食べ物について文章に書く、ということは、自分の性的な面についても書くことだそうです。口という粘膜器官を使うからでしょうか。
わたしは200記事ほど、食について書いています。自分でもあんましエロティックなことは書いてないような気が。
そんなわたしですが、こないだ炊きあがったご飯を見て、ふと「ご飯って純潔だな」とか柄にもないこと考えました。
基本的にはパン党です。パンなら1つ2つときりが良いですが、ご飯だと「あとちょっと」とか追加するのでやめました。それでも非常用にご飯を炊いて冷凍しています。
だいたい炊きあがったら、しゃもじで全体を軽く混ぜて、袋にいれて、粗熱をとって、冷凍庫に入れます。
その日はたまたま忘れててご飯の時間に。炊飯器をあけると、新米の時期なので、つやつやしたご飯がぱっと目に入りました。
「あ、純潔」
白くって、光ってて、それでいて潤いがある。純粋というより純潔。白さ以外のすべてを捨てながら、なおかつあらゆるものを受け入れる準備ができているようです。
一番お似合いなのは、梅干しでしょう。日の丸弁当といいますが、国旗が国民的な食べ物を表している国ってのもそうはないような気がします。日本は美食の国だと国旗を挙げて主張しているかのよう。
塩にぎりなんか梅干しすらなくて、塩だけで勝負です。なんの色もありませんが、吟味すればこれほど美味しいものもそうはないでしょう。
わたしはこのご飯を茶碗によそって、ちょっとだけアジシオをかけました。あとは水だけ。
塩だけで食べると、ご飯の味がよりくっきり際立ちます。粒のひとつひとつが口の中で『立って』いるのがわかり、噛みしめると塩の濃さとご飯の甘味が一体化。
噛むに従って甘さがまして行き、喉を通るときには塩気が欲しくなっています。そこで水で口直しして、またひと口。
ほかほかってところもいいですね。秋だけ味わえる新米の炊きたてご飯。
たまには塩だけというのも悪くありません。