クリスマスちょっと過ぎに
自分へのプレゼントとして購入したというのに、
試験勉強がラストスパートに突入して読めずにいた。
エンボス加工の繭。装丁がステキ(*'ω'*)!
- 作者: 畑中章宏
- 出版社/メーカー: 晶文社
- 発売日: 2015/12/11
- メディア: 単行本
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私自身のお蚕様とのかかわりといえば、
(群馬の幼稚園だからか)教室でお蚕様を育てた!
というのが一番初めの記憶。
その後、高校生になって隣に住む祖母とお茶のみをする中
「キンさん(私にとっての曾祖母)は福島の人なんだよ、
群馬は養蚕が進んでて機織りにも人が要るってゆうんで
出稼ぎに来てそのままこっちで結婚したんさね」
とゆう話を聞いて 私の中で
「桐生は日本の機所」
「県都前橋 生糸(いと)の町」
「日本で最初の富岡製糸」
「繭と生糸は日本一」
「銘仙織り出す伊勢崎市」
とゆうのが上毛かるたの中だけではないリアルになった。
※上毛かるたはグンマーの歴史や名所をまとめた御当地かるたである
大学になって近場の祭りや遠野などに出かける中
オシラサマという神様に出会って、
養蚕というのは単に近代化を支えた産業ではなく、
人がここまでいろんな神様を作ったりして
必死に守ってきた仕事であり文化だったかと感じたり。
八王子に7年間住んでいた群馬出身の私としては
懐かしい地名や神社のたくさん出てくる一冊でもあり、
またそんな恵まれた場所に居ながら
あまり目を向けてこられなかったお蚕様と人間のこと
これからもっとアンテナを張っていこうと思える一冊だった。
以前の記事「災害と妖怪」と同じく畑中先生の本です。
例によって、
読書記録と言うほど内容を網羅しておらず…
気になった部分のメモからの連想ゲームのような状態(´・ω・`)
■蚕と女性
今でこそ、シルクの成分や品種改良の研究員として
男性がお蚕様にかかわることも不思議ではない世の中。
しかし、本文中に述べられているように古来から
男は耕作、女は養蚕という役割分担がなされてきた。
皇室では今も天皇が稲作、皇后が養蚕の儀にかかわっている。
それは果たして田畑の仕事は力仕事で本業
養蚕は女子供でも出来る副業だから。というだけの理由か?
今回 本書の冒頭部分では、
養蚕を日本に伝えた秦氏と
橘に居て蚕と似た緑の虫を「常世の神」とした
大生部多(おおべのおお)との対立を描いている。
ここから単なる私の妄想になるけれど、
製鉄の女神といわれる「金屋子神」は橘の木を好み
逆に麻や犬を嫌っているという話が多いのです。
養蚕では麻の蚕網など植物由来の道具が多いです。
また、今昔物語には 三河では生糸を「犬頭糸」と呼ぶとあり
金屋子神の嫌う犬と蚕を関連付ける物語が収録されていて。
加えて、今回読んで知った
蚕(秦河勝)と対立した青虫(大生部多)が
金屋子神の好む橘の木にいる虫だという記述。
鉄が比較的安価になった平安時代後期からは
私有地でも鉄製農具が急速に広まり
耕作と鉄というものの関係は深まったと思いますし。
五行説でも金属は土中より生ず、と言って
土は金と相性が良いとされます。
鉄-金屋子神と関連深い耕作は男性に担わせるが吉。
逆に蚕は女性が担うが良し。
という意味もある…かもしれないな、なんて思いました。
|д゚)ムリヤリデスガ…
■養蚕と三人の姫
本文中には養蚕に関する三人の女性が登場します。
海からやって来て蚕をもたらした金色姫と、
機織りを人々に伝えた各谷姫・白滝姫。
地元なので白滝姫の名前はたまに聞くことがありましたが、
金色姫のことはあまり知らなかったので
お蚕様の四回の休眠に関する神話があったことにちょっと感動。
■皇后とお蚕様
以前遠野でオシラサマたちを拝見した時の記事
おしらさま。 - とまのすでも少し書いたのだけれど、
国の偉い方の后様が養蚕をするというのは日本だけじゃない。
むしろ大陸から来た文化らしく、韓国もそうらしい。
暦が旧暦ではなくなった関係か
今では正確ではなくなっているけれど、
韓国でも日本でもお蚕様に関する行事は初午の日が多い。
初午は2月(もしくは1月)で、
午星(さそり座のアンタレス)がアジアから見えない時期。
一説には、お蚕様は馬と真逆の性質を持っているため
お蚕様の儀式は午の星が隠れているときに行うべき!
