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榊山保の愛の処刑みたいな夢想をしている人が昭和33年にいた話。(noteと同記事です)

榊山保がADONIS別冊APOLLO5号に「愛の処刑」を発表したのは、1960年の8月ごろで(ADONIS56号による)、さかのぼる事2年前の、昭和33年(1958年)、奇譚クラブ昭和33年6月号の読者通信欄を読んでいたら、下記の様な投稿があった。

 

 僕は、青年の割腹に興味を持っている者です。稽古着の若侍が、腹くつろげて割腹しているところ旧陸軍の若い兵士が責任を負って鈍いゴボー劒で切腹して苦しむところ。右翼大学の学生が学生服のまま日本刀で割腹しつつ苦悶のあまり涙を流しているところなど、いろいろ空想します。たとえば、秘密結社の若い隊員で葉山良二に似た色白の美男が、隊則を破った掟により割腹を命ぜられ、首領以下居並ぶ中で六尺褌一本の裸体になり、首領より割腹命令書をありがたくいただき。短刀のサヤを抜き腹にあてがいグサと刺し、苦悶にうめき涙を流し、口より血を吐きつつ見事十文字に切り割き、掟によって腸を切り取って小皿に入れて息絶える。隊員一同、涙のうちに、その腸を肴に酒をくみかわすなど、すばらしいと思います。
又、僕自身も、二十七才で筋肉質のほうですから、児島輝彦氏のように美少年のために割腹してみたいと思います。愛する美少年が割腹狂で一度、僕の割腹を見たいと日頃から言うので覚悟を決め、ヘンピな温泉地で朝早く海辺の人のいない松林ゆき、白鉢巻と褌一本で松によりかかり、見事いさぎよく腹掻き切って、喜びに目をかがやかせている美少年の手に、僕の血みどろの腸を握らせて息絶えたら、どんなに幸福でしょう。 苦痛にあえぎながら、美少年の接吻をうけて死んで行ったら、どんなに幸福でしょう。

(奇譚クラブ昭和33年6月号より)

 

投稿者が本名かもしれないので、名前は伏せるが、切腹願望のある青年の後半の夢想が、場所は違えども、切腹狂の美少年に乞われ、見守られながら切腹して果てるなど、愛の処刑じゃないか。となるわけです。
愛の処刑がいつ書かれたのは知りませんが、榊山こと三島が奇譚クラブを読んでいたという記述をどこかで読んだことがあったので、参考資料になったかもしれないね、この読者通信欄。
というはなしでした。
おしまい。




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