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the ABCs of materials writing

自分の専門と称する分野なので、英文ライティングや英作文の教材は広く手に取るようにしています。
以前ほど酷いものは少なくなりましたが、それでも「気になる」ものはあります。
2、3年前に、学校採択用教材を検討していたときに、次のような練習問題の日本語の段階で引っかかったことがあります。「引っかかった」というのは、問題がtrickyだというのではありません、そもそもその問題文の日本語が何を意味しているのかがわからない、というものでした。

どちらの言語もアルファベットを使っているというわけではない。
『自分の力で書く大学入試英作文 FINAL DRAFT』(いいずな書店)より

私がこの問題文で真っ先に気になったのは「アルファベット」という語の使い方でした。
私は常日頃、

  • 語学の教材くらい、「アルファベット」という言葉を適切に使いましょうよ。

といっている人間ですので、このアルファベットを英語でalphabetと単純に置き換えることには抵抗があります。
英語でのalphabetはあくまでも、一揃いの setとしての文字の枠組み・体系をいう語であって、個々の文字のことを指す語ではありません。カタカナ語として日本語で受容している意味とはズレがあるのです。

COBUILD

OALD

このような学習用の英英辞典の定義を見ても、少なくとも、「ラテン文字」とかRoman alphabetとか限定しないと「set (=枠組み)」が定まらないと思うのです。

そして、この問題文で立ち止まり、何度か読み返しているうちに、このテキストでの学習のターゲットとなる「部分否定」で気になることが出てきました。

  • (2つの言語を取り上げて)その両方ともがthe Roman alphabetを使っているわけではない。

というのはどのような意味になるのか?ということです。

文頭の主語でNot bothが用いられることも文脈によっては可能でしょう。ただ、私が問題視しているのは、その「可能とされる文脈はどんなものか?」なのです。

  • bothに限定がつかずに、二つの言語を取り上げる文脈とは?

例えばparentという名詞は父親でも母親でも良いわけですが、both parentsとなると通例「両親」という意味を表し、しかも限定がなくても一般論として使うことが可能です。
orphanの定義などでよく分かるでしょう。

  • 3. (tr) to deprive of one or both parents (Collins)

ただし、これが否定の文脈となると、ことはそう単純にはいきません。

  • Not both parents need to agree [be notified]. 両方の親が同意する[知っておく]必要はありません。

否定であれ、部分否定であれ、 「そうでないなら、ではなんなのか?」という肯定的な内容が前後を支えなければ意味が落ち着きません。先の例の場合であれば、「親の同意が必要です[親が知っておく必要があります]」に続く場合には意味は整合するでしょう。「どちらかが該当すれば良いのです」というメッセージが伝わる限りは。これはparentという名詞が、pairを容易に想像できる語だから成り立つ話。

振り出しに戻って、言語(language)。ペアを容易に想像できるか?何らかの設定で言語のペアを想定するなら、そのペアに言及する際にそれなりの限定が必要だろうと思うわけです。
そこに来ての「アルファベット」の問題の合わせ技なので、私には「意味がわからない」と言った次第です。

私がこのテキストの問題文を見て「?」と思い、解答解説を読んで「??」と思って、想定した改善案は次のようなものでした。

その(二つの)どちらの言語も英語と全く同じアルファベットは使っていない。
Neither of the (two) languages use the very same alphabet as English.

例えば

  • 「アジアの言語で、欧米の植民地となってその支配下で影響を受けていない国にはタイやネパールがありますが、その二つとも言語はラテン文字を使っていません」

という文脈を想定するのであれば、この「二カ国の言語」である、タイ語もネパール語もラテン文字を使ってはいませんから、主語で部分否定の形を取るのはおかしくて、neitherと全体否定の語を用い、さらに母集団の二言語を限定することになると思うのです。

その上で、私の改善案としては、neither主語での否定文脈+the (very) sameの部分に、含みを持たせる表現としました。ラテン文字を使っていても、alphabetのセットの内訳で見れば、英語と同一ではない、という状況・条件の設定です。ラテン文字を使っているけれども英語と同一ではない文字を用いて表記する身近なアジアの言語の例としては、「ベトナム語」などを思い浮かべてもらえるといいでしょうか。

というようなあれやこれを考えると、もともとの教材の和文英訳は、練習問題として課してまで学ぶものではないな、と思ったわけです。この私の問題意識は、内々の閉じたネットワークで共有し、若干の方からご意見をいただいていました。ありがとうございます。

そして、これには後日談があるのです。
来年度用の教材の精査をする中で、このテキストも再度読んでいたところ、この同じユニットの、同じ箇所で「部分否定」がターゲットになるであろう問題が修正というか差し替えられていたのです。

  • すべての言語がラテン文字を使っているというわけではない。

このテキストを使用した指導者の中に、先の問題を指摘した方がいらっしゃったのでしょう。
ご苦労様です。
私が読んで問題視していた版は初版の第1刷。

今回再読して、問題の差し替えに気づいたものは、初版の第4刷。

流石に、第2刷、第3刷でどうなっていたのかまでは分かりませんが、最初のものよりは改善されているでしょう。
ただ、この問題文でも、「ラテン文字」=Latin alphabetと単純に置き換えてしまうと、個々の文字をalphabetと言うのだ、という誤解は残ったままになる可能性があるということを指摘してくれた方がいました。
もっともだと思います。

  • 終わりよければ全てよし?

といえるまでには、まだ少し課題が残っているようです。
draftはreviseしてこそナンボですね。

本日はこの辺で。
本日のBGM:いろは (スピッツ)

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