
120年前のガイドブックを読んでいて、気になる観光スポットを見つけた。
「伊豆山」という、熱海のすぐ近くにある街だ。
そのガイドブックで、伊豆山は熱海と同じぐらいのページ数が割かれていた。
当時の伊豆山は、熱海と互角の存在だったのだ。
しかし、現代で伊豆山の名前を聞くことは少ない。熱海の圧勝だ。
かつての伊豆山は、なぜ栄えていたのだろう。
実際に行って見えてきたのは、1300年前の仙人に清少納言に源頼朝と、歴史の強さだった。
118年前に書かれた観光の本
ネットの海をさまよっていると、伊豆について書かれた「明治時代のガイドブック」を見つけた。

これを持って、今まで伊東と熱海を訪れた。
やってみてわかったことがある。
これ、なかなか楽しいぞ。
「お尻をつねる奇妙なお祭り」や「映えスポットに生まれ変わった神社」など、世界の裏側をのぞいているような観光ができるのだ。
三度目となる今回は「伊豆山」に行ってみることにした。
ちなみに、伊豆山の場所はこちら。

伊豆山の位置を見ていて、気になることがあった。
熱海と近すぎる。
熱海といえば、温泉地のラスボスと言っていいぐらいの大物だ。
ところが、調べてみると、500年前は熱海よりも伊豆山のほうが栄えていたとか。
なぜ、当時の伊豆山は熱海に負けずに栄えることができたのだろう。
1300年前からある温泉に行こう!
さっそく伊豆山に向かおう。
最初に行くのは温泉だ。

ところで仁明帝ってどなた? 調べると、平安時代の天皇だった。
平安時代にすでに名前がついていたのか。
熱海駅を降り、北に向かって国道の路肩を歩いていく。
20分ほど歩くと、伊豆山のメインストリートへの入り口が見えてきた。


車の音が一気に遠ざかった。
つま先を立てるように踏み出して急な道をくだっていく。
くだること5分間。視界が青くなった。

角を曲がり、左を向くと、久しぶりに平らな道路が広がっていた。
本にのっていた温泉「走湯」は今も残っているだろうか。
最初に目に入った光景に、「よしっ」と小さく声がでた。

平安時代から続く「走り湯」の名は、変わらず存在していたのだ。
では、どんな温泉が待っているのだろう。
急ぎ足で矢印のほうへ進んでいく。階段があったので足をかけた。


細い道を進んでいくと、「ぐごおおおぉぉ」という低温が大きくなってきた。洗濯機の脱水かな。
どうやら、その音の発生源が「走り湯」らしい。
奥に行くと湯気が見えた。それと「トンネル」も。

走り湯を見るためにはここに入らないといけない、と。
ちょっと足がすくんだ。これ、大丈夫だよね?
以前、このガイドブックに従って「汐吹岩」を見に行ったら足の震えが止まらなくなったのを思い出した。
深く息を吸ってから入口に一歩踏み込んだ。
ぬらっと生ぬるい風に包まれた。

くもって使い物にならなくなったメガネをとる。
足を一歩踏み出すことに気温が上がっていく。上着がだんだん邪魔に思えてくる。
10mほどで行き止まりになった。
突き当たりにあったのは、賽銭箱のような武骨な石箱だった。
どれどれと奥をのぞきこむと、見たい姿がそこにあった。

来た道を戻り、外にでて深呼吸をする。
吹いてきた風が、サウナを出たあとの外気浴と同じ心地よさだった。
自然と笑顔になっていた。
走り湯、冒険感があって好きかも。
ところが、しばらくすると疑問が出てきた。
なぜ、トンネルの奥に源泉があったんだろう。
「人工的」なトンネルと「自然」に湧く源泉のイメージが脳内でケンカしている。
こういうときは、説明書きを読むのが近道だ。

説明書きによると、この源泉は復元されたものだという。
当時の伊豆山の温泉は「横穴式源泉」という珍しいもので、山腹から湧き出て海に向かって流れ落ちていたらしい。
つまり、このトンネルは「洞窟から湧き出る温泉」を再現したものだと。
海に向かって温泉が流れていたなら、かなり目立っていたに違いない。
伊豆山に1300年の歴史があるのは、「変わり者の源泉」のおかげだったのだ。

ちなみに、1300年前って何があったのかと調べると「イスラム教の誕生」がそれぐらいだとか。
古さで三大宗教と肩を並べる姿を想像すると、とたんに伊豆山が頼もしく見えてきた。
もしかして伊豆山って、とんでもない大物だった?
伊豆山のメインストリートへ行こう
さて、温泉といえば「温泉街」だ。
『伊豆新誌』には、伊豆山の街の風景がこう書かれている。

「絶壁」と「お宿」があったと。
しかも、お宿は何軒もあって栄えていたようだ。
今はどうなっているのだろう。
走り湯の温泉から最初の場所に戻り、改めてまわりを見渡してみる。
そこに広がっていたのは――

