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文学フリマ東京41 新刊『浅春有情』の紹介

急に寒くなって服装難民のメガネです。
くどいようですが、もーいくつねるとー文学フリマ東京41(11月23日 東京ビックサイト)です。
新刊の三冊目は、会員制ゲイ雑誌「アドニス」の人気投稿作家泉啓介の戯曲作品です。

タイトルは『浅春有情』(せんしゅんうじょう)。

5年ぶりに再会した、男と男が片方は家庭を持ち、片方は恋人を持ち、
それでも互いに惹かれていた過去を懐かしむ話です。
寺山修司のさらば映画よ、みたいに舞台か朗読劇になったらいいなぁという気持ちを込めて文字起こししました。

以下試し読みです。

 

皆川辰次(みながわたつじ)(三十六才)

木庭明男(こばあきお)(二十八才)

 

辰次、背はさほど高くないが、肩幅広くがつちりとしてゐて、肉体労働をしてゐるやうな体つき、眉が濃く、少し顎が張つてゐて、意地の強さうな顔である。

明男、中肉中背、平凡な容貌だが、年よりうんと若く見える。人なつこい表情がいつも顔から消えない。そのせいか、始めて彼を見る人にも、前にどこかで逢つたやうななつかしさを起させるらしい。

 

至極、ありきたりの一室。下手、廊下に出る扉、その扉と向きあつて直角に小さな扉。バスルームである。正面奥、壁によつてベツド。中央にテーブル、椅子。上手に窓あり。ブラインド降りてゐる。

夜、七時過ぎ――。

明男がテーブルの傍に立つて、チーズクラッカーの箱をあけてゐる。卓上には、ウイスキーの瓶、氷を入れたボール、グラスなど。明男、それらを整へる。――間――バスルームの扉があく。辰次、出てくる。

辰次       ――いい気持だつた。

明男       ああ、ひげも剃りやよかつたのに。そこに剃刀もあつたんですよ。……かけませんか。

辰次       ありがたう。(ふたり、椅子に腰を下す。)

明男       おなかの方はいいですか。何かとりませうか?

辰次        いや、結構。充分頂きました。(明男、ウイスキーをグラスにつぐ。ふたり、グラスをあげ、微笑あふ。)

辰次       (一口飲んで)いやあ、ほんとにしばらくでした。何年になるだらう。

明男       五年、ですね。学校を卒業して、あそこを止めて、今の会社に入つたんだが……嘘みたいだなぁ、辰つあん、――あ、ごめんなさい、つい昔の癖が出ちやつた……。

辰次       なに、かまひませんよ。辰つあん、と呼んでくれた方がおれも気易い。

明男       あんたとぼくが同じ会社に勤めてたなんてね。けふ、工場で呼びかけられたときは全く驚いちやつた。

辰次       あんたは事務の方だし、おれは工場の方だから、逢はないのがほんとみたいなものだよ。――で、神戸の支社へはいつから?

明男       もう一年になりますよ。でも、一月に一回はかうして、出張で出てくるんだ。その出張も本社へばかりで、工場へ行つたのはけふが始めて……そこで逢つたなんて、やつぱり縁があつたんだな。

辰次       (なつかしく、しみじみと)あんた、すつかり立派になつちやつて……奥さんはもう?

明男       いや、まだ。それよりお宅の奥さんはお元気ですか。いつだつたつけ、お祭に呼ばれたとき、一度お目にかかつた。坊やがゐたつけ――。

辰次       女房は元気ですよ。子供はあの後ができましてね。女の子ですが……上の男の子はもう学校に行つてますよ。あんたも適齢期だが、恋人はゐるんでせう、勿論――。

明男       ええ、ゐますよ。(笑ひながら)可愛いい子が。十八で、まだ高等学校でね。

辰次       女つてえのはそんな若い頃から仕込むに限るね。

明男       (ずばりと)恋人つて、女じやないんだ。男の子。

辰次       (狼狽して)え? 冗談ばつかり。

明男        (静かに、だがしつかりと)辰つあん、ぼくはあんたと同じ場所に住んでる男なんだ。ぼく、五年前のあのことを憶えてゐるんだ。そして、あんたに謝らなければと思ふ。

