なんだか寝苦しく、ふと、目が覚めて、時計をみたら深夜1:50だった。まだ、眠ってから2時間も経っていない。寝る直前に「やりすぎ都市伝説」などの怖い話を見たからか。怖い話は怖いから。それで、もう一度眠り、次にまた朝5時に目が覚める。もう少しと思っていたら、横で寝ていた猫が突然、ゲーと毛玉というか、食べていた猫餌を戻した。なぜ戻す直前に目覚めたのかよくわからない。それらを掃除して、やはりまた布団へ。
朝6時10分起床。朝食を食べて缶ゴミを捨てて仕事へ。外は雨が降っており、傘と長靴で出社。事務作業諸々していると、明るくなってくる。なんなら晴れ間も見えてくる。雨は止むという予報ではあったけど、まさか晴れてくるとは。長靴が恨めしい。
職場で、ちょっとした卒業のセレモニー的なことがある。こういうのは節目として、大事だなと思いつつ。昼に車で仕事先へ移動。朝、雨が降っていたとは思えない快晴。この時期の恵比寿から天現寺までの明治通りは桜が綺麗で良い眺め。
昼過ぎの仕事で圏外の場所に3時間ほどいただけで、信じがたい量の着信と、lineと、メールがくる。タイミングを計ったかのように都合が悪く諸々が生じる。それらの対応を終えて、しばしぼーっとする時間。外にいても寒くなくなり、日も延びてきた。
夜、23時頃、仕事を終えて、帰宅。筋トレしつつ、性懲りも無く「都市伝説」のTverを見る。生き物の物の単位に、「頭、尾、羽」などの単語が使われるのは、食べたあと残る部分であり、残った部分で数えるからだ、では、人はどうかというと、死んだ後に残るのは「名前」であり、だから「名」を使う、という都市伝説が語られた。さらに人について、『誕生日』という言葉に使われる「誕」は言葉の意味としては「あざむく・いつわり」という意味を持つそうで、なぜ、この言葉が人の生まれを意味する言葉に使われたのかは諸説あるらしいけど、人が死を迎えた日を『命日』というのは、この世の生は「誕(いつわり)」であり、死をもって、真の「命」を授かる、みたいな話を語っていた。それもそれでなるほどなぁと思いつつ、夜更かしをしてしまう。0時45分就寝。

