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九州ソロ旅行3日目~佐賀が誇る吉野ヶ里遺跡、からの熊本城

皆さんこんにちは。


佐賀です。
こういっちゃなんですが、全国47都道府県のうち最も地味な県です。
(注)2番目は徳島。


そうは言っても佐賀を楽しまなきゃならんので何か見どころはないかみてみたんですが、あの吉野ケ里遺跡が佐賀県にあるんすね。
「あの」と言ってもそもそも何時代の遺跡だかも知らんかったですが。。
(注)弥生時代


で、佐賀駅から割と近いんです。
片道12kmなんで、走っていける距離です。
んじゃ、と思ったんですが、曇男の効力ゼロで朝から本格的な雨☔☔☔


走るのが目的の旅行じゃないので、さすがにやめておきましょう。

おとなしく電車で行きます。


都会の人間がローカル線に乗ると、降りる駅に着いても「あれ、ドアが開かねー」ってのがローカル線あるあるですね。
富山行ったときも、「マジ?開かねーけどなんかオレ間違ったことした??」って泣きそうな顔してたら横にいた地元の人がボタン押して開けてくれました。
なので、「ボタン、ボタン」と身構えてたんですが(身構えんな)、九州の電車は自動で全部開くんですね。暖かい地域では開くんでしょう。


で、佐賀から3つ目の吉野ケ里公園駅に無事着弾。

雨ざんざん降りです。。

しかも、この吉野ケ里公園駅から遺跡のある吉野ケ里歴史公園までは700mほども離れています。

しゃあない、これまで温存していたカッパをかぶってとぼとぼと歩いていきます。
が、カッパ来ててもずぶ濡れです。


なんとか到着。立派な公園です。

まずは資料館。歴史で習った鏃とか。
他にも、青銅器とか、頭蓋骨のない人骨とか、たくさん出土しているよう。


遺跡は、時間がないので、係の人に聞いて、ここだけは見るべき、というところに絞って見ることにします。

発掘された遺構をもとに、当時の建物をまるまる復元しているんですね。
当時の住居、高床式倉庫、やぐらなど。


こちらは当時の人の墓のようです。だいぶすごいもののようです。


うーむ。

この吉野ケ里遺跡、考古学的にはものすごい価値があるんだと思いますが、それをどう見せるかは難しいとこですね。

あまりにきれいに復元してるので、作られた感が強く弥生時代感があまりない。

明日香村行くと飛鳥時代をなんとなく感じるし、奈良行くと奈良時代を感じるんですが、この違いは何なんでしょう。。

弥生時代のものは建造物は何一つ残ってないから、まあ仕方ないっちゃ仕方ないですが。



まあでも立派な公園でした。
遺跡だけでなく、普通にピクニックとかもできるようです。




さ、雨も止んだことだし、普通列車で佐賀まで戻り、ホテルチェックアウトして再出発です。


今日はあとは割とライトな行程です。
特急「みどり」新鳥栖、そっから九州新幹線に乗ります。



熊本とうちゃこ。
駅、かっこよ。

あ、くまもんだー!



熊本といえば熊本城。
市電に乗って向かいます。


ですが、その前にお昼ご飯。
赤組という熊本ラーメンのお店です。

思ったよりもギトギトしてなくてあっさりしてました。美味しいです(基本、何でも美味しい)。
(注)この他に餃子とライスも食べていますので心配ご無用。


さ、いよいよ熊本城なのですが、熊本市役所が市役所の最上階を展望台として開放してるらしいです。なんと素敵なことでしょうか。
まずはそこに行きましょう。


ごらん、これが展望台を我々に無料開放してくれている熊本市役所だよ。

展望台から見た熊本城。

これ、写真だと伝わりにくいんですが、エレベータを14階で下りて展望エリアに出た瞬間、思わず「おー」と声が出てしまう感じでした。

天守閣そのものの大きさもさることながら、城の領域が圧倒的に広いこと、そもそも土台が高いことから、熊本市の他の建物の追随を許さず、天に向かってまさにそびえ立っています。


これまで見た城と格がまるで違う感じです。



いきなり圧倒されましたが、それじゃ実際に行ってみましょう。


熊本城の中は、観光用の橋とかもあってかなり人工的な感じはします。

でも間近で見るとさらに迫力。


ところでこれだけの圧倒感があるのに、熊本城って国宝じゃないんだよなぁ。なんでだろ。

とか思ってたら、今の天守閣は1960年に再建されたRC造のものなんですって(予備知識なんもなかった)。

なーんだ。


と一瞬思ったのですが、にしちゃ熊本城って人気あるし、熊本地震の後の修復にかける市民県民の想いもすごかったように記憶しています。

これはいったい何なんでしょう。


で、今日は割と時間があったのでじっくり見学したんですが、熊本城は1600年に加藤清正が築城。その後、江戸時代を通じて戦の舞台となることはなかったのですが、明治に入って西南戦争のとき、西郷隆盛率いる1万4千の薩摩軍をわずか4千の政府軍がこの熊本城で迎え撃ち。
52日間の籠城の末、政府軍が城を守り抜いたということです。
※なお、このときに天守が焼失。


江戸時代を通じて熊本とともにあった熊本城が、銃も大砲もある明治の戦でも不落だったというのが、熊本城の凄さのように思いました。
天守閣が現存してるかどうかだけが凄さではないんでしょう。




で、時間がまだ余ったので水前寺公園をちょろっと見たあと、、


豊肥本線に乗って阿蘇までやってきました。


今日はバックパッカー宿です(いちおう個室)。西洋人だらけでした。


夕食は、阿蘇に来たので赤牛のステーキを頂きました。

※これでも昨日の伝串より安い笑



さ、明日に備えて早めに寝ましょう。



ではまた。




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