
この記事でわかること
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技術への執着を手放し、事業を牽引するリーダーへと視座を引き上げる方法
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ルールではなく「余白」で動く。自律的なチームを創るための組織設計
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AIに実装を任せ、人間が「エンジニアリング」に集中するための開発フロー
AIエージェントの普及により実装の効率化が飛躍的に進む今、エンジニアには単なる「実装力」以上の価値が問われていますが、それは決して実装を軽視することではありません。エンジニアが真の創造性に回帰するための武器としてAIを活用した上で、解くべき課題を設定し、事業をエンジニアリングする力が必要とされています。
目先の成果を追うあまり、将来の選択肢を狭めてはいないでしょうか。意思決定の前提そのものを、自ら設計できているでしょうか。実装にとどまるのではなく、事業の構造を設計する側へ。その実践を体現しているのが、PRONI株式会社 エンジニアリングマネージャーの岸本悠生氏です。
技術と事業を接続し、判断基準を設計し、自律的に動く組織をつくり上げる。本記事では、岸本氏へのインタビューを通じて、事業にコミットするエンジニアリングの現在地を紐解きます。
岸本 悠生
PRONI株式会社 プロダクト開発部エンジニアリングマネージャー プロサッカー選手として海外で活動後、プログラミングを独学で習得。ベンチャー企業でマーケティングオートメーションツールのフルスタック開発に従事し、2024年にPRONIへ入社。プレイヤーとして参画後、チームリーダーを経てエンジニアリングマネージャー(EM)に就任。現在はPRONIアイミツの開発を牽引しながら、AI生産性革命による組織進化を推進している。
PRONI株式会社
「受発注を変革するインフラを創る」をビジョンに掲げ、国内最大級のB2B受発注プラットフォーム「PRONIアイミツ」を運営。SaaS、IT制作、広告販促、人事総務など、68万件以上のマッチング実績を保有し、相場や依頼内容に応じて業界に精通したコンシェルジュが比較・検討をサポート。情報収集から比較検討、発注までのプロセスを効率化し、企業の成長と業務最適化・DX等を支援する。日本の受発注における不透明さや非効率を解消し、インフラとしての地位確立を目指している。

PRONI株式会社「2025年12月期通期決算説明資料」より転載
目次
独学からリーダーへ。「個の限界」から始まった視座の転換
岸本さんは異色の経歴を持ち、独学でエンジニアになられたと伺っています。まずはその歩みと、PRONIでの現在の役割について教えていただけますか。
海外でプロサッカー選手として活動していた時期にプログラミングに出会い、独学でスキルを習得しました。2024年にPRONIへ入社し、現在はEM(エンジニアリングマネージャー)として「PRONIアイミツ」の開発・保守・運用を統括しています。
プロのアスリートから未経験のエンジニアへ。全く異なる領域への挑戦だったと思いますが、その過程で「技術に対する向き合い方」に変化はありましたか?
技術に対する向き合い方自体は大きく変わっていません。一貫して、技術はあくまで課題解決の手段であって、目的ではないと考えていました。
エンジニアになった当初も、コードを書くことそのものに価値を感じていたというより、「その先にある課題が解決されるかどうか」に関心がありました。
ただ、実務を重ねる中で見えてきたのは、プログラミングの能力だけでは解決できない課題があるという事実です。プロダクトの価値を最大化するには、解くべき課題の設定、組織のマネジメントまで含めて設計する必要がある。
そして最終的に向き合うべきは、プロダクトの完成度ではなく、それが事業にどれだけのインパクトをもたらすかでした。
だからこそ、プロダクトマネジメント(PdM)の視点やチーム全体の出力を高めるリーダーの役割に自然と関心が向いていきました。アウトプットではなく、事業成果に責任をもってコミットしたいと思うようになったんです。
技術習得だけに埋没せず、「事業貢献」に目を向けたのは素晴らしいですね。多くのエンジニアが「技術力」をアイデンティティにしがちですが、岸本さんはなぜそこを飛び越えられたのでしょうか。
日々の開発の中で、「この仕事は本当に事業を前に進めているのか」と問い続けていました。技術を磨くこと自体はとても重要です。ただ、それがユーザー価値や売上、プロダクトの成長につながっていなければ、十分とは言えないとも感じていました。
そう考えるようになると、技術力をどう使うかがより重要に思えてきました。どんな課題を解くべきか、ボトルネックはどこにあるのか、そして組織としてどう成果を最大化するのか。実装の精度だけでなく、課題設定や意思決定の質こそが、事業への影響を決めると感じたんです。
その延長線上で、プロダクトマネジメント(PdM)の視点や、チーム全体の出力を高めるリーダーの役割に自然と関心が向いていきました。個人の成果ではなく、事業成果に責任を持つ立場でありたいと思うようになったんです。
「事業に貢献したい」という思いから、自然とマネジメントや組織設計というスキルセットが必要になったわけですね。視座が上がったことで、アウトプットの捉え方も変わりましたか?
