3・エラリー・クイーン『Xの悲劇』『Yの悲劇』(中村有希訳、創元推理文庫)『Zの悲劇』『ドルリー・レーン最後の事件』(越前敏弥訳、角川文庫)
5・織田作之助『放浪・雪の夜 織田作之助傑作集』(新潮文庫)
7・オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』『幸福な王子』『サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇』(新潮文庫)
10 ・阿部幸大『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』(光文社)
1・谷崎潤一郎(1886-1965)『細雪(ささめゆき)』(全三巻、新潮文庫)
大阪や神戸、阪急沿線の蘆屋(芦屋)を主な舞台として、大阪船場の旧家に生まれた四姉妹を中心に、無口なせいでなかなか決まらない三女・雪子の縁談と、対照的に奔放な四女・妙子の異性トラブルの顚末が、四季の繰り返しと戦争の予感が少しずつ迫る中で緩慢に綴られる。
船場言葉の会話文を中心に季節のうつろいで彩られる文章が流麗なのもそうだが、物語が抜群に面白い。雪子の縁談と妙子の恋愛以外にはプロットらしいプロットもないのだが、他の細々とした生活・人物描写が活き活きとしている。
今日から読むと『細雪』は恋愛小説であるだけでなく戦争を巡る小説であり、さらには間断なく襲い掛かる災害の小説であり、病気の小説でもあることが明らかである。
昭和13(1938)年7月の阪神大水害の描写は中巻の白眉であるが、その同じ年の9月、銀行員の義兄の東京転勤についていった長女・鶴子の借家を訪問したときにも姉妹は猛烈な台風に襲われる。この台風は関東・東北で200余の犠牲者を出したというが、特に名前も残されていない。昔の室戸台風や関東大震災、北丹後地震、濃尾地震の記憶も人々の心の中に影を落としている。
災害を合間を縫うように登場人物は頻繁に病気にもなる。結核、脚気、壊疽、黄疸、神経衰弱、皮膚病、赤痢など病気の描写が執拗に続く。上巻の冒頭にある雪子の縁談で、いい相手が決まりかけていたのに、身辺調査で相手の母親が精神病であることがわかり破談となってしまうように、社会における差別も描かれる。そしてこの美しい小説絵巻は、東京の嫁ぎ先に行く雪子の下痢が治らないまま、唐突に終わってしまう!
他にも戦前の家制度の厳しさや、夫の転勤で関西を離れざるを得ない長女の悲しみ、東京と関西文化との相違、京都御所花見・蛍狩りのような自然描写、阪急電車を中心とした関西の私鉄経済の発展、越境と戦争の中で生まれた亡命ロシア人やドイツ人家族との交流など、細部をみていけば、小説に関するほぼ全てがこの『細雪』のなかにある。しかしながら題名のような実際の雪が降る場面だけは欠如している。
2・幸田文(1904-1990)『父・こんなこと』(新潮文庫)
ヴィム・ヴェンダースの『PERFECT DAYS』で、役所広司が古本屋の100均コーナーから幸田文の『木』(新潮文庫)を選んだとき、古本屋の主人は「幸田文はもっと評価されていいわよね」と話す。この映画らしくない直截な価値評価だが、確かにこの言は正しい。
幸田文は父・幸田露伴の臨終を『中央公論』で書き記して文才が注目されるようになった。緊張感のある張り詰めた和文体から露伴と文の人柄が滲んでいる。
3・エラリー・クイーン『Xの悲劇』『Yの悲劇』(中村有希訳、創元推理文庫)『Zの悲劇』『ドルリー・レーン最後の事件』(越前敏弥訳、角川文庫)
国名シリーズで人気作家となったエラリー・クイーンが1930年代に別名義で発表した四部作で、耳が聞こえなくなり引退したシェイクスピア役者のドルリー・レーンが探偵役となる。
特に完成度が高いのは、海外ミステリーのオールタイムベストの常連である『Yの悲劇』だが、シェイクスピア悲劇のように、四部作を通読してはじめてシリーズ全体に隠された悲劇について真に理解できるようになる。
4・松本清張(1909-1992)『西海道談綺』(全四巻、文春文庫)
岡山県北の勝山藩士・恵之助は、妻と密通をした上司を斬り、妻を廃坑に突き落として出奔する。とある事件をきっかけに幕府の有力者の保護を得た恵之助は、鉱山開発の知見をかわれて幕府直轄地・日田に赴く。隠れた任務は銅の流出疑惑の究明である。
江戸時代の鉱山開発というマニアックなテーマを扱った、清張最長のフィクションであり、そのせいか現在は絶版となっているが、幕府の権力者、豪商や山師、山伏、犬神信仰の呪術者など多様な人物が変わるがわる登場して、伝奇小説として非常に面白い。
