朝、ふっと目が覚めると、朝5時45分だった。さすがにちょっと早いと思い、また目を瞑る。目が覚めたら7時だった。朝食を食べて、職場へ出かける。快晴。心地良い。
昨日までにできなかった、締め切りが近い仕事や、年度末の業務などをまとめる。できるだけ午前中にと思いつつ、なんやかんや昼過ぎまで仕事。
諸々終えて、13時頃、会社を出て、新宿御苑へ。まだまだ桜も咲いているので、御苑は驚くほどの人。それぞれ敷物を持ってきて花見を楽しんでいる様子。僕も敷物を敷いて、本をスタンバイ。山内マリコさんの短編&エッセイ集「あたしたちはよくやっている」。友人から、自分も一人称が「あたし」を使うと教えてもらい、確かに、「わたし」とは異なる印象を受ける。今の時代、性別でどうのこうの、というわけではないだろうが、山内さんの文章を読むと、『女性』の生き方というものを学ばせてもらえる気になる。
本を読んだり、昼寝をしたり、穏やかに過ごす。風が吹くと、桜の花びらが舞う。敷物にも花弁が落ちてくる。小さな男の子が空を見上げながら走っている。何かを追いかけているような。つられて見ると、上空、高いところを飛行機が飛んでいた。
夕方。日が暮れてきても寒さを感じない。良い季節。何か映画をやってないかと調べたら、新宿で映画「ノー・アザー・ランド」がちょうどいい時間にかかっていたので、観に行く。ヨルダン川西岸パレスチナ人今居住地区、イスラエル占領下におかれている、マサーフェル・ヤッタという地域の村の家々が、イスラエル軍によって破壊され、住まいを追われてしまう人たちの姿を捉える。イスラエル軍による支配は中東戦争時からのもので、映画で中心となり描かれる若者の幼い頃から、生活に影を落としており、2019年頃から一方的な立ち退き命令と、強制的な破壊が行われている。突如、現れて、いきなり家や学校を取り壊す行為は、そこに住む人たちにとってはとてつもない恐怖なのだと思う。「自分たちの故郷を奪うのか」という訴えに対して、兵士たちはまるで感情を持たないように振る舞う。映画の後半、兵士たちの他にやってくるイスラエル側の入植者たちの振る舞いはより過激であり、映画の終わりにある入植者の行為を撮影した映像には言葉も出ない。個々のレベルでみれば、ユダヤ人のジャーナリストの一人が、懸命にこの実情と、パレスチナの平和のための訴えを起こしてくれており、全員が全員、ということではないが、ヤッタに住む人たちが抱える悲しみや怒りは、どうしても「おまえたち」となる。兵士の人たちでさえ、もちろん、全員が前向きにやっているわけではなく、国からの指示を行うしかない、という立場なのだろうが、そういった大きな対立の犠牲を、市井の人たち、子供たちが被ってしまうことに言葉も出ない。
マサーフェル・ヤッタという名前の由来は、ヤッタから「旅する」「なにもない」というアラビア語から来ているという。のどかな牧草地帯、酪農や農業で生計を営む穏やかな村だったのだと思う。
映画館を出て一息。新宿の街は賑やかすぎる。帰宅して、少し家の掃除をして、筋トレをしつつ。0時過ぎ就寝。
