森見登美彦氏は憂鬱な日々を送っている。
2010年を迎えるにあたって、登美彦氏は決意した。
「締切に追われるのではなく、締切を追う男になる」
それはもう「締切王に俺はなる!」と海に向かって叫ぶぐらいに、
かたく決意したはずであった。
そして緑の草原をころころと逃げ回る締切次郎を、
ばたばたと背後からやっつける光景を思い浮かべ、
あまりのすがすがしさに微笑んでいたのである。
とんだ妄想ぶりと言わねばならない。
登美彦氏の自己管理能力のなさを知っている人は、
「ははん!」と思うにちがいない。
そしてニヤッとする。「不可能だね!」
それは正解である。
登美彦氏は二月になっても、締切を追う男になれなかった。
こんな情けない体たらくで、日誌を更新できようか。
どうせ締切次郎が登場して暴れるだけなのである。
何のおもしろみもない。
そういうわけで、この日誌が更新されることはなく、
登美彦氏が生きているのか死んでいるのか、
誰にも分からない感じになっていたのは嘆かわしいことである。
こうなれば、生きていても死んでいてもどうでもいい、
というふうに片付けられるのは時間の問題だ。
「それはどことなく淋しいことでもある」
登美彦氏は呟く。
焦った登美彦氏は、二月にちょっとだけ外に出ることにした。
若い人たちを相手に何か喋るそうである。
そしてサイン会もちょっとだけするようである。
詳細は以下を参照。
http://www.standardbookstore.com/archives/65328773.html
今回の敵は中学生や高校生であるという。
鼻から滴り落ちるほど若さをもてあましている人々である。
彼らから見れば、登美彦氏は薄汚いオトナに見えるかもしれない。
いや、それだけで済むのであれば、まだ幸いであろう。
考えられる最悪の事態は、
じつは彼らのほうが精神的に成熟したオトナであったという事態だ。
中学生や高校生の一時期、人は妙にオトナになるからである。
人生にはオトナの飛び地というものがある。
そんな鋭いオトナたちに囲まれて、どうすればよいのか。
そうなれば登美彦氏は薄汚いオトナですらなく、
ただ薄汚いだけになってしまうというわけである。
書いているうちにわけがわからなくなってきたので、
このあたりで筆者は書くのをやめる。
はなはだオトナらしくない行為と言わねばならない。