文字指導/handwriting指導法セミナーでは「筆記補助具」の紹介もしてきましたが、最近の動向を。
尾びれが縦の「金魚ちゃん」のライバル(?)、尾びれが横の「イルカちゃん」グリップが英国から届いたのですが、形状・デザイン的には右利きのみの対応と思われます。シリコンはしっかりしているのですが、お尻の穴が小さすぎて鉛筆を入れるにも苦労するだろうと思います。
尾びれが縦の「金魚ちゃん」のライバル(?)、尾びれが横の「イルカちゃん」グリップが英国から届いたのですが、形状・デザイン的には右利きのみの対応と思われます。シリコンはしっかりしているのですが、お尻の穴が小さすぎて鉛筆を入れるにも苦労するだろうと思います。 pic.twitter.com/7nssVMckx7
— Takashi “即時停戦” Matsui (@tmrowing) 2025年6月25日
結論から言えば「ダメ」ってことです。
「イルカ」のお腹側の、中指が当たる「くびれ」部分が浅いのは左右兼用を狙ったのかと最初は思っていましたが、そうではなかった模様。
右利きであれば、金魚ちゃんの方が使いやすいと思います。「イルカ」のお腹側の、中指が当たる「くびれ」部分が浅いのは左右兼用を狙ったのかと最初は思っていましたが、そうではなかった模様。
— Takashi “即時停戦” Matsui (@tmrowing) 2025年6月25日
右利きであれば、金魚ちゃんの方が使いやすいと思います。 https://t.co/07mgTh9WDN
続報がこちら。
たかが筆記補助具と軽んじること勿れ。
金魚ちゃんとイルカちゃんとでは発想・コンセプトが尾びれの違い以上に大きい。イルカは豆タイプの延長線上。指の形を作ることに重点があり肉厚でペン軸との距離ができペンを握る感覚が弱くなる。
金魚ちゃんはあくまでもペンを握る補助。身は薄いが利は濃い。たかが筆記補助具と軽んじること勿れ。
— Takashi “即時停戦” Matsui (@tmrowing) 2025年6月27日
金魚ちゃんとイルカちゃんとでは発想・コンセプトが尾びれの違い以上に大きい。イルカは豆タイプの延長線上。指の形を作ることに重点があり肉厚でペン軸との距離ができペンを握る感覚が弱くなる。
金魚ちゃんはあくまでもペンを握る補助。身は薄いが利は濃い。 https://t.co/jzuTIohClq pic.twitter.com/JcNtqiAVup
写真をこちらでも共有しておきます。
こういうのは、百聞は一見に如かず、どころの話しではなく、実際にその「実物」を触って使ってみないとわからないものなんですよ。
ということで以前は対面のセミナーで、いろんな筆記具や筆記補助具に実際に触ってもらっていました。
日本の英語教育界では、文字指導のうちでも handwriting の実際のスキルがわかっている指導者は少なくて、文字そのものについての定見を持つ有識者も少ないのですが、筆記補助具に詳しい英語の教科教育法の指導的立場にある人はもっと少ないんじゃないかという印象です。
私主催での「文字指導/handwriting指導法セミナー」はもう開催しませんが、ご用命があればオンデマンドで、オンライン、オフラインとも充実のセミナーを提供する知見と準備はありますのでお早めにお声掛け下さい。
声を上げていただかないことには何も始まりませんので。
最近のオンデマンドのセミナー/ワークショップの様子はこちらに。
リクエストをしてくれた山下桂世子先生のブログのレポートをお読み下さい。参加者の実感がこもった声が聞こえてくるかのようです。
ハンドライティング指導について:松井孝志先生のセミナーより
kayokoyamashita.com
さて、
先日、ツイッターでうれしい反応をいただいたのでご紹介。
助動詞の「現実味のcould」の話題で、私のツイッターアカウントが紹介されていたので、
私のアカウントをフォローしていなくても、このスレッドを眺めるだけで
#現実味のcould
の実感がかなり得られると思います。私のアカウントをフォローしていなくても、このスレッドを眺めるだけで#現実味のcould
— Takashi “即時停戦” Matsui (@tmrowing) 2025年6月25日
の実感がかなり得られると思います。https://t.co/iNtgFkuOqL
とリプライしたのでした。
私のコロナ禍以降の「英語ニュース引用RT140字紹介&詳解」で取り上げた「現実味のcould」のスレッドをただ紹介したものです。リンクはこちら。クリック時に近い投稿から、時を遡って見ることができます。
これに対して、
貴重な記述的考察の積み重ねです!!