辰次      (奇妙な感動で)何をですかい? あの頃のことなら、おれの方こそ――。しかし、あんたが……。

明男        さうなんだよ。あんたと同じ悲しみを持ち、あんたの喜びがぼくの喜びでもある、おれは何もかも同じなんだ、あんたと。

辰次        おれと同じだなんて……それを五年前に、といふのはおれの愚痴だが……、おれはあの頃、あんたに夢中だつたんだ。今でも憶えてゐるよ。始めてあんたを見たときのことを――。おれは電気の修理で三階へ行つてた。終つて詰所(ステイション)で主任(キャプテン)としやべつてゐた。丁度昼でね。ボーイやメイドたちが受持ちの部屋の掃除を了へて、鍵を返へしに来る。最後に新しい見知らぬボーイがやつて来た。主任が、全部済んだかい、出来なきや誰かに手伝つて貰へよ。さうしたらそのボーイが、けふは大体やれました、でもあとで叱られるところが出て来るかもしれないな、と言つて、恥しさうに笑つた。皓い美しい歯だつた。胸がときめいた。その皓い歯がおれのこころを噛んだんだ。それがあんただつたんだ。

明男       出やうとしたぼくを電話のベルが引止めた。客の用事だつた。

辰次        電話の用事を主任に告げて、出て行かうとしたあんたを呼びとめて、主任が紹介してくれた。

明男       この人は辰つあんといつて電気の係り、故障のときは頼むんだな。

辰次        こつちは新しいボーイさんで、木庭明男くん、皆、コバちやんと言つてる。主任の言葉にあんたがひよいと頭を下げて出て行つたあと、おれは訊ねた。馴れた電話で英語がうまいね、さうしたら、学生でボーイはアルバイトなんだと聞かされた。おれはその時、むやみに学生服を着たあんたを見たいと思つた。たつた数分間、おれの目の前に現れただけで、おれの抑へてゐた、そして隠してゐた心をあんたはあばいて行つたんだ。おれは慌てた。困つたことになつたと思つた。何しろ結婚して子供が出来たところだつたのでね。

明男       さうすると辰つあんはそれまでに………。

辰次        うん、おれは二十代を南の戦場で暮した。そこでは男同志の友情が、また愛情が苦しい生活の中で美しい想ひ出をつくつてくれた。疑ふことなくおれは男たちを愛した。そして愛されもした。――終戦だ。復員して昔の職場へ帰へつた。あのホテルの電気係だ。職場は同じだが、まはりはすつかり変つてゐた。外国人の支配人、外国人の客。いつまでたつてもおれは落着がない。不安なんだ。そんな時、人にすすめられるままに女房を貰つた。結婚して、赤ん坊をこしらへて、……さうした平凡な生活(くらし)のなかに身を沈めたら落着くことが出来る、さう思つたんだ。

明男       南の島での男ばかりの生活が忘れられると思つたんだね。

辰次        忘れられる、といふより、忘れなければならないといふ気持でね。世間の目が怖しかつた。だが駄目だ。義務で妻の体を抱いた。女房にはなんともいへない、うしろめたい気持でおれは若い男たちを夢み続けた。その夢にあんたが現れたんだ。

明男        夜勤のときあんたはよく遊びに来た。詰所の小さなエレベエターが上つてくる。小脇に包みをかかへたあんたが降りて来るんだ。ベーカーで都合してきたパイやケーキが包の中から出てくる。ぼくたちがそのおかへしにコカコラやウイスキーを冷蔵庫から出す。客に貰つてためといたやつだ。あんたは酒好きだつたな。飲みつぷりがよかつた。酒が入つてくると、辰つあんの目は生々して美しくかがやいたもんだ。(ト辰次をじつと見る。辰次はその視線に応へるやうに)

辰次        コバちやん、あんたはまるでそつけなかつたぜ。そつけない、といふのは一方的な言ひ分だが――。あんたはいろいろと気を使つてくれた。しかし、おれに言はせりや、そいつが気にくはねえ。他人行儀みたいでね。おれが何か持つてくと、必ずお返しだ。気楽に受け取つてくれるとおれは報はれた気分になれたのに……。実際、あんたはいつも明るくて、きびきびしてたなあ、あんたが冗談なんぞまじへて客としやべつてゐる英語がおれには気のせいか、甘へてゐるやうに聞えて、その相手の外人にいはれのない嫉妬を感じたりしたもんだ。

明男        ぼくは知つてゐた。あんたのぼくに示してくれる好意をね。ぼくもきらひじやなかつた。でも、それを友情以上には解釈してゐなかつたんだ。何故つて、気のあつた親友なんてのは世間によくあるんだものね。それにあんたには奥さんがゐた。だから、あんたとぼくと同じだなんて考へてもみなかつたんだよ、最初のうちは……。

辰次       最初のうち? じや、あとでは気付いてたのか。

明男       ああ。あの夜からね。――夏だつた。

辰次       夏の……夜……?(思ひ出して)

