ちょっとお邪魔します である。
先日修了式を終え、小1の娘が持って帰ってきた感想文集を読んでいると、ほぼすべての生徒の感想文に違和感があった。
それは ”手直し” と ”テンプレ” である。
ずーっとその子の文章を読んでいたはずなのに、突如あらわれる大人の筆致。
映画を観ているとき、たまに登場人物が画面のこちら側に話しかけてきて没入感を阻害されるケースがあるが、まさにそれだ。
まだ小1が書く感想文で、さらに保護者や他の子が目にするということを考慮すれば、先生が手直しした理由はおおかた予想できるが、せめてその子の字で書き直しさせてほしかった。
私の本音を言えば、主語が抜けてようが文法が間違ってようが、それはそれで小1 ”らしさ” じゃないのか、とも思う。
これでは後々見返した時に成長が実感できないんじゃないか、という懸念もある。それを先生の字で校正するから、
書いた子 with t (ティーチャー)
みたいな小室感が出てしまう。
しかも文集なので、ところどころでこの with t が顔を覗かせ、穴が10個あったら9個ぐらいに潜んでる感覚に陥り、もはやモグラを叩いているのか with t を叩いているのかわからなくなる。
先生いつもうちの子がお世話になっております。
さらにテンプレである。
これは感想文の締めで
「入学してくる新1年生には、〇〇してあげたいです」
というものだ。
途中までは確かにその子の本当の感想なのに、急に文字の温度が下がる。
これがもし1〜2人ならそんなことは感じないのだろうが、全員これだと話が変わってくる。これでは完全に
感想文集 with t (テンプレート)
なので、感想文という名の強制文じゃないのか、と違和感が拭えない。
たしかに ”こうであってほしい” という大人側の理想はわからなくもないが、導くというより強制に近い。さらに書かすことで、そうしないといけないという刷り込みのようなものを感じてしまう。
さらにさらにタチがわるいのが、これらのことを先生、もしくは学校側が善意でやってる可能性があるということだ。
なぜ型にハメようとするのか?
なぜそのままではいけないのか?
文章ぐらい自由に書いたっていいじゃないか!
それがその時その時の表現じゃないか!
「この頃はこんなこと書いてたんやな〜。若いな〜。青いな〜」を奪うな!
いい加減にしろ!
先生いつもうちの子がお世話になっております。
P.S.
これはけっして先生や学校側を叩く意図で書いたものではないが、私の文章の文字が急に こんな字 になっていたら、それはきっと with t の仕業である。感謝感謝。
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