貴重な記述的考察の積み重ねです!!
— ☘️パパときどき言語学者☔️駒澤英語学 (@PhD_Linguistics) 2025年6月26日
と言っていただきました。
このツイッターアカウントの中の方は、某駒澤大学で言語学を教えていらっしゃる北原賢一教授。
有り難いことです。
先のスレッドには、私の元投稿に対する返信なども含まれていますが、純粋に私が「現実味のcould」で呟いている投稿数は
2025年 5件
2024年 11件
2023年 10件
2022年. 25件
2021年. 31件
となっていて、
- なんだよ、言うほど大して投稿していないじゃないか!
と思う向きがあるかも知れませんが、そもそも「英語ニュース紹介&詳解」を始めたのが2020年。
その年には、
2020年 144件
と、わずか1年間に「現実味のcould」を含む144の英語記事を取り上げて「140字紹介&詳解」の引用投稿をしているのです。
コーパス検索でチャッチャ!とか、生成系ATとのチャットで!というものではなく、ツイッターのタイムラインを流れては消えていく数多の英語ニュースの中から、砂金を濾すように自分の目で文章を読み、当該の表現を拾い上げて来たわけです。
こんな面倒なまどろっこしいことはイマドキは流行らないだろうとは思いますが、私がお世話になってきた英語の師匠筋の方たちは皆、このような地道で骨太な営みをされていたと思います。
私は先日、こんなツイートもしていました。
コロナ禍で始めた、この『英語ニュース引用RT140字紹介&詳解」も、以前のように1日に20ネタとか投稿できていません。でも、この制限語数に収めるための情報の取捨選択と解説で使う言葉の選択吟味が、この3年間の私の授業の英文ライティングで与えるWCFの大幅なスピードアップに確実に寄与しています。
コロナ禍で始めた、この『英語ニュース引用RT140字紹介&詳解」も、以前のように1日に20ネタとか投稿できていません。でも、この制限語数に収めるための情報の取捨選択と解説で使う言葉の選択吟味が、この3年間の私の授業の英文ライティングで与えるWCFの大幅なスピードアップに確実に寄与しています。 https://t.co/RhiXxWCnUK
— Takashi “即時停戦” Matsui (@tmrowing) 2025年6月22日
本当にこの年齢でWCFの精度も上がり、速度も上がるとは思っていなかったのですが、
- 何が変わったせいか?
と考えても、これしか思い当たる節はないので。
この元になったタイムラインを流れてきた英文記事はこちら。
A sudden and dramatic decline in the amount of carbon being soaked up by European forests is causing alarm among scientists, with fears that the sharp downturn could undermine efforts to curb global warming.
A sudden and dramatic decline in the amount of carbon being soaked up by European forests is causing alarm among scientists, with fears that the sharp downturn could undermine efforts to curb global warming. https://t.co/fmfbxS1hRA
— New Scientist (@newscientist) 2025年6月22日
そこから3分程度で何を取り上げ、140字にどうまとめるかを決め、投稿。
基準時制は現在。メインはis causingで進行形。付帯状況のwithに続く危惧懸念の名詞fearの同格のthat節中に現実味のcould。
急激・大幅にdecline/downturnするのは欧州の森林による二酸化炭素吸収量。
動詞のcurbは縁石のように容易な乗り入れを防ぐという比喩で、「…を食い止める;抑制・制限する」基準時制は現在。メインはis causingで進行形。付帯状況のwithに続く危惧懸念の名詞fearの同格のthat節中に現実味のcould。
— Takashi “即時停戦” Matsui (@tmrowing) 2025年6月22日
急激・大幅にdecline/downturnするのは欧州の森林による二酸化炭素吸収量。
動詞のcurbは縁石のように容易な乗り入れを防ぐという比喩で、「…を食い止める;抑制・制限する」 https://t.co/VjxoTxqpvb
皆さんもやってみませんか?英語力も、指導力も上がりますよ。
ということで、今日の気になる語法は、同じ助動詞のcouldでも「現実味」とは違って「目の前の現実」を表す助動詞can + 知覚動詞の用法の受け身のさらに過去形で
- could be heard
これもツイッターでは観測気球のように放ってみたものの、見事にスルーされていましたね。
#助動詞couldの過去形の生息域
知覚動詞と共起する助動詞canの過去形couldで、その受け身。
助動詞canは通例、潜在的可能性を表し、目の前の現実の記述描写には向かないが、知覚動詞との共起は別物。
ここではその受け身の過去形で
・音(の正体) could be heard +場所句
となっていることを確認。#助動詞couldの過去形の生息域
— Takashi “即時停戦” Matsui (@tmrowing) 2025年6月23日
知覚動詞と共起する助動詞canの過去形couldで、その受け身。
助動詞canは通例、潜在的可能性を表し、目の前の現実の記述描写には向かないが、知覚動詞との共起は別物。
ここではその受け身の過去形で
・音(の正体) could be heard +場所句
となっていることを確認。 https://t.co/i05WWj4oJz
元ツイはこちら。
#UPDATE Explosions could be heard across Doha on Monday evening, according to AFP journalists, shortly after Qatar closed its airspace, citing regional developments following US strikes on Iran.