とされているからこの時期に行うなんて話も。
オシラサマをはじめとする馬娘婚姻譚で、
必ず馬が死なないことには蚕が現れないのも
読星術や陰陽五行説的な理由なのかもしれないですね。
ちなみに、民俗学から遠ざかってしまうようだけれど
化学繊維打撃などから韓国でも養蚕は廃れかけているそうで。
ただ「絹糸を取るのでなく冬虫夏草を作る」という目的で
養蚕を行っている人がいるらしい。糸を作るより儲かるとか。
(;´・ω・)
■弁財天と蛇とネズミ
文中で、蛇のみならず狐や猫など
とにかくネズミを捕ってくれる動物は
あれもこれもお蚕様に関する神社の絵馬などに登場。
養蚕と直接結びつけるのが難しい動物のたちも
ネズミというワンクッションを挟めば
みんながもてはやす動物に(*'▽')!
養蚕農家さんたちがどれほど必死に
お蚕様をネズミから守ったかビシビシ伝わってくる項で、
実際にどれも行ってみたくなった。
東京都立川の阿豆佐味天神社とか、
近くに行くことも多いので蚕影神社あらため猫返し神社
近々行ってみよう!
行ってみるといえば、蚕玉祭りも。
まだやってる地域があるうちにちゃんと行きたい!
と思った。春駒もどれも。
何度か春駒を見に行って、
養蚕に関する歌詞だとはボンヤリ思っていたが
太鼓のバチが桑で 一軒ずつ置いてきているとゆうのは初めて知った。
ちょうど来週が春駒なので、よく見てみるべし(∩´∀`)∩!
そういえば、
甘いものが好きだからお汁粉を供えるとか、
女性が集まっておしゃべりしたり食べたり…
というのは娯楽要素があって
田植え終了後に豊作を祈るとともに
五月女をはじめ村の人を労う「サナブリ」と似てるかも。
■繭とモチ
小学校の時に校庭でやったどんど焼きでも、
枝に紅白の餅をくっつけた繭玉餅を作った記憶がある。
今回、本文中にも「糸を引く・粘る」から
養蚕農家のお祝でも餅を食べるという話が載っていた。
一方で、養蚕が盛んだった我が群馬県でも
都丸十九一氏(私と同姓なので親戚であれと密かに願っている)が
「地域民俗論序説 餅なし正月の世界」を書いたように
餅なし正月といって正月に餅を食べない文化があったりする。
「中央集権に伴う画一的な稲作の推奨(強要)への反抗だ!」
とする説もあって、私はその説が好きだが ともかく
あらためて この狭い群馬内ですら生業・文化の多層性を感じた。
■語源に関して
本文中でもオシラサマに限らず
白拍子・白太夫・白神etc…「シラ」という音には
知る・知らしめるという意味で「知ら」が充てられるのでは。
という話が出た。
そういわれてみれば、と納得。
私の知るオシラサマは顔に白粉を塗ったものが多く
そのことを言っているのではないかと思ったことがあったり、
もしくは着物をたくさん着込む前のオシラサマ
=細い棒に馬や娘の頭のみを付けたその形状から
「お頭さま」と書くのではないかと思っていたが。
見た目を重視し過ぎていたかもなー。
*1
そして、蚕や繭というものについても言及されるわけだが。
読んでからいろんな字を当ててみれば確かに
飼い蟲、貝子(貝=殻にこもるもの)、とかいろいろ考えられる。
私としてはカゴや枠で育てるし、綿密な籠のような繭を作るから
「籠(=かいご)」というのもアリかなー。と思ったり。
というのも、群馬の方言で
ものもらい=メカイゴと呼び、
どうやら「目籠」と書くらしいから。
お蚕様と関係ないのだけど、
ふとメカイゴで思い出したので
小さいころ祖母に教わった迷信を紹介します(=゚ω゚)ノ
メカイゴができたら
できているほうの目を隠したまま
水を張った洗面器を覗くと治る!
