『男色文献書誌』に武者小路実篤の名前が2件あり、「新しき家」という作品は、胸の病気にかかったかもしれない鬱々さを抱えた主人公にとびっきりの友情で接するSという友人がいるという話で、一読しただけだとどうして男色判定されたのか分からない。
BL脳でいると岩田準一の男色判定の幅の広さに驚くわけだが、当時、あまりに激しいものは発禁になったり、塗りつぶしされたり、他の文士から変態性欲認定されたりするので、文学としての男色を思うなら、控えめぐらいがいいのかもしれない、と思っていた。ーー同作者の「丸上と或る少年」という作品を読むまでは。
「丸上と或る少年」は雑誌『祖国』(学苑社)昭和4年7月号に掲載された作品。
「僕」の友人に丸上吉蔵という、勉強よりほかに楽しみがないような男がいる。職業は中学でドイツ語を教える教員で、立派な人格者だ。「僕」の友人のうちで、二十八歳で結婚するまで童貞を続けたのは丸上一人であったという。
十七の子供がいて、家庭も円満な丸上をある日尋ねたら、すっかり元気がなかった。
理由を聞くと、この年になって男に恋してしまった。相手は、「女よりもなほ女らしく、どの女よりももつと美しい一人の男」であるという。男は自分の子供のところに遊びに来て、丸上にドイツ語を教えてくれと言い、断れないで引き受けた。男は少年で、仮に四本(よもと)と呼ぶ。
四本は丸上を誘惑する気はないのだが、表情や素振り一つ一つが丸上に誘惑的に働きかけてしまう。
ある日、四本をからかって唇に墨がついていると言うと、四本は半巾で唇拭いて、半巾を見、嘘だろうという。丸上は本当だ、とってやるといって、思い切って、四本の半巾に自分の唾を付けて、四本の唇をその半巾でこすり、そのまま唇を寄せ――四本が首を引っ込め、血がさがったようになったので、丸上もぞっとした。
――四本に想いを告げれば、四本は逃げるかもしれない。そうなれば半年ぐらい泣くだろう。
――四本が想いに応えたら、それはなお大変。世間に知られ、新聞に出れば、職を失うだろう。
結局丸上が何を言いたいのかわからぬまま、「僕」は帰宅する。
家に帰ってからも丸上のことを思う。
二十八まで童貞だったのは変態だったからかと思うが、自分は丸上のように美少年に近づきがない。丸上がいうように美しい人が自分の脇にほとんど毎日一時間近く坐っているとしたら、自分ならどうする。丸上よりもっとみっともなくなるのではないか。否、そんな美少年見たことないし、丸上は厄介なことになったなと同情し、他のことがあったので丸上のことを忘れていた。
一月後、丸上を尋ねたら、以前と違って快活だった。明るい表情をしていたので、嬉しく思った。
しかし、まもなく丸上がへんなことで学校をやめられた事を聞いた。
知り合いから丸上についてのいやなことをたくさん聞かされた「僕」は丸上を訪ねた。彼はやはりうれしそうな顔をしていた。
丸上の口から学校をやめたことを聞いた。翻訳家業で仕事をしていくとも。そして変わらず四本は勉強に通ってくる。丸上は、妻子を幸福にすること、自分の仕事、四本を思う事をうまく調和させようとしていた。
そして会話中、なんと話題の四本がやってくる。「僕」ははじめて、四本の顔を見た。想像することのできない美しさを持つ少年で、生まれて初めてこんな男の子を見ておどろいた。
「僕」は丸上に同情するのはばかげている、丸上こそ、皆を同情すべき運のいいやつだと思った。だが、それを誰にも言わないでおこうと思って話は終わる。
ちなみに、美少年というとどうしてもビョルン・アンドレセンを想像してしまうのは、JUNEなどの影響であろうが、昭和四年の美少年といえば、高畠華宵などが描く、坊主頭の悩ましげな眼をした美少年であり、まあ、丸上でなくても、惑ってしまうよね。と頷く。
丸上の心の煩悶と懊悩が生き生きと描かれており、武者小路実篤は名前しか知らなかったが、余裕ができたら他の話も読んでみたいかもしれない。