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昭和33年の三島っぽい人は三島かもしれないという話

以前かいた榊山保の愛の処刑みたいな夢想をしている人がいたという話の続報です。

以前の記事はこれ↓

todoroki-megane.hatenablog.com

 

で、その後、堂本正樹の

 

に奇譚クラブの下りがあると教えてもらい、改めてみたら

つまり三島は、私と同じ方面に心を許した友人がいて、その人にも「君だからたって頼む」と依頼、あの書斎で私と同じ作業をさせたのではあるまいか。興奮しながら筆写する同好者を眺め、事後の快楽を共にする……。
やがてこの推測は確信に至ったが、勿論三島に詰問する事はしない。私と三島の交際は、互いの秘密を許容し合う上に築かれていた。それは当方にとって、多少の優越感でもあったのだ。
当時『奇譚クラブ』など数種の猟奇風俗雑誌があり、その読者通信欄では、「三島文学愛好者」「悲壮美愛好者」という部門が形成されていた。前者が男色、後者が切腹趣味である。
そうした欄を渉猟し、仮名で投書、もしくはその種の友人に頼んでその筆跡で通信し合い、私の知らない友人を求めていた可能性は高かった。『宝島30』に『私と三島由紀夫さんの「切腹」の午後』を書いた仙台の男滝冽氏など、この一例か。
何人かのこうした場合の中立ちの候補者を、具体的な名前とともに私は想像していた。

 

という記述があり、変名かつほかの人に書かせて投稿した可能性があるなという話。

 

 

 




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