェア業界の裾野を広げるために、私たちができること ~「楽しい」「好き」を軸にした学びの場のデザイン~」というテーマは,自分がやっていく技術コミュニティとしての答えであり,これを受け入れられない人もいるだろうことも想像がつきます.
 
でも,自分ができる形,納得の行く形はこれなので,これからもそういうスタイルで技術系コミュニティをやっていくんだろうなと思います.
 
いろんな地域で,いろんな形の技術系コミュニティが生まれて,生きた活動が展開されていくことを祈り,また自分の形で技術系コミュニティをやっていきます.
 
今回はこういった機会をいただけて楽しかったです.永瀬さん盛林さん,ありがとうございました!
 




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