期待どおりの景色そのものだった。
さらに先を見ると、本の描写と同じようにお宿が並んでいるではないか。


伊豆山の景色は当時の面影がしっかり残っていたのだ。
しかし、同じ景色だったのにどこか素直に喜べない自分がいた。
実は、歩いていて違和感があった。
街の活気がなさすぎる。
訪れた今日はお正月。つまり、お宿は書き入れ時のはずだ。
それなのに、すれちがう人がいない。
お客さんいるのかなと近くの「中田屋」をのぞきこむと、ガラスはくすみカーテンは閉まっていた。


建物のお向かいには有料道路があり、車は伊豆山に目もくれずに通りすぎていく。
では、なぜ活気は消えてしまったのだろう。
これについては、歩いただけですぐにわかった。
伊豆山は、交通に恵まれていない。

ガイドブックの作られた明治時代に伊豆山と熱海に行くには、険しい山を通る陸路か海路を行くしかなく、時間がかかった。
しかし、1925年に鉄道が開通し「熱海駅」が誕生した。
鉄道駅のない伊豆山は、必然的に熱海のかげに隠れることとなってしまったのだ。
110メートルの階段を登れ!
実は、伊豆山には温泉と肩を並べるスポットがある。
それが「伊豆山神社」だ。

1町もの階段が続いているらしい。
ところで、1町ってどれぐらい?
神社へ足を進めながら調べてみる。
日本の一般的なタワーマンション(30階〜40階建て)の屋上に立っている状態が、およそ「高さ1町」に相当します。
一気に足が重くなった。
大丈夫かな。
実は以前、山形県の山寺で同じように階段を登ったことがある。
そのときは、足が吊りかけて手すりにすがって歩くことになったんだっけ。
そんなことを考えながら道を進んでいくと、正面の視界が開けた。

アキレス腱をしっかり伸ばした。
階段の上をぎらりと見上げ、足をかけた。
気分は限界に挑む修験者だ。

登っていて予想外のことがあった。
戦いに臨むような緊張感で登り始めたのに、なぜか気がゆるんでいく。
というのも、この階段、よく整備されていて意外と緩やかで歩きやすい。
さらに、階段の両脇に広がっている景色が、「厳か」ではなくあまりに「日常」なのだ。



この味わい深さ、通じているだろうか。
登り続けること10分。ようやく鳥居が現れた。
あと少しだ。


最後の一段に足をかける。
意外と疲れはなかった。
さて、「拍手の音は絶ゆる事がない」と書かれた神社は、今どうなっているのだろう。

伊豆山神社は、今の時代になっても人の話し声と鐘の音と柏手(かしわで)の音で満たされていた。
本殿を歩いていると、先ほどの階段で見た「休憩台」のお仲間を見つけた。

でも、ただの休憩台ではなさそう。
横の説明書きに正体が書いてあった。

そういうことか。
伊豆山がかつて発展していた理由が、ようやく自分の中で腹に落ちた。
伊豆山はただの温泉地ではなかった。鎌倉時代には幕府の信仰の中心地としても栄えていたのだ。
国のトップが推していたのならば、熱海より栄えていたことにも納得だ。

ここからは蛇足だが、熱海の活気が伊豆山を抜かしたのは、江戸時代のことだ。
その理由は「徳川家康が推したから」。
ぐぬぬ、国のトップが推していたのならば、伊豆山が負けるのも納得だ……。
あの清少納言が推していたスポットへ
最後に紹介するスポットは、「こゝひの森」だ。ガイドブックによると、伊豆山神社のさらに奥にあるという。

しかも、あの「春はあけぼの」でおなじみ、枕草子にも書かれていた場所だとか!
いったいどのような「いとをかし」な森なのだろう。
さて、入口はどこだろうと伊豆山神社を奥に進むと、看板が目に入った。

奥の鳥居をくぐって進んでいくと、既視感のある光景が。

先ほどとは違い、こちらは山道だ。
チーチーと小鳥の声が聞こえる。
ずんずんと足を踏むたび、人が多い日常の世界から遠ざかっていく。
少しずつ、清少納言の好きな「おもむき」のある光景に近づいてきている感じがする。
進むこと20分、ようやく公園に到着した。

では、どんな光景が広がっているかというと――

自然に溶け込もうとした結果めちゃくちゃ目立っている人工物があった。
ちなみにこれ、公衆トイレです。
中学生のころ、音楽祭の曲を決めるときに目立たないように多数側に手を挙げたら「女子人気はあるけど男子人気はない曲」だったらしく、あとで友達に指摘されたときの恥ずかしさを思い出してしまった。
忘れようとしていたのに。

これを見たら、清少納言は「いとわろし」と言うだろう。
小恋の森には、存在感のある公衆トイレがたたずむスポットに変わっていた。
ガイドブック旅は、たまにこういうこともある。
だが、こうやって突っ込みを入れるのもそれはそれで楽しい。
終わりに
伊豆山は、熱海以上に歴史の重みを感じられるいい場所だった。
まさか、清少納言や源頼朝といった教科書で見る人が出てくるとは。
ただ、それだけにこの場所がさびれたままなのはもったいない。
熱海観光に行く人は、ぜひ伊豆山にも足を運んでみてほしい。オススメです。

(『「死者に会える森」を通って「東海一」の絶景を見に行こう ~120年前のガイドブックで伊豆山観光~』に続く)