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なんだかんだで腰が痛いのが続いているので、鍼灸院の院長に対し恨めしい気持ちになっている。
決して安くない治療費はどこに消えているのだ、と思うと、怒り、悲しみ、諦め、不安が同時に湧いてくる。
そういう気分であることを配偶者に告げたら、「それ、1ヶ月前の生理の時期にも言ってたよ。」とのこと。女性ホルモンの働きがわたしの感情を支配しているのかもしれない。
腰が痛いのであまりプールで運動できていない。
二日おきにプールでリハビリ運動をするという日課ができなくなった途端に体調がコントロールできなくなる。身体がなまりのように重く、眠りが浅い。
デジタルデトックス……というか、すこしばかりSNSを遮断したらきもちがよかった。
土日はX(旧ツイッター)をやってもいい、というルールにして、平日は仕事やら自分の他の計画やらに費やすことに決める。次の文フリについても、色々考えておりますよ。ええ、はい。
結局Twitterを見てしまうと、本当にあっというまに、あっっっという間に時間が過ぎていく。見なければ本が読める。ラジオが聴ける、散歩ができるのだ。
昨日は、イーブリン・ウォーの『愛されたもの』を読みきった。おもしろい。
わたしは英国人のシニカルなものの見方が好きかもしれない、と思ったので、さっそく同じ作者の『大転落』を購入した。
イーブリン・ウォーの『愛されたもの』は、実は十年ぶり二度目の再読であるが、結末を知っていても、彼の軽妙で子憎たらしい文体が面白くて集中して読んでしまった。神田伯山が好きな人はきっと好き。
青年詩人のデニスが、なんとか落としたい女の子に対して「自作の詩だよ。」と嘘をついて『オックスフォード英詩選集』からテキトーな詩を選んでラブレターに引用しているところ、わかりやすくクソヤローという感じでとてもよかった。人間をなめくさっている描写がいい。これは筆者本人もわりと他人を舐めているパターンかな.....と思ったら、社長の息子でパブリックスクールからオックスフォード大に入学のボンボン息子パターンだった。なるほどね。
なお、本人は妻の不倫を機にカトリックに改宗し、そのあと皮肉や風刺のきいた初期の作風から大きく変わっているらしい。結局作者の人生が作品に影響するのだ......と思わざるを得ない。
ちなみに原題は、The loved one.
岩波文庫から『愛されたもの』、光文社新訳から『ご遺体』とタイトル違いで日本語訳が出版されている。
小説を読んでみると、異なる解釈ができそうな単語の選び方をして筆者が文章を綴っているように思われたので、丹念に読む気力があるなら、原文で読むのが一番いいんでしょうね.....という気持ちになった。
こういうときに「英語ができるなら」と書かないことで自分をなんとか奮い立たせているのだ、と感じる。言語なんていつまで経っても満足に「できる」ようになりませんからね。