前回の大阪大学の出題に関する記事は、もう少し反響があるかと思っていたのですが、本当にごく一部でしか反応がなくて書いた本人も戸惑っています。
先の記事中でも、私は「グラフ説明問題」とは一度も言っていません。
- 今回の大阪大の出題=「グラフに基づくお題型自由英作文」
- 私がこれまでに指導してきたもの=「グラフ説明の英文ライティング」
なんですよ。
この違いが殆ど意味を持たないのが日本の大学入試の英作文での「グラフ・表」の使われ方。
そうは言っても、やっぱり英語力の向上に繋げてほしいのでこちらを公開しています。
2025 大阪大学 英語 自由英作文 解答例
note.com問題そのものは、リンクが生きている間に、こちらなどから入手してください。
https://nyushi.sankei.com/honshi/25/ha1-12p.pdf
あの資料からだけだと、欧州の仏独の差が説明できないし、アジアでの日韓の差が説明できません。
米中と日本との間に大きな差がある、ということ以外は、グラフでの数値の変化を記述したり、数値そのものや比率・割合の比較や意味づけをすることは不可能です。
できるのはせいぜいが紋切り型の高等教育に関する意見を書くことくらいでしょう。
その中で、英語学習に少しでも資する解答例3つと、出題者に対する抗議の表明でもある皮肉を1つ書いてみた次第です。
ワンコインの有料記事ですが、学びどころは多いと思います。ご活用ください。
折角なので、今春の国立大の出題をもう少し見て行きましょう。
京都大学の和訳問題が話題となっているようなのですが、私の持論は予てより述べています。
英語のエキスパートとも言える予備校の講師の間で解釈が分かれたり、誤訳が指摘されたりする、一読了解を拒むかのような英文は、著者に書き直してもらうか、入学後の大学の授業やゼミで扱った方がいいのでは?
というもの。
大学入試で、私が英文ライティング系の出題にしか興味関心がないのも、その辺りが大きな要因です。
そんな私が気になった出題の一つが
- 東北大
の和文英訳です。
東北大では、古田徹也 『いつもの言葉を哲学する』(朝日新書、2021年)から採られた日本語の文章をもとにした英訳文の空所補充完成と和文英訳の合わせ技。出典情報には「一部改変」とあったのですが、私がkindle版で原典を読んだ限りでは「ルビ」の追加以外は、原文のママでした。
以下、当該箇所の引用です。
滑らかに進行する言葉のやりとりは、あたかも定石に沿って囲碁を打つように、すでに繰り返し踏み均された会話の道筋を辿っている場合が多い。そして、その整備された道筋は、長く蓄積されたステレオタイプの温床でもある。また、たとえば政治家の討論会において当意即妙に思える受け答えがなされているように見えても、それは往々にして、周到に準備された想定問答や、古来錬成されてきたレトリックや雄弁術の賜物にほかならない。
そもそも、「当意即妙さ」や「流暢さ」というものを、言語実践における美徳としてどこまで賞賛すべきなのか、私たちは一度問い直す必要があるだろう。昨今はテレビなどのマスメディアだけではなく、たとえばSNS上で展開される論争でも、次のような光景がよく見られる。すなわち、相手の主張や批判に対して瞬時に切り返す言葉が「論破」としてもてはやされ、相手がそれに対して間髪容れずに反論しなければ「論破された」と判定される、という光景だ。しかし、後でそのやりとりをゆっくり辿ってみると、「論破した側」はたんに論点をずらして攻撃していただけであり、とても「論争」の名に値するものになっていなかった、ということも少なくない。そこでは、当意即妙の切り返しが示唆するところの(実情はどうであれ)頭の回転の速さや「地頭」なるものの良さが賞賛の対象となり、議論の内容という肝心のものが置き去りにされている。
また、これはテレビなどでお笑い芸人が見せる突っ込みに影響されているのだろうが、日常の会話やプレゼン、スピーチといった場で、誰かが言葉を嚙んだり言葉に詰まったりすると、「いま嚙んだよね!」などと指摘され、笑いが起こるということが、いつの頃からかよく見られるようになった。嚙んで何が悪いのだろうと思うのだが、これもまたひとつの「お約束」となってしまったようである。
古田 徹也 『いつもの言葉を哲学する』 (朝日新書、2021年) (pp.96-97). Kindle 版.
