今日は「Victoire du 8 mai 1945」の祭日。
(Victory in Europe Day / 第2次世界大戦終結記念日)
ナチス・ドイツが無条件降伏を受け入れ、フランスがドイツ軍から解放された日です。
でも私が毎年この日思いを馳せるのは戦争のことではないの。( 関係者の皆様 すみませーん)
そして今年はタイミングよくこんな広告が目に飛び込んできた。

「君は 1998年の夏 を覚えているか?」
そりゃ しっかり覚えているわヨ。
当時私は長男妊娠中。
夜に目が覚めトイレに行こうとして歩きながら「あっ もうお腹がでっかくなりすぎてお◯っこもこらえられなくなったのか。大変〜」と青くなっていたところで気がついた。破水だ。そのうちお腹も痛くなってきた。
うちから産院まで一番近いのはシャンゼリゼを真っ直ぐ登って行くルート。
前夜はフランスで行われたワールドカップで Les Bleus (レ・ブルー 仏のサッカーナショナルチーム呼び名)が、強豪だったクロアチアに勝ち優勝進出が決まった夜だった。シャンゼリゼは、その勝利を喜ぶ人々で溢れていると寝る前のニュースでやってた。
1998年W杯名場面:ジダン、パリでの栄光の2ゴール | Goal.com
以下コチラ ↑ からお借りしました。
『 私たちフランス人は、1998年 7月12日に自分がどこにいたのか誰でも覚えている。レ・ブルーがいくつもの大会で失敗に終わり、世界の舞台での失望を味わってきた国民にとって、ジダンの 2ゴールはまさに解放の瞬間だった。
ジダンの大会を通してのプレー自体は決して素晴らしかったわけではない。
サウジアラビア戦では迂闊なファウルでレッドカードを受け、2試合を欠場することになった。イタリア戦で復帰を果たしたものの、本当に良いパフォーマンスを見せたのは決勝を迎えてからだった。
決勝の翌日には、150万人のファンがシャンゼリゼ通りに繰り出して盛大にこの勝利を祝った。』
(その時は準決勝だし)現在夜中の2時過ぎてるし〜大丈夫でしょう。「さあ行きましょうか」と用意して車に乗り込む。
そしてシャンゼリゼにつながる道に差しかかった所ですでに冷や汗。
それはそれは大勢の人で溢れ、みんなすごく明るい顔で歌って踊ってて、とても夜中の2時とは思えない満員の人・人・人だった。
急遽進路変更して大回り、脇道を抜けても抜けても人の波にぶちあたる。
そして時々陣痛が始まると、ガタガタの石畳の道路は、運転している旦那をそれこそぶん殴りたくなるほどお腹に響く。
STO〜 P! と大声で叫んで車を路肩に止めてもらいながら、パリ市外に出そうになるくらい遠回りしながら病院についたのでした。
この年の準決勝から決勝までの勝利に湧くパリの街は「1945年の大戦終結以来の大フィーバー」と例えられたように、1998年7月12日の深夜のパリはまさしくそれだった。
(当時の写真、コレですよ。これに比べるとマラソン当日なんて屁でもない)

(お借りしました)
産院ではその日に生まれた「ジダン」と名付けられた男の子が数人いた。
(※ アルジェリア系の名前なので仏では一般的でなく、そのオリジンでない場合、ある意味子供につけるのには結構勇気がいる。ジダンはシャバと同じベルベル人)
数日後の退院では、こんな国旗がはためく凱旋門を通って、文字通り凱旋して自宅に戻ったのでした。(7月14日のFête nationale パリ祭 のすぐ後だったので)

これが毎年「終結記念日」に思い出すの私のストーリー。
Champs-Élysées(シャンゼリゼ)は仏人にとってはいつも特別な場所。
私にもね(笑)
おまけ:
段々マクロン大統領の登場時間が近づいて来て、シャンゼリゼ近辺はどんどん閉鎖された。道のあっち側に渡って家に帰りたいランナー。

「ダメダメ、もうシャンゼリゼは当分渡れません。凱旋門のうんと向こう側をぐるっと回って帰ってください」と言われてた。(笑)
私も身分証明書持ってなかったことに気がついたし‥‥トラブルにならないうちにさっさと退散〜。