■ ステージとコンプレックス
今回は「退任式のこと」。
この4月で別の小学校に転勤しました。
なわとびを始めた学校に続いて、今回も6年間の勤務でした。以前の学校のように、毎年夏祭りで演技することはありませんでしたが、年に数回なわとびクラブをやらせてもらって、冬は休み時間に子どもと跳んだり教えたり、「なわとび先生」でいられた6年間でした。
異動(転勤)すると、退任式に呼ばれます。
僕は本来、学校では事務職員という立場。縄を持ってる時間より職員室中心に仕事をしている時間のほうがはるかに多いはずですが――。
やっぱり、退任式では縄をポケットから出しました。
今回はこれをやる、と決めてやったのは、最初に普通にMICリリース。それから後ろかえしとびを左右に1回ずつ。そのまま回転方向を変えて前のかえしとびをしながら腕に巻きつけ、後ろ回しに戻して1回ジャンプ。最後に体の前でリリースしながら背中を向けて背中でグリップフリーズ(サムライソード)。
体育館のフロアで見ている子たちの歓声と拍手をもらいながら、問いかけました。
『 ―― どうして今の技を見せたと思いますか?』
低学年の子たちが口々に反応していました。いっしょに跳んだ子たちはどう思ったのかな。僕が上の流れで見せたのは、「ほとんど跳ばない技」でした。
もう一度同じ技をやってから、グリップの代わりにマイクを握ってしゃべりました。なわとびには跳ばなくても楽しめる技があること。他の人に比べればうまく跳べない僕でも楽しんでこられたのは、こういう技もあったからだということ。
『たぶん、ほとんどの人は、なわとびでこんなことができるなんて、あまり知らなかったよね』
珍しさを売りにするのは、マイナースポーツ経験者の定番です。でも、それは形を変えた自慢です。伝えたかったのは、可能性でした。
『なわとびじゃなくてもいいから、いつか、どこかで、知らなかったものに出会えることを願っています』
もう1つ伝えました。
『それでも、新しいことが苦手な人だっていると思います』
それはそれでいいと僕は思います、とはっきり言いました。ある人のブログを読んでいて、ずっと心に残っている、「あることをないことにはできない」という言葉も添えました。小さい子には難しい言葉だったかもしれません。でも、視線を飛ばされてもどうにもならない人は必ずいます。式のあいだ、ずっとフロアのすみで寝転がっていた子も複数いました。
『そういう人を、優しく見守ってあげられるといいな、といつも思っています』
なわとびからすこしずつ離れて、どこか甘い感情もにじんだ言葉だったかもしれません。それは、自分が同じ立場になったときにそうしてほしいと言っているのと同じでしょう。
あとになって、今回のメッセージにしようとしたのは、自分の中にコンプレックスがあったからだと気づきました。
「跳べない」から、せめて「跳ばない」技を言葉にしようとした。跳ばないことで、跳べない自分にも居場所や役割があると信じてもらいたかった。
大技を跳べないことは僕にとってコンプレックスでした。その感情をストレートに話してメッセージにすることもできたでしょう。今回は、舞台が体育館のステージとはいえ、そんなに跳べる環境ではなかったので、自然と跳ばない技からメッセージを作ったつもりでしたが、逃げ腰な気持ちもあったのだと思います。
それでも、全校の前で最後によくやったかな。
大勢の前で技を見せるのは5年ぶりくらいでした。だいぶ舞台からは離れていたし、スーツだと動きづらさもありました。コンプレックスはありつつも、見せられるものを見せようという自分の気持ちにも応えられていたんじゃないかと思います。
最後は軽く2重とびからダイレクトでクロスフリーズをしたらまた歓声があがって、アームラップをしながら一礼して締めました。

マイクなしで地声で感謝の一言を届けて、最後の言葉にしました。言葉よりも縄ばかり印象に残ったかもしれませんが、縄じゃない部分で何か感じてくれた子がいたらいいな、と思っています。
今の新しい学校では、今年、クラブ一覧の一番下に、なわとびクラブが増えました。