朝9時半過ぎ、目が覚める。昨日、いつ寝たのかまったく覚えていない。ビールを飲み切った記憶はあったものの、覚えてない。
ひとまず起きて、久しぶりにいつもの朝食を食べる。それから洗濯をして、軽く掃除もする。天気予報を見ると雨は降らない予報ではありながら、埼玉、千葉、神奈川など周りが雨が降る予報で、怖気づいて部屋干しをして、家を出る。
外へ出る。祭りばやしが聞こえてくる。地元の神社の例大祭をやっていて、神輿が地域をまわっていた。子供たちが「わっしょいわっしょい」と神輿を背負っている。
ずっと仕事が続いていたので、のんびりお日様を浴びたいと新宿御苑へ。いつ以来か覚えてないけれど、久しぶりの気分。まだまだ暑いけど、人は多い。いつもの場所に敷物を敷いて、日差しを浴びつつ、読書。中上健次さんの「火まつり」のシナリオ版を読む。小説版と同じ筋ではありながら、説明を排除して、描写を積み重ねていく。小説版を読んだ後ならば、余計にもっと詳しく描いても良いような気がするのだけれども。
あたりあえのことだが、小説家は、自分の書いた小説をテキストとして存在させるためにあらゆる手を打つ。テキストはポリフェニックになる。一つの解読しかないテキストなどありえない。小説家の書いたシナリオは、フィルムを解読の一つとして扱う。テキストとしてのシナリオ「火まつり」の読解の一つが、フィルム版「火まつり」なのだ。
あとがきに中上健次自身が書く上記のような文章が興味深い。実際、このシナリオは映画化されたのだろうか。あえて、ネットなどで調べずに想像する。中上健次さんは挑発している。一体、この挑発に誰が挑んだのだろうか。そして、もし、今、現役の監督が挑むのならば、誰が挑むのだろう。
時々、昼寝しつつ、起きては本を読む。昨日、サウナに入ったからか、汗が噴き出してくる。日差しは強い。「火まつり」を読んだあと、宮本常一さんの「忘れられた日本人」を読みつつ。夕方になり、ようやく涼しくなる。夕暮れが心地良い。
気温は30℃を越えているものの、草木は色が褪せてきて、落葉もちらほら始まっている。そして、日が暮れてくるのも早くなっている。
夜、少しだけ仕事をして帰宅。娘が宿題をしていたので、少し世間話。祭りに行ったら、小学校時代の同級生と久しぶりに会ったらしい。結局、今日は一日晴れ。洗濯ものをベランダに干さなかったのが残念。
仕事もちらほらやったものの、今日は久しぶりにのんびりできた。
