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表現運動,リズムダンスに関する恥ずかしさ軽減についての読み物メモ

以下,2 つの資料を読んで感じたことなどを,雑にメモしておきます.
 
[資料 1] 表現運動領域の学習における「恥ずかしさ」の検討 ー「恥ずかしさ」軽減のきっかけに着目してー(森脇,2019) naruto.repo.nii.ac.jp  
[資料 2] リズムダンスにおける恥ずかしさを軽減する効果について : アフォードされる環境に着目して(濱田,2022) cir.nii.ac.jp  
表現運動と恥ずかしさの関係について知ることで,技術系勉強会で発表するときの心理状態を推測することができるのではないか,という期待から,これらの調べ物をしていました.

 

参考になったところ

[資料 1] 表現運動領域の学習における「恥ずかしさ」の検討 ー「恥ずかしさ」軽減のきっかけに着目してー(森脇,2019) より

授業で繰り返し,踊ることで,踊ると言う授業の空間に慣れてしまい,恥ずかしさが軽減されると考えられる

勉強会とかカンファレンスについてもそうだけど,慣れの功罪の影響を受けている発表はあるよなぁと思う.

「仲間や他者と一緒に活動をすることによって,恥ずかしさを軽減させた」「チーム分けをすることで恥ずかしさが軽減した。」などと考えられる発言があった。

「慣れ」が行動,メンバー,場所,行動それぞれに対して起こるものだと考えると,慣れたメンバーでまず固定することは効果がありそう.
 

[資料 2] リズムダンスにおける恥ずかしさを軽減する効果について : アフォードされる環境に着目して(濱田,2022)

前提

小学校学習指導要領解説体育編1)には、3・4年生の表現運動の中で取り上げられているが、「リズムダンスでは、その行い方を知るとともに、軽快なロックやサンバなどのリズムの特徴を捉え、リズムに乗って弾んで踊ったり、友達と合わせたりして即興的に踊ること。」と記載

 

村田 (2008)は「『自由にリズムに乗って踊る』という技能の学習が記載されているにも関わらず、ダンスの授業は『定型の振り付けを覚えて踊る』という学習内容であると誤解されてきた」

 

生関ら (2019)の調査によると、「リズムダンスにおける悩み事の上位3項目は、『示範ができない』、『良いダンス(動き)が分からない』、『指導内容が分からない』であった。」と報告

そもそも学習指導要領的には,型にはめて踊れということではなくて,自己表現のひとつとしてリズムに乗って踊ることをやっていこうね,ということなのに指導に乗せようとすると,従来の師範的な指導に寄りがちでよくない,という話らしい.
 

恥ずかしさの発生

畑野ら (2010)は「『表現』の授業実施を継続するために教員が感じている最も大きな阻害要因は、児童の『恥ずかしさ』である」と報告している。また、 「これは、教員自身が『表現運動』をすることへの『恥ずかしさ』を感じていることにも繋がるのではないかと推測される。」

共感性羞恥的な話っぽい.感覚とも合う.

恥ずかしさの一番の原因は、他者の視線であり、 見られている身体を意識

 

堤 (1992)は、「我々の日常経験では、親密な関係の前者に対しては、いかに未熟でやましい自己を曝そうとも、さほど差恥を感じる必要はない。一方、その存在がわたしにとって殆ど意味を持たぬ『他人』に対してもまた同様である。問題は、このいずれにも定位できぬ、多くの中間的な『他者』である。我々が最も羞恥を感じる対象は、実は、まなざしを介して『わたし』に侵入してくる虞れのある、全くの『他人』ではなく、それでいて未だ『自己ならざる』ところの、関係が暖味な領域にあるこの第3の他者である。なぜなら、自己は他者との関係において初めて位置付けられるものであるが故に、その他者の存在性が不確定であることは、そのまま自己像の不確定さを意味することになると考えられる

単に他者に見られると恥ずかしい,ではなくて,どういった関係性の他者かにより感じる恥ずかしさが違うのではないかという話.
 
かつての "バカッター" みたいに仲間内だと思ったら変なことでも全然できるし,"迷惑 YouTuber" みたいに今後会うこともないだろう間柄の人に見られたり絡まれたところでなんとも思わないけど,今後,関係性が発展する可能性がある絶妙なバランスで保っている間柄ではそんなことできない,みたいなことなんだろうなという感じ.
 
関係性がしっかりしているか,全くない中ではその中での自分のロールをはっきりさせられるけど,間のふわふわした関係性の中ではどう振る舞っていいかもわからず,未来も含めて不安定な状態ゆえに,今の振る舞いに気を配りたい意図が強くなりそう.そうなると思い切ったことは,恥ずかしくてできないこともよくわかる.
 