ああ、あの夜。おれはあんたに対する気持がつのて来るのをどうしやうもなかつた。それが少しもあてがないだけに、おれは自分が可哀想でね。たまさかあんたの学生服の出勤姿を見かける。おれは夢遊病者のやうにそつちへ歩いてしまふ。だが、何もしやべれない。やつと、おはやうだとか、もう帰へりかいとか言つてやつと安心する。そしてその途端、あ、この人は遠い人なんだと距離を感じて絶望する。絶望する為に口をきいたやうなもんだが、(激しく)でも話しかけないではゐられなかつたんだ。

明男        あんたが夜やつて来た。宿直のぼくたちも寝てしまつた時刻だつた。真夜中のホテルは深い山のやうに静かだ。キイーイといふ微かな音が下から上つて来る。それがぼくたちの詰所で止る。音を殺してエレベエターの扉が開く。小さな灯りの輪の中に辰つあんが――。

辰次        (遠くを見るやうに)さうだつたね。夏の暑い夜だつた。その頃、おれはそつとあんたの夜勤の日を調べてね、自分の夜勤もなるべく同じ日にしやうとしたもんだ。その夜も、だから一緒だつたんだ。宵の口に一度、詰所に行つた。やつと暇になつたんだつて、相棒のボーイとあんたはサンドウイッチをたべてゐた。コバちやん、あんたの髪は濡れて額に乱れてゐた。風呂へ行つたのかい、うん、たつた今。あんたはさう言つた。明男おれが女なら一苦労するんだが、と辰つあんはその時、さう言つたね。

辰次        風呂へ行つたんで喉が渇いてしやうがないつて、あんたはコカコラをごくごく飲んだ、頤から首への線、そして動く喉仏の尖りさへ不思議な魅力で……おれは思はず言つてしまつたんだ。(苦笑して)女ならつてえのは余計なことだつたね。しばらくして帰へつて寝たんだが……しかし、寝られない。その自分で言つた言葉にそそのかされちやつてな――。それで、又、上つて行つたんだ……

明男     エレベエターを降りたあんたがそつと近寄つて来た。ぼくは睡つたふりをしてた。

辰次       起きてゐたんだね。(今更のやうにてれて)どうも恥しいな……。

明男        あんたはベツドの裾に腰を下した。ブリーフ一枚、Tシャツ一枚、それに毛布をおなかにのつけただけでおれは寝てゐた。

辰次       目の前に伸びてゐる肉づきのいい両肢がおれを興奮させた。がまんが出来なかつた。

明男       掌がそつと腿を撫でた。ためらひがちにだが、その掌は――。

辰次        はつと気付いたときには、おれの手はもうあんたのブリーフの上にあつた。夢中だつたが、騒がれたときにや酔つたふりをすればいい、さういふ智慧を働らかせる余裕はあつた。が、あんたの寝息は乱れない。あんたのものもおれの掌の中でやつぱり睡つてゐた。その反応のなさに、むしろおれは救はれたやうに、あんたから離れた。

明男        そのとき、ぼくの心の底にゆらぐものがあつた。辰つあんの愛がどういふ種類の愛であるか、知らされたんだからね。でも、上のベツドに寝てゐる相棒への気づかひがその心のゆらぎを冷してしまつた。それ以来、ぼくはあんたの前でそれまでのやうに気楽に振舞ふのには努力しなければならなくなつた。だけど、うまく仕了はせたと見えて、ぼくの心に起つた変化はあんたにさとられなかつた。

辰次        その夜のかりそめごとが、おれにとつて苦しみとなつてね。女房には些細なことで当りちらすし、まるで、何てんですかい、今の言葉でいふとノイローゼとかつてやつなんだ。(気をかへて)酒のせいか暑くなつちやつた。失礼して……(トジャンパーを脱ぐ)

明男        それに今夜はえらく暖房がきいてるな。(辰次、椅子を立つて窓際へ行き、ブラインドを上げる。近くに明るいネオンがあるとみえて、硝子にその反射がある。その七彩の反射はそこに佇つ辰次にも。)

辰次        キャバレーがあるんだな。おつそろしく派手なネオンだ。客を呼ぶために、ネオンはきりもなく咲き続ける。(トそのキャバレーの入口らしき方を眺めながら、)しかし、そのネオンの花に誘はれてくる人は尠いな。見てゐても誰も入らない。おや、……あ、やつぱり素通りだ。ちえつ、可哀想に、ネオンのやつ仇花を咲かせやがつて、まるでおれみてえじやないか。……あてもなく、きりもない心の仇花――。(辰次、苛々したやうに、ブラインドを下す。が、そこを動かない。)

(続く)

 

A5 18頁 300円です。 ご興味ありましたら。

 




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