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#17【Iターン】1←これがイチ!

 

田舎あるある でアルヨー。

 

2013〜2018年の5年間、私と妻が島根県浜田市弥栄町で農業研修を経て兼業農家をしていたときの話です。

大阪から引っ越した当初、弥栄の人口は1400人弱で田園風景がとても美しい小さな町でした。標高377mの中山間地域ということもあり冬には膝上まで雪が積もることもあったりなかったり。毎朝、屋根の雪ずりした雪が人の背ほど玄関前に溜まり、ドアを押さえて開きません。「開けゴマ!」と言う妻を無視し私は勝手口から出てスコップを持ち玄関前の除雪をすることから1日が始まります。さらに駐車してある軽トラから県道までの約30mの道をスコップで除雪します。県道まで出れば除雪車が通るので軽トラを県道まで出すための除雪です。それだけで約1時間かかり氷点下の真冬でも汗だくになり寝起きからシビレます。これなら都会でジョギングしてるほうが、いくぶんマシです。

県道のブラックアイスバーンは四駆だろうがスタッドレスを履いてようが時速30〜40km程度で滑ります。勾配のない直線道路でもです。後部が軽い軽トラは、とたんに後輪が遊びだし気づけば進行方向と逆を向いているのです。流れるプールで反対に進んでる俺カッコイイの小学生が爆誕。他との接触がなかったことが不幸中の幸いで、何度か田んぼに落ちそうになりながら雪道を慣れていきました。夏は涼しいと聞いてましたが、それは昔の話。36℃で涼しいはさすがにない。

前置きが長くなりましたので本題に入ります。

私が5年間で経験した程度の “田舎あるある“ なので非常に浅いです。赤ちゃんが入るプールぐらいの浅さです。流れてもなければ、ちょっとイキりたい小学生もいません。いるのは5年程度の田舎暮らしで田舎あるあるなどという記事を書こうとしているイキった私だけです。

 

其の壱【よそ者めっちゃ見るやん】

田舎あるあるの代名詞です。穴のあくほど見る。人口の少ない田舎では、その人の住所や家族構成、祖先、財布の中身までありとあらゆる個人情報が共有されています。そんなところによそ者が紛れ込むと、SNSよりはるかに速い “口コミ“ で瞬く間に拡散されます。会ったこともない人がなぜかこちらのことを名前で呼ぶ、という都会ではあり得ない現象がおこります。都会の駅ホームで「佐藤さん!」と呼べば何人かは振り向くとおもいますが、そんな “下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる“ ではなく全員がデューク東郷。佐藤さんを鈴木さんと呼ぶことはありません。佐藤さんは、まごうことなき佐藤さんです。なんなら弥栄に入ってくる前から佐藤さんと知られているぐらいの感覚なので、町内にノストラダムスが住んでいた可能性もゼロではないと思っています。

 

其の弐【酒豪の巣窟】

大阪時代、仕事終わりに同僚と居酒屋に行って酒が強いだの弱いだのとゴチャゴチャ言っていたことをつくづく恥じます。当時、自分では中ジョッキ10杯以上飲めるし「お酒強いですか?」の問いには「たぶん強いほうだと思いますよ」と返答していましたが、完全に井の中の蛙でございました。いや、オタマジャクシが大海で溺れております。母乳の代わりに白鶴で育ったような人たちとは、そもそも住む世界が違うのです。「白鶴」が「お冷」ぐらいにしか見えていないセルにヤムチャが勝つことなどあり得ないのです。ちなみに駅ホームで「ヤムチャ!」と呼んだら全員振り向きます。日本にはヤムチャがいっぱいいます。佐藤ヤムチャと鈴木ヤムチャと高橋ヤムチャと田中ヤム・・・・・・・。

そして私は現在、日常の酒を断ちました。

 

其の参【カーブミラー】

現在は知りませんが、当時は弥栄に信号機などなく、カーブミラーは集落ごとに集落の人間が日曜の朝6時に集まり脚立を軽トラに積んで磨いて回っていました。年に2回程ですが。

 

其の肆【田舎時間】

ことあるごとに集会があります。夜7時開始の集会に10分前に着くともう終わっていました。

一度間違えて1時間早く着いてしまったことがあったのですが、すでに数名いらっしゃったときに田舎時間を学びました。早くね?

 

其の伍【防災無線

役場から一家に1台支給される防災無線。町内の方に不幸があると「〇〇集落の〇〇さん(満〇〇歳)が〇〇月〇〇日に亡くなられました。通夜は・・・・・・」と全戸に放送が流れます。

この放送を5年間で100回以上聞きました。その中には104歳の方もおられました。

 

其の陸【農地を荒らすな】

農地が荒れていると “怠け者“ の烙印を押されます。草はちゃんと刈りましょう。

私達は固定種や在来種を使用し、自然農法で野菜作りをしていたので結構言われました。これは自分達がやりたい農法が周りのやり方と合致するかは重要だと考えさせられました。よそ者の戯言です。

 

其の柒【それでもあたたかい人たち】

なんだかんだ色々と田舎ルールはあるのですが、それでもやっぱりあたたかい人が多かったと思います。都会ではなかなか味わえない昭和の人情を感じれる場所でした。

 

私は小さいころから花粉症が酷く、弥栄の膨大なスギとヒノキの花粉に負けました。じゃあなんで山に行く?その通り。除雪も若いときはできるけど歳いったらキツイなと。しかし人口のほとんどが後期高齢者なのもまた事実。山がダメなら海しかない。「そうだ京都、行こう」ぐらいの感じで岡山にたどり着きました。

 

そして現在に至るのであります。

やっぱり浅いです。ブランキーでございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.S.

岡山名産の桃ですが、私は桃を食べると唇が腫れて痒くなるので食べれません。桃から生まれなくてよかったです。

 

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