#UPDATE Explosions could be heard across Doha on Monday evening, according to AFP journalists, shortly after Qatar closed its airspace, citing regional developments following US strikes on Iran. pic.twitter.com/gNOAeltPHp
— AFP News Agency (@AFP) 2025年6月23日
AFP記者によると、カタールが米国のイラン攻撃後の地域情勢を理由に領空を閉鎖した直後、月曜夕方ドーハ全域で爆発音が聞こえたという。
物書堂の学習用英和でこのcould be heardの用例を和訳付きで載せているのはG6だけ。
Her voice could be heard above [over] the noise. 彼女の声は騒音の中でも聞き取れた. (G6)
それでもaboveの項にある1例のみが紙版でも読める唯一の例で、その他は皆デジタルプラス周りなので、紙版しか持っていない人は暴動でも起さないか心配。
和英だとWisdom、O-LEX 、ジーニアスには複数の用例があります。
散発的な銃声がまだ聞こえていた
The sound of sporadic shooting could still be heard. (W和英)
ドアの隙間から女性のすすり泣く声が漏れてきた
A woman's sobbing could be heard through the door left ajar. (O-LEX和英)
その爆音は隣町まで聞こえた
The explosion could be heard as far as a neighboring town. (G和英)
しかしながら、動詞hearの語法として読めるのは、なんとコンパスローズ英和の受け身の書き換えだけでしたとさ。
この最後の行まで読んでくれると良いのですが…。
因に、大学入試問題でも、このcould be heardが正答となる四択の空所補充英文完成が問われたことがあるんですよ。
The yelling was very loud and ( ) from far away.
イ. can be heard
ロ. can hear
ハ. could be heard
ニ. could have heard
読解素材文での出現例。
In the late 19th century, Sultan Abdülaziz decreed that the dogs should be rounded up and exiled to Hayirsiz, an island in the Marmara Sea. Sivriada, a tiny island to which powerful rulers once banned criminals, made headlines in 1911 when the governor of Istanbul released tens of thousands of dogs there. An old yellow postcard shows hundreds of dogs on the beach; their voices could be heard even at great distances. However, an earthquake that occurred shortly thereafter was taken as a sign of God’s anger, and the dogs were brought back.
19世紀後半、スルタン・アブデュルアジズは犬を一斉に捕らえ、マルマラ海のハイイルスズ島へ追放するよう命じた。かつて権力者たちが犯罪者を追放した小さな島、シヴリアダは、1911年にイスタンブール総督が数万匹の犬を放ったことで話題となった。古びた黄色い絵葉書には、浜辺に何百匹もの犬が写っており、その声は遠く離れた場所でも聞こえたという。しかし、その後間もなく発生した地震は神の怒りの兆候と受け取られ、犬たちは連れ戻された。
Running gags actually started to be used prior to the widespread adoption of television, in radio comedies during the “golden age” of radio. This era lasted from around the 1930s until the 1950s. One of the most popular of these shows was called “Fibber McGee and Molly.” This radio comedy was about a husband and a wife and was especially famous for one running gag. In this running gag, when the husband, Fibber McGee, opened his closet to find something, many things would fall out every time. The audience could know that these things were about to fall out because Fibber would announce in a loud voice that he was about to open his closet. Obviously, given that this was a radio comedy, the audience could only hear what was happening. When Fibber opened his closet, a variety of loud sounds could be heard as if many different types of objects were falling to the floor. The fact that people could only hear what was happening was an advantage rather than a limitation. The power of the imagination increased the effectiveness of this particular gag.