良い素材を取り上げたと思います。
「論破」を含む部分の英訳が求められているので、注目はされますよね。
空所補充による英文完成は二ヵ所。
- 1.そして、その整備された道筋は、長く蓄積されたステレオタイプの温床でもある。
- 3. 嚙んで何が悪いのだろうと思うのだが、これもまたひとつの「お約束」となってしまったようである。
和文英訳は、上記二題よりもう少し長い次の箇所。
- 2. すなわち、相手の主張や批判に対して瞬時に切り返す言葉が「論破」としてもてはやされ、相手がそれに対して間髪容れずに反論しなければ「論破された」と判定される、という光景だ。
空所補充完成の解答を確認。
1. は高校生にはちょっと無理かなぁ…。
1. そして、その整備された道筋は、長く蓄積されたステレオタイプの温床でもある。
And such a well-developed (line)(of)(reasoning ) also constitutes (the)(breeding)(ground)(in)(which) stereotypes have accumulated over time.
最初の空所には、不定冠詞のaが及ぶ単数扱いの名詞が来なければならないので、waysを使えないのは自明。
「その整備された道筋」は先行文の「すでに繰り返し踏み均された会話の道筋」の言い換えとなるのだろうが、ここに英語のreasoningを当てるのは大胆。a line of reasoning 「推論の進め方;論理の道筋」。
constituteは働きは他動詞だが、意味の実質はbe動詞。consist は自動詞でofを取るが、他動詞のconstituteには名詞が続くことをちゃんと分かっているかが鍵。でも、このconstituteはCEFRのランクで言うと、OALDでもCambridgeでもC1相当の語です(因にCEFR-JのB1というランク付け、表示は要再考だと思います)。
「温床」は文字通りでも、比喩でも一語ならhotbed。(the) breeding ground は文字通りには「繁殖地」。比喩で「温床」。「道筋」の方にgroundを持って行くと、この「温床」が完成できない。関係副詞whereがないので、in whichでSVが続く。「長く蓄積されたステレオタイプ」は複数形で一般論なので、関係詞の所有格whoseで先行詞を受ける読みは筋が悪い。空所の外にあるaccumulateはここでは自動詞で能動態の完了形。ただ、この動詞はCEFRのランクで言えばOALDではC1、CambridgeではC2相当の語ですね(またまた因に、CEFR-JだとB2表示なんですよ)。
3. 嚙んで何が悪いのだろうと思うのだが、これもまたひとつの「お約束」となってしまったようである。
Although I don’t know (what)(is)(wrong)(with)(failing)(to)(speak) smoothly, it seems that this has also been generally accepted.