という民間療法(?)です。
後で調べるとこれは
本来は洗面器ではなく、井戸でやるらしく。
そして、井戸の神様にむかって片目を隠し
「もう一方の目も見たいか」
「いま目を患っているが、治してくれたら見せよう」
と言うのだとか。ダルマに片目を入れて
「願いをかなえたらもう片方入れる」
という願掛けの仕方(条件型)の仲間かな。
■目とオシラサマとお蚕様
目の話をした流れで…
「オシラサマは女性、子供、目の神さま」
「本家筋の女性が祀り、後にイタコに委託された」
「瞽女の門付は養蚕農家に大歓迎された」
といった具合に、本文の中では
「目と養蚕」についても複数の話が出た。
私もそこは何かで結びつくのではと気になるものの
まだ自分の中に情報が足りなくてうまく繋げない。
オシラサマについては、
いつごろ眼病と結びついたのか分からないが。
「オシラサマを粗末にしたものが目を病んだ」
という伝承から、
「天狗の火伏」的に「では眼病にご利益もあるはず」
となったのかもしれない。
または、盲目の巫女であるイタコが
家の女性に代わって神事を行ったころから
盲目(=目)との関連が強くなったのかもしれない。
イタコや瞽女さんという人たちは、
きっと養蚕に限らず
神様や霊の世界に通じることについて
とても頼りにされていた(いる)のだろう。
だからこそ、本家の女性しかできないような
オシラサマの神事も請け負わせてもらえたのでは。
以前買った「瞽女(ごぜ)盲目の旅芸人」
という足立浩さんの写真集が私の部屋にあるが、
瞽女さんという人たちは私が生まれたころは
まだ新潟あたりで歩いては三味線を弾いていたらしい。
今となってはこの写真集を眺めながら
この人たちも髪が黒く、娘さんであった時代に
お蚕様たちの部屋で寝たり食べたりして
その歌をお蚕様の卵たちに聴かせたことがあっただろうか。
と想像することしかできないが、
養蚕が良い収入源だったから人々が必死になり
瞽女さんは生きるために三味線を弾くのだ。
…という現実的で逼迫した話だったとしても、
想像の中でその風景は美しくて愛しいなぁと思った。
そういう妄想に近いものや
漂泊民・視覚障害と信仰・門付け芸etc…といった文脈で
瞽女さんについて少しかじり読みした。
という程度の知識しかないので、
本書で引用されていた
ジェラルド・グローマーの「瞽女うた」是非読んでみたいなー
(*´ω`)
それにしても
いくら富岡製糸が世界遺産になったとて、
養蚕に関する信仰や祭りまでは
なかなか世間では取り上げてもらえないようだし。
本文最後の「蚕種石」の一説を読んで
養蚕に関するもの・そのほかのものの隔てなく
祭りというものや習俗というものは
「今あるし伝統的なものだから今後もあるだろう」
とどこかで思ってしまっていることになんとなく危機感。
一方で焦りを感じつつも、
今ならまだいろいろ残ってるぞとも思えた。
時間を見つけて、
本文中に紹介されている知らなかった行事や神社
少しずつ訪ねてみます(=゚ω゚)ノ!
手始めとして一昨日、本文中に紹介されていた
「咲前(さきさき)神社」に行ってきたので
近々なにか記事書くかもしれません…(=゚ω゚)ノ

*1:+_+