以下の内容はhttps://tomio2480.hatenablog.com/entry/2024/12/29/191406より取得しました。


他人に覚悟させることと内輪ノリのイタい感じ

スクラムフェスニセコ2024というイベントに参加して聞いた,永瀬さんの基調講演を踏まえて,正直キツいなと思うコミュニティの一要素にことばがついてきた気がするので,ここでまとめてみることにしました.永瀬さんの基調講演の資料はこちらです.
 
speakerdeck.com  

他者のコミットメントを引き出そうとする愚行

自分も会場のみんなも Git かライザップという感じで,"コミットする" = "成果物をぶち上げる" みたいなイメージをしている雰囲気でした.それが故に「コミットメントしろよ」と他人に思うことがあると答えた参加者が多数いて,特にその気持ち自体が珍しいものではなく,割とどんなところでも引き起こされてしまう感情なのかなと思いました.
 

 
しかし,commit の意味を追うと「犯罪を犯す」「委任する」「誓約する」など,ちょっと思っていたイメージと異なる意味が並んでいました.英語ができる人はこのあたりのニュアンスを知っているのでしょうけれども,自分はやはり Git とライザップに引っ張られてた気がします.
eow.alc.co.jp  
まるっと自分の解釈を乗っけると commit は「自分の意思で一線を超える」みたいなニュアンスがありそうです.犯罪もダメだとわかっていて一線を越える,委任も自分にしかない裁量を人をまたいで相手に渡す,誓約も今まで距離をとっていたお互いの間をグッと縮めて他人の一線を超えて約束をする...... とか,関係者それぞれに覚悟があって,その覚悟が一線を越える背中を押しているというか...... だから当の本人に覚悟があって,当の本人の意思がなければ,本来 commit というのは発生しないはずなのかなという解釈をしました.
 
だとすると「コミットメントしろよ,と他人に思った」というのはだいぶはちゃめちゃな話で,言い換えると「覚悟して一線越えろよ」ということを相手に要求しているヤバさがあります.しかも,相手に要求するだけなので,自分自身も同じだけ覚悟を持ちますとかもなく,相手のコミットメントだけを期待していることもありそうで,だいぶタチの悪いまあまあな言いがかりだなぁという気持ちになります.
 

安全圏から「コミットメントしろ」と言う馴れ合い

いわゆる「煽り」みたいなもので,発言側に巻き取ったり助けたりする覚悟がない―――コミットメントする気がない―――のに,相手の強いコミットメントを促して嘲笑するという流れを目にすることがあります.これはまさに関係値がある程度できあがっていないと通常やれないムーブで,一般的には最初に入った集団でいきなりこのやりとりが発生したら,多くの方は敬遠するんじゃないでしょうか.
 
もちろん発言側が全くコミットメントしていないなんてことはなくて,気づいたことを発言して,よりよいと思ったことを相手にまず伝えるというコミットメントをキメているかもしれません.実際に実現していくまでの流れには全く貢献できないけど,気づいたことを伝えるだけなら行けるという人にチャンスがなくなってしまうとすれば,それは望ましい集団ではなさそうです.
 
しかし,それすらもやはり関係値がそれなりに出来上がってからなら,ラフに表明できるかもしれないけれど,初めのうちはやんわり断ったり,別のできることを探して集団に入っていくのではないかなと思います.
 
このあたりは正統的周辺参加の話が絡んできそうですが,今回のところは一旦脇に置いておきます.

ja.wikipedia.org

 
実際,こういった馴れ合い的な「煽りコミットメント要求→お断り→嘲笑」の流れは新たに流入するのはもちろん,この流れの中に入ってしまった人たちの士気を下げるムーブなので極力ない方が望ましいんじゃないかなと思っています.
 

誰も「コミットメントする気がない/しない」乾いた関係

また,逆に誰もコミットメントしない,する気がないという集団もこれまた困ったもので,独特の空気が流れているように思います.これは単なる仲良しだとあまり発生するイメージがなく,どちらかというと意志は強くないし,特に仲良くしたいとも思わない人たちが集まると起きて,揉め事の種になるみたいなパターンが多い気がしています.
 

内輪ノリの一線

先に述べたとおりで,内輪ネタに入り込むためにはある程度の関係値が必要になることがほとんどです.できあがった関係性に飛び込むという "コミットメント" = "距離の近い関係性であるという一線を越える覚悟" が必要になります.それをいきなり要求されるのも酷な話で,新規流入を妨げていることも少なくありません.
 
そういう意味では「俺たち仲良いじゃん?なぁ?」は結構なお手前でコミットメントの強要で,パーソナルスペースという一線を越えさせる要求な感じがします.
 

適切な距離感を保てる環境の重要性

望めば近づける,望めば距離をおいておける,昔からよく言われる「来るもの拒まず,去るもの追わず」的発想で,お互いにツッコミすぎない,ドライになりすぎない,いい感じのコミュニケーションが行える場や空気感をどう作るかがコミュニティには求められているように思います.ただ,ずっと微妙な距離のままでは味気ないので,それを少しずつ揺さぶって,関係値を高めて,いろんなことができるようにすることも大事です.
 
そこはまさに TPO を考えてといった感じで,新しい人も来る場なのかどうかとか,いつものメンツの場なのかとか,そのあたりの参加者全員の関係値を見ながら調整する配慮が必要なのでしょう.そうでないと,めちゃくちゃ同じメンツでしか成り立たないコミュニティになるか,誰とも強く結びつきを感じられない謎の空間になるかで,面白くないコミュニティが出来上がってしまうんだろうなぁという気づきの記事でした.
 




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