自身の行動からくる人間関係への影響をより明るい方向に推測できるように,またよりよい関係を築くために,恥の感情が湧くのはかなり自然なことのように思う.ここがバグっている人が煙たがられるんだろうという気持ち.

内山 (2013)らは、クラスメイトがこの第3の他者当たると位置づけている

まさに今後の関係性に影響があると,日常が壊れる典型例.

森脇8)は(2019)「子どもたちの授業の空間への『慣れ』が、『恥ずかしさ』を軽減させる、学習形態が影響し、活動しやすくなるようだ。他者とかかわり合 うことで自然と動きが変化する『場』を生成させることにより、他者とのかかわりが担保され、『恥ずかしさ』が軽減させることができるのではないだろうか」

先の資料.

佐々木 (1994)は、「アフォーダンスとは、環境が動物に提供する『価値』のことである。」と述 べているように、モノや環境が人間に与える意味や価値のことと捉えられる。 河原で小石を見ると、川に向かって投げたくなるだろう。それは、モノの小石と河原という環境が「投げてごらん」と情報を発信しているということになる。

Unreal Engine の SmartsObject なんかはこの感じの発想っぽい? dev.epicgames.com

どこで聞いたかは忘れてしまったけれども「誤った使い方をする方が難しいデザイン」の話を思い出した.どう使うかをこちら側が考える隙もなく,こう使うしかないでしょうというデザインが困らないし,おかしな使い方がされて不幸を生むこともなく,いいよねという話.

アフォーダンス理論に当てはめて考えてみると、音楽にアフォードされて踊りだす

 

情報を受信できる踊れる身体が必要になってくる

モノや空間が発信する「こうしてくれ」を受信して,それに応じられるだけの経験が必要って感じだろうか.なんとなく,儀式的行事(入学式,卒業式等)なんだから静かにするんだよ,制服を乱さず着て正装するんだよ,みたいな,場に応じた振る舞いってのも同じなのかもしれない.

他者からの視線を和らげることにより、見られる身体への意識を軽減することによって踊りやすくすることができるのでは

 

ミラーボールを使って非日常を演出することによって、色とりどりの光線にアフォードされてノリやすく踊りやすい環境を提供できるのでは

 

ジャージではなくリズムダンスにふさわしい服装(G パン、派手なTシャツ、バンダナなど)で来るよう呼びかけた

主観的な部分に直接作用するというよりかは,環境側で調整できるものを調整して,発生する主観的な恥ずかしさを軽減する手段はいろいろ考えられそう.

教師役の学生との打合せでは、リズムダンスの授業の動画を見せて、教師役が恥ずかしさを捨ててぐいぐい引っ張っていくことの重要性を理解させる

ここが崩れると他の要素の検証ができなさそう.ということは,勉強会とかでも最低限,目立つポジションの人は恥ずかしがらないことが大事っぽい.

教師役の学生が恥ずかしさを捨てきれず、その雰囲気が児童役の学生にも伝播

 

形容詞の出現頻度では「恥ずかしい(21回)」「難しい(19回)」「楽しい(6回)」となっており、ノリ切れなかった様子

やはり......

「恥ずかしい、恥じらう」というワードはあるものの、「踊りやすい」というワードが大きく、ノリノリであった

恥ずかしいと思った時点で楽しくないとなってもいいような気がしたけれども,恥ずかしいは恥ずかしいけれども,それはそれとして楽しかった,という人がそれなりにいるんだろうなというのが面白い.

楽しい体育の運動の特性論では、運動の機能的特性に着目して「競争型」「克服型」「達成型」「模倣型」の4つの楽しさから授業を計画してきた。しかし、型にこだわりすぎているため、その型にいたる前の発生的なおもしろさが見落とされてきたように思われる

コンテンツそれ自体のどうこうというのも大事なんだけれども,それ以前にそこに絡んでくる人たちがどう振る舞うか,どう感じるかと深掘りしていく必要があるよねという話.
 

所感

そもそも自己表現を他者の前で行うこと自体が,恥ずかしさとセットだと思います.今回は運動がテーマだったけれども,勉強会とかでの発表も似たような構造だろうなと感じます.
 
主催側や発表を促す側からできるのは,慣れのためにできることを探してやっていくことなのかなと思いました.たとえば,程よい距離感で話をするなどして関係性をつくる,イベント開催は同じ場所・同じ部屋で行う,参加者全員にプロジェクターに繋いで画面を映して自己紹介をやってもらい前で喋ることに慣れてもらう...... などが考えられそうです.
 
これつまり,緊張を解くのと同じだなと書いていて気づきました.もしかすると「緊張 = 恥ずかしい思いをするかもしれない恐怖」と考えて対策を考えると,効果的な施策アイディアが出やすいかもしれません.
 




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