5・織田作之助(1913-1947)『放浪・雪の夜 織田作之助傑作集』(新潮文庫)
最近の新潮文庫は昭和以前の旧作についても新刊として出してくれることが多く、これも『夫婦善哉』しかなかった織田作之助の2冊目の新潮文庫になる。大坂を舞台にした多彩な作品でストーリーテラーとしての才能を味わえる。
三角関係の話だが、ここに猫が加わる。庄造は前妻にせがまれ飼い猫を譲るが、猫がいなくなって寂しくなり、こっそり前妻の家へ、前妻ではなく猫に会うために訪れる。猫の可愛さに翻弄される人間がおかしい。
7・オスカー・ワイルド(1854-1900)『ドリアン・グレイの肖像』『幸福な王子』『サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇』(新潮文庫)
世紀末芸術の旗手であるオスカー・ワイルドは、長篇『ドリアン・グレイの肖像』や戯曲『サロメ』のような芸術至上主義的な作品だけでなく、『ウィンダミア卿夫人の扇』『まじめが肝心』のようにユーモアに満ちた風俗劇、『幸福な王子』などの優しさの中に強烈な皮肉を隠した童話も創作してきた。通底するのは機知に満ちた言葉選びである。
8・濱口竜介(1978生)『他なる映画と 1・2』(インスクリプト)
『ハッピーアワー』や『ドライブ・マイ・カー』などの監督の濱口竜介の講演や寄稿をまとめたもので、一流の監督であるとともに一流の評論家であることを示している。
面白いことに、大学時代は映画館でよく寝ていたと打ち明けられている。高校までは意識的に映画を観ることはなく、東大入学時に総長であった蓮實重彦の名前も知らなかった。濱口の映画をいち早く評価することとなる蓮實であるが、総長時代の蓮實の祝辞は非常に晦渋かつ長大であり、濱口は途中で他の新入生と同じように居眠りしていたという。入学後も、映画研究会に入って映画館通いを続けたが、よく分からないまま途中で寝ることが多かったという。しかしながら、映画に対する分からなさを抱き続けたからこそ、映画を分からないものとして捉え続けることができたのだろう。
9・吉村昭(1927-2006)『熊嵐(くまあらし)』(新潮文庫)
新田次郎『八甲田山死の彷徨』、小林照幸『死の貝 日本住血吸虫病との戦い』と並ぶいわゆる「Wikipedia三大文学」として知られる。
北海道の天塩山脈山麓の開拓村がヒグマに襲われた「三家別羆(さんけべつひぐま)事件」をもとに、自然の脅威の前になす術もない人間と、ひとり沈着に立ち向かう猟師を対照的に描く。
悪評のあった猟師・銀四郎は噂とは予想外の落ち着いた人物で、警察にも対処できなかったヒグマを仕留める。しかしその後の宴会で銀四郎は村人たちに乱暴狼藉を働き、村人たちは手の平返しで憤慨する。しかし村の区長は熊と対峙する彼の隠された寂しさに気づいてしまう。悲惨な獣害でありながら、抑制された透明な筆致が印象に残る。
10 ・阿部幸大(1987生)『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』(光文社)
人文科学、特に質的な文化研究に絞っているが、研究・論文執筆を属人的・神秘的なものではなく、徹底的にテクニックにこだわり、個人的な問いがなくても、システマティックに論文・レポートを作成できるようにする標準化を徹底しているところに、類書とは異なる凄さがある。
後半で語られるように、人文科学は役に立つものでなければいけないという主張が基底にある。特にエビデンスも提示せず漠然と「無用の用」となっているはずである、あるいはそもそも役に立たなくてもいいという開き直りのような旧弊な態度を排除し、人文科学に懐疑の目が向けられるなか、いかに直接的な価値を社会に還元するかに迫っている。
他によかった本
安部公房『(霊媒の話より)題未定 安部公房初期短編集』(新潮文庫)
つげ義春『無能の人・日の戯れ』『義男の青春・別離』(新潮文庫)
松本清張『彩り河』『聖獣配列』(文春文庫)『告訴せず』『山峡の章』『殺人行おくのほそ道』『霧の会議』『紅刷り江戸噂』『彩色江戸切絵図』(光文社文庫)
秋草俊一郎・戸塚学『教科書の中の世界文学』(三省堂)
松浦寿輝・沼野充義・田中純『徹底討論 二○世紀の思想・文学・芸術』(講談社)
越前敏弥『名作ミステリで学ぶ英文読解』(ハヤカワ新書)
『『ドライブ・マイ・カー』論』(慶應義塾大学出版会)
『経営とは何か ハーバード・ビジネス・レビューの100年』(ダイヤモンド社)