定番のギャグは、実際にはテレビが普及する前、ラジオコメディの「黄金時代」に使われ始めました。この時代は1930年代から1950年代まで続きました。最も人気があった番組の一つが「フィバー・マギーとモリー」です。このラジオコメディは夫婦を描いた作品で、特に有名な定番ギャグがありました。そのギャグでは、夫のフィバー・マギーがクローゼットを開けて何かを探すたびに、毎回たくさんの物が崩れ落ちてくるというものでした。観客は、フィバーが大声でクローゼットを開けると宣言するので、これらの物が落ちてくることを予測できました。もちろん、これはラジオコメディなので、観客は起こっていることを音でしか認識できませんでした。フィバーがクローゼットを開けると、様々な大きな音が聞こえ、あたかも多種多様な物が床に落ちているかのようでした。人々が音だけを聞くことができたという事実は制約ではなくむしろ利点でした。想像力の働きがこの特定のギャグの効果を高めたのです。
ここで使われている a variety of + 複数名詞は規範的ですね。
本文中のある箇所の理由説明で、正しいものを選べ、という選択肢にも登場しています。
Because Miss Sampson could be heard more easily than all the other women.
この基本的であり、日常の頻度も高い表現が、なぜ、日本の教材ではあまり取り上げられず、英和辞典でも例をみることが少ないのでしょうか?
一因と推測されるのが、「肯定の文脈で過去の単発の達成を表す場合は、助動詞のcouldではなく was [were] able to 原形やmanaged to 原形を用いる」ということが、過剰に一般化されているのではないか?という点。
そして、「否定の文脈で『できなかった』ことを表すには、could not [couldn’t] 原形も用いられる」方だけが取り上げられていったのではないか?
- 助動詞can + 知覚動詞の用法
も学参等では扱いは手薄な印象。
参考
seeやfeelなどの知覚動詞は原則として進行形にはならないが、canを伴うことで、一時的な状態を表すことがある。
I can see Tom over there. (向こうにトムが見える。)
(『アルティメット総合英語 (第2版)』 啓林館、2022年、p.120)
このような解説での記述に引きずられると、次のような例しか容認されないと勘違いしてしまうことになりかねません。
彼女の声は聞こえなかった. Her voice could not be heard [was not audible, was inaudible]. / I couldn't hear her. (W和英)
歓声にかき消されて彼の声は聞こえなかった. His voice couldn't be heard above the cheers. (G和英)
岩に打ちつける波の音のほかは何も聞こえなかった
Nothing could be heard but [OR above] the sound of waves crashing on the rocks. (O-LEX和英)
葬儀場には遺族のむせび泣く声しか聞こえなかった
Nothing but the bereaved family's sobs could be heard in the funeral parlor. (O-LEX和英)
OALDが得意の用例のパラフレーズでこの表現を使っているところも、否定の文脈です。
His words were lost (= could not be heard) in the applause.
彼の言葉は拍手で聞こえなかった. (OALD英英和)
肯定の文脈でも使える、と妥当な記述をしているのは次の例。
can + 知覚動詞・認識動詞:知覚動詞 (see, hear, smell, taste, feelなど) や認識動詞 (understand, remember, guessなど)には、1回限り実際できたことに couldを使うことができる。
I could understand what he was saying. 彼の言っていることが理解できた。
We could smell something burning. 何かが燃える臭いがした。
(『コーパス・クラウン総合英語』 三省堂、2022年、p. 114)
『コーパス・クラウン総合英語』は早くも第二版で改訂版が出た模様ですね。読むのが楽しみです。
このような適切な理解、知識があれば、その受け身も容易に受け入れられるでしょうし、運用まではすぐそこ、ということになるでしょう。
否定主語のノイズを含んだザックリとした検索で。
COCA
NOW
GLOWBE
TV
Ngram Viewerでもざっくりと。
因に、これらの検索結果で最頻度の “could be seen” ですら、英和での扱いは稀です。
Wisdomは用例は全て「和英」。
O-LEXも全て「和英」(但し、用例は豊富にヒットします)。
G6には1例あるものの、asの項目。
As [×Which] was so often the case after snow had ceased to fall, everything could be seen with clarity.
雪のやんだ後はたいていそうだったが, あらゆるものが澄みきって見えた.
私が生きている間に、教材や辞書の記述に改善がみられることを願います。
本日はこの辺で。
本日のBGM: 声 (羊文学)