譲歩の接続詞althoughで文を始めるのは、読み手に前提への共感を強いるようで感心しないが、そうなっている以上、その流れで。
「何が悪いのだろう」は、「何かが悪いのだろう」とは全く違うので気をつけたい。
I don’t know what is wrong. は「何が悪いのかわからない」。「何も悪くない」と反語的に意見・持論の表明に使われることも多い。ここでは後者。wrongに続いて 「問題の所在」を示す前置詞の結びつきは with > in。ここではwith一択。動名詞が続くことになるけれど、否定的な意味合いにする必要があるので、not talkingとfailing を比較。「噛む」に対応するには、ただ単に「しない」ではなく、「しそこなう」意味も表せるfailing でto原形を続けて、speakとするのが最適解。日本文で、「難しいなぁ…」と私が感じた「お約束」の引用符のところは出題側で英訳済みなのだが、引用符の効果や意図、目論見は綺麗に流されていました。
他方、和文英訳は結構大変です。
巷でよくいわれるのが
- 中学生にもわかるような易しい語句・表現を使いミスなく書く。
というような助言ですが、ここでは1と3で、英文が示されているので、その語彙レベル、構文のレベルとの大きな齟齬があっては本来拙い筈なんですよ。
TextInspectorでの1と3の英文分析結果。
基本、A1レベルの語彙で、一部C2,C1レベルの語まで使われているわけですね。最終的にその辺りも考慮、配慮できれば理想的です。でも、やってみるとわかることですが、その実現は極めて難しいでしょう。
英訳を求められている箇所は、先行文脈の言い換え、要約であることは自明だけれども、では何を言い換えているのか?を確実に掴むことが大事。
- 私たちが再考すべき、言語実践における美徳として「当意即妙さ」や「流暢さ」というものを賞賛する光景
とでもいうような内容で、英訳を求められている日本文では最後の最後で「…という光景だ」とあるので、この部分を先に訳出することになるでしょう。
すなわち、相手の主張や批判に対して瞬時に切り返す言葉が「論破」としてもてはやされ、相手がそれに対して間髪容れずに反論しなければ「論破された」と判定される、という光景だ。
この筆者・著者の基本的なスタンスは否定的なものであることを踏まえた上で英訳にとりかかります。
More specifically, it's a scene where witty retorts to others' claims or criticisms are glorified as “winning the argument.” Meanwhile, those who fail to respond without missing a beat are deemed “defeated.”
私が書いたものです。
この英文のKagi訳がこちら。
より具体的に言うと、それは他者の主張や批判に対する機知に富んだ反論が「議論に勝つ」こととして美化される場面です。一方、即座に応じられない者は「負けた」とみなされます。
語彙選択で結構悩みました。
specificallyがそもそもCEFRでC1ランク。wittyはB2ランクです。quick-wittedだとランク外。瞬時に切り返す「言葉」には、retortかreparteeだけれど、どちらも高校生には厳しいでしょう。CEFRだとどちらもランク外。「もてはやす」に対応のglorifyもランク外。
whileやwhereasでのコントラストが有効な論理展開だけれど、sceneの後置修飾でwhereの形容詞節中が長くなり過ぎることとの天秤で、2文に分けました。新たな文でも、先行文脈下です。
deemを使うと生成系AIっぽさが出てしまうけれども、この文脈での「判定」にはぴったり。でもCEFRだとC1ランク。
この英文をTextInspectorで分析すると、1と3に比べて、やや語彙レベルが上がっていることが分かります。
因に、Claudeにformal寄りで英訳してもらうとこうなります。
More specifically, it represents a scenario wherein rapid counterarguments to others' assertions or critiques are celebrated as “prevailing in the discourse.” Conversely, those who fail to respond promptly are considered to have conceded the point.
これは大学入試で求めていいレベルではないですね。
Kagi訳。
より具体的には、他者の主張や批判に対する迅速な反論が「議論に勝利した」と称賛されるシナリオを表しています。逆に、迅速に対応できない者は、その時点で負けを認めたと見なされます。
TexInspectorの分析。
より平易な落とし所はどの辺りでしょうか?
More specifically, it shows a situation where quick answers to what other people say or criticize are seen as “winning the argument.” At the same time, people who cannot respond quickly are thought to have “lost the debate.”
Kagi訳
より具体的には、他者の発言や批判に対して素早く言い返すことが「議論に勝つ」ことと見なされる状況を示している。同時に、素早く反応できない人は「議論に負けた」と見なされる。
TextInspector分析。ちょっと易しくなり過ぎで、スカスカになりましたね。
英文ライティングって、事程左様に難しいものなんですよ。
だからこそ、やり甲斐があるんですけど。
巷の「解答速報」の英訳はどうなっていますかね?
いえ、別に、英訳のクオリティで、マウントを取ろうなんて思ってはいません。
「速報」で求められている、その速さそのものを見直すことも必要では?ということです。
次々とやってくる波に乗ることも大事でしょうが、
- その波に乗ってどこへ?
- その波の正体は?
乗るなら乗るで、自分の足下には十分気をつけて。
本日のBGM: Quicksand (feat. Rianne Downey)/ Paul Heaton



