朝7時45分起床。缶ゴミを捨てて朝食。快晴だったので、洗濯ものを干す。仕事を休みにして、実家のある埼玉へ。
母の伯母、叔父にあたる方々が上京してくれてお見舞いをしてくれることに。その前に久しぶりに会うということで兄と僕も昼食を一緒に。それぞれ60後半から70代なのだけど、変わらず元気。よくしゃべる。
以前にこうやって会ったのはいつだろうという話になるが、みんなぼんやり。兄の結婚式だったか、それとも父の葬儀だったか。何にせよ、何かの節目か、何かの出来事の時にしか会わなくなっており、それはそれで仕方がないことではあるのだけど、こういうことのためにも、年一の法事や、お盆、お祭りみたいな行事は必要だったりするのかなと思う。この歳になってだけど。そして、僕や兄はまだ伯母、叔父からすると子ども扱いをされる。
昼食を食べ終わってから、母のいる施設へ。面会制限があり、伯母、叔父たちしか面会できなかったのだけど、兄と僕もしれっとついていった。母は久しぶりの姉弟たちとの面会に驚き、そして素直に喜んでいた。その後、兄や僕とも話していたけれど、すぐに姉弟のことを気にする。もう少し話をしたいようなそぶりを見せる。ああ、これが血縁の強さだなと思う。子どもは子ども。自分にとって強いつながりは共に長く暮らした姉弟たちなんだなと素直に実感する。
脳外科医をしている叔父がいろいろと僕たちに助言をくれた。血筋というよりも医師としての見地からの助言。一人暮らしはもう難しい旨。現在、迷惑をかけつつも、老健にいれさせてもらっているが、さすがにそろそろ受け入れの限界がきている。「長期で入れる施設に入れることがいいだろう」と言ってくれる。
面会後、エレベーターで部屋へ戻る母は、手を子供のように振ったり、客人に対するように丁寧なお辞儀を繰り返していた。伯母たちとわかれ、兄と駅に向かって歩きながらこの先のことを少し話しつつ。父が残してくれたお金のおかげて、母をこうやって施設に入れることが出来ている。それもまた有難いことだなと思いつつ、いつまでもこうして、親や親族に頼ってしまっているところが申し訳ない気もする。
兄と別れて、少し、駅のカフェで仕事。休みをとったとはいえ、平日金曜にまったく仕事をしないわけにはいかない。少しばかり急ぎの要件を終えてから、電車で都内へ。駅のホームへ昇るとすっかり日が傾いていた。埼玉と都内を結ぶ私鉄。20代前半に都内へ通っていたころはいつも乗っていた。住宅地が並ぶ風景は、言葉にすると退屈でしかないが、そこまで大きな建物が無いので、空が広く、午後は西日が差し込むし、夕暮れの空はオレンジ色に染まる。
すっかり東京で暮らす存在となり、埼玉に行くこともごくわずかになってしまったが、もう少しできるだけ母のもとに通わないとなと思う。
都内に戻るころには、仕事で急なトラブルが入ったり、メールもやらねばならずわたわた。お腹もすいて、油そばの特盛を食べてしまった。美味しかったけれど、その後、ずっと身体が重く、帰宅してからも筋トレをする気にならず。ぼんやりしつつ、1時手前に、就寝。
