正月早々、過酷な目に遭う
正月のうちにダルマの記事とか書こう!と思いつつ、書かずに七草粥を食べ終えてしまった。そんな1/7です。今年もよろしくお願いいたします。
毎年1/7には芦ノ尻の道祖神さんを新調するということで…まぁ朝早くから電車に乗って、さらに最寄「篠ノ井駅」からバスで50分少々。
「それもう最寄りじゃないじゃん?」
と言いたくなるところだが恐ろしいことに、その市営バス(大岡方面行)の終点「支所前」で降車したのち…さらに徒歩1時間で目的地に到着するのである。
乗車スキルもないのに冬の長野北半球に行こうなんて、そんな無計画なヤツは私くらいかもしれないが、もし同じ方法で行こうとしている勇者がいたらバスは超本数が少ないので注意してくだされ。
そんな疲労困憊状態で、体力を回復するべく別所温泉へ。こちらは上田駅から鉄道が通っていて温泉自体も別所温泉駅から徒歩15分くらい。そして、回復したところで泥宮に向かった。
生島足島神社のこと
そもそも、泥宮とは何なのかということになると、まず「生島足島神社」を紹介すべきかもしれない。今回は忙しかったので寄らなかったが、泥宮の最寄駅「塩田町」の隣「下之郷」に生島足島(いくしまたるしま)神社がある。
長野に住んでいる(神社に造詣の深くない)友人が、生島足足(いくしまタルタル)神社とか島島生足(しましまなまあし)神社とか好き勝手な誤字メールをしてきたことがあったが、違う。全然違う!(;゚Д゚)ヤメロ!
まぁ、その名前の通り万物を生かす「生島大神」と、万物に足るを与える「足島大神」
の2柱が主祭神となっている神社だ。
古式ゆかしい神社では本殿が無く「拝殿の向こうにある山や木や池が御神体です」というパターンがたまにあるのだけれど、この生島足島神社の場合は本社(内殿)が床板の無い造りになっていて、なんとそこに見えている地面自体が御神体とされている。
そして、今回の目的地である泥宮は、その旧鎮座地(モトあった場所)ではないか?と言われている場所なのである。その名前から、方々の解説によると「土は土でも稲を育む“泥”が元々の御神体では?」ともいわれていた。
上窪池と泥宮
駅から歩いて15分ほど。道祖神に比べたら何のことはない近さだ。その泥宮の道を挟んで反対側に貯め池がある。ここは現在は「上窪池」と呼ばれているが、江戸時代ごろまでは「泥池」と呼ばれていたらしい。
寒くて、昼過ぎだというのに薄氷が張っている
(;´・ω・)
この「泥池」は「泥宮」と一対のものと考えられていたそうな。そして、ため池の水は周辺の稲田を潤すことから、先ほども触れたように単に泥への信仰でなく「稲」の特別視ありきの泥信仰なのでは。とも考えられる。
そうであれば、信州に逃げて来たタケミナカタが諏訪に着く前に生島足島のもとに参じ、(狩猟的性格が強い神であるにもかかわらず)2柱の神に粥を作って奉じた!という謎神話も少し辻褄が見えてきそうだ。
そして、泥宮に到着。
鳥居は金属製らしき両部鳥居(前後に小さい柱があるやつ)。両部鳥居は神仏習合と関連深い形式とされているが、新しそうなのでもしかしたら途中で形が変わった可能性もあるのだろうか…。
そして、この聖火リレーできそうな形の正月飾り。群馬では見たことなかったのだけど、今回 上田付近で結構よく見る。後で調べよう。
追記:あとで調べたところ、長野周辺で正月飾りとして見られる「おやす」というものだった。神様が使う器とされ、ここに米など供物を入れたりして(何も入れない場合もある)、このように門松に括りつけるほか床の間など神様のいるとされる各所に小さなものを作って置く場合もあるそうだ。

ちゃんと拝殿もお正月らしい感じになっている。扁額には「泥宮大神」の文字。
社殿は、ちゃんと本殿があるパターン。本殿は貯め池の方を向いているような感じで建っている。なので、この池自体が御祭神というのではなさそうだ。しかしなにか、この池の泥を何かするような神事があったりするんだろうか。あったらうれしいが、例祭がいつなのかも不明。今後も要サーチですな。
境内には地蔵菩薩みたいなヘアスタイルの青面金剛が。しかし結構足先まで立体的に作られてるし、足元の動物もくっきり残っている。
クオリティ高め(*´ω`*)
さて、駅へ戻る途中、道端に薬師堂を発見。どんな薬師如来が居るのか覗いて見ると…。
なんか白塗りっぽいのとか、頭巾じゃないモノかぶってるのとか、大きさも作風もいろいろ!薬師如来しかいなかったところに地域の人がお地蔵さんとか作って奉納したんだろうか…。
御堂の隅っこには、なんか大名が乗る籠みたいなやつが。何を運ぶんだろうか。
しかし年に一度の神事に使うにしてはホコリかぶりすぎてる気もするな。
何に使うんだ…誰かに聞きたいのに誰も歩ってない…。
そして、その薬師堂の裏には小さな神様宅が。
参道がかなり狭いが、祠の大きさにしては立派な鳥居。扁額には「飯綱大明神」と書いてある。うちの方や東京なら絶対に、このポジションは「稲荷大明神」だろう。飯綱とは、さすが長野とゆうべきか。
飯綱大明神は飯縄山から発生した神様で、狐に乗った烏天狗の姿で描かれることも多い(東京・高尾山にも飯綱様の像がある)。狐憑きと似た意味での「イイヅナ(イヅナ)使い」は、この飯縄山付近の管狐使いのこととも言われる。
そのほか、イイヅナは狐ではなくオコジョに似た動物でありその動物霊を使役する呪術師がイヅナ使いとも言われている。ちなみに飯縄山の「イイヅナ」はキツネでもオコジョのことではなく砂のように見えるが食べられる菌類の一種でもとは飯砂と表記していたというのが定説である。
飯縄山はスキーリゾートとして有名かもしれないが、妙高・戸隠などと同じ北信五岳。
天狗伝説も残る修験道の名所である。飯綱大権現については高尾山の記事で書いた気がするので割愛。

なんか印象だけれど、神社か寺院かにかかわらず、長野は信仰が濃いよね…と思った。いろんな県に接してるのにちゃんと濃い文化があるというか。多分外から何かが入ってきても、それに競り負けない土地の神様がいるんだろうか。
もうこれからは雪シーズンだから無理だけれど、また長野の遅い春が来たら少しずつ散策していこう。