アウトプットの捉え方が変わったというより、成果の定義が変わった、という感覚ですね。実装は依然として重要ですが、それ自体を成果とは見なくなりました。今は、そのアウトプットがどんなアウトカムを生み、事業にどう寄与しているかまでを含めて成果だと捉えています。
プレイヤー時代と現在で、一番大きな違いはどこにありますか?
一番大きいのは、意思決定の前提を自分で設計するようになったことです。プレイヤー時代は与えられた前提の中で最適解を出していましたが、今はその前提自体をどう置くかを考えています。
ビジネスと技術を「数字」で繋ぐ。対等な意思決定のための共通言語
エンジニアリングとビジネスサイドの連携において、コミュニケーションの壁を感じる方が多いようです。PRONIではどのように「共通言語」を確立しているのでしょうか。
「数字を読んで、数字で話す」ことを徹底しています。売上やコスト、KPIといった事業指標を理解せずに議論しても、意思決定には影響を与えられません。まずは同じ指標を見ている状態をつくることが前提です。
技術用語をそのまま使うのではなく、ビジネスの言葉に翻訳するということですね。非常に重要ですが、具体的にはどのような伝え方をされているのですか?
技術的な正しさをそのまま説明することはしません。例えば「アーキテクチャを改善したい」「負債を解消したい」とは言わず、それが事業にどう影響するのかに置き換えて話します。前提として、ビジネスサイドも私たちエンジニアも目的は全社レベルでは同じです。違いがあるとすれば、見ている時間軸だけだと思っています。
例えば、短期的な依頼が来たとしても、それをすべて処理することが最適とは限りません。重要なのは、限られたリソースの中で、どの課題を解くことに集中するのが最も期待値が高いかを選ぶことです。
その判断を属人的にしないために、時間軸を含めた数字で整理します。いま対応することで事業の選択肢は広がるのか、それとも将来の課題解決を制限するのか。数字は事業として合理的な判断のための材料です。
将来の「時間」や「リスク」を数字にする。それは経営層にとっても判断しやすい材料になりますね。具体的にどのようなシーンで活用されるのでしょうか。
特定のアーキテクチャへの投資が必要な場合、「もし今この仮説に投資すれば、半年後の開発コストがこれだけ削減され、保守に伴う不具合発生率が何%下がる」といった形で、現在とは違う時間軸の数字を見せるようにしています。
これにより、感情論や「やりたい・やりたくない」といった主観を排除し、冷静にリソースの配分を決定できるようになります。
エンジニア側から「技術的に正しいからやるべきだ」と主張するのではなく、「将来の利益のためにやるべきだ」とビジネスのロジックで語るわけですね。
現在私が共に働くチームでは 「全員PdM(プロダクトマネージャー)」 という意識が浸透しています。これはエンジニアにPdMの調整業務まで負担させるという意味ではなく、全員がエンジニアリングの専門性を発揮しながら「事業成長にコミットする視座を持つ」という意味です。
目指すべき北極星が同じだからこそ、アプローチが違っても最終的には「価値最大化」のために協力し合えるんです。
全員がプロダクトの当事者として数字に向き合う。それはエンジニアにとっても、自分のコードが事業をどう動かしているかを実感するきっかけになりますね。
その通りです。プロとして求められるのは、技術を使ってどれだけの事業インパクトを出せるか。そのために、ビジネスサイドの領域にも自ら越境し、共通言語で議論する姿勢を持つことが、自身の視座を上げることに直結するはずです。
「ラウンドアバウト」が象徴する自律。制約を減らし判断の余白を創る
組織運営において、岸本さんが実践されているマネジメントの進め方について詳しく伺えますか。
私が意識しているのは、「制約を減らし、主体的に判断できる余白をつくる」ことです。ルールを増やせば統制は取りやすくなりますが、その分、現場の判断は止まります。
「ラウンドアバウト」という信号機がない環状交差点の例えをよく使いますが、重要なのは、ただルールがない「放置」状態にすることではありません。メンバー全員がプロ集団としての高い基準を持ち、解くべき課題と進む方向の共通認識が取れているからこそ成り立つ、自律とスピードを両立するための仕組みです。

信号待ちという「停滞」を生まない仕組みですね。しかし、ルールが少ないことは、逆に現場の迷いを生むリスクはないのでしょうか。
だからこそ、「進むべき方向性や目的」といった本質的な対話を、信号の代わりに徹底して行います。細かな手順を縛るのではなく、期待値を揃える。一人ひとりが自分自身の判断で動ける「余白」を設計すること。それがEMとしての私の重要な仕事だと考えています。
管理するのではなく「余白」を設計する。素晴らしい考え方ですが、実現にはメンバーへの高い信頼が必要です。
もちろん、自律的な行動を促進する過程で情報格差や認知負荷が生まれます。だからこそ、解くべき課題の設定や期待値、前提条件を言語化し、都度すり合わせる必要があります。
最近では、ある人にとってタスクレベルでは担当外の課題に対しても「この施策は全体最適と言えるか」という問いのもと自然に活発な議論が起きるようになってきました。 それはルールで動いているのではなく、目的で動いている状態だと感じています。
自分の領域を越えて「チームの課題」に視座が上がっている。まさにラウンドアバウトが機能し始めている証拠ですね。
ルールで統制するのではなく、解くべき課題を共有する。その結果として生まれる自律の総量が、組織の自律性と実行力を決めると思っています。
AIレビューを定量化。人間が担うべき「エンジニアリング」の本質
PRONIさんの開発現場では、今まさに「AI生産性革命」が起きているとお聞きしました。具体的にはどのようなフローになっているのでしょうか。
私たちはAIを単なる生産性向上ツールとしては捉えていません。AIによって実装のコストは限りなく下がりました。設計や実装、テストコードの生成までを一気通貫で任せられるようになっています。
ただ、それ自体が競争優位になるわけではありません。実装のコストが下がると、次にボトルネックになるのは「どんな課題を解くのか」と「それが事業に貢献しているかをどう評価するのか」です。価値の源泉は、実装そのものから、事業にコミットした課題設定とエンジニアリングの質へと移っている感覚があります。
実装はAIが担い、人間は「問い」と「ドキュメント」に集中する。この役割分担によって、どんな変化がありましたか?
現在はドキュメント駆動で開発を進めることが増えています。まず人間が事業課題を構造化し、仕様として明文化する。その上で、実装をAIに委ねる形です。重要なのは、AIに何を書かせるかではなく、そもそも何を解くのかをどう定義するかです。
つまり、問いの解像度が、そのままアウトカムの質に跳ね返ります。実装のコストが下がった分、課題設定や評価の設計こそが、より重要になっていると感じています。
AIがレビュー結果をスコアリングするとのことですが、その基準はどのように設計されているのでしょうか?
AIレビューの定量化も、その思想の延長です。定量的な基準で運用しているのは、単にレビュー工数を減らすためではありません。
目的は、どこまでをAIに任せ、どこからを人間が責任を持つのかという判断の線引きを明確にすることです。実装の正確性や規約準拠など、再現性の高い領域の一次チェックはAIが担う。一方で人間は、「この施策は事業として合理的か」といったトレードオフを伴う判断や、より難易度の高いアーキテクチャ設計に集中します。
とはいえ、人間が細部をチェックしなくて大丈夫なのか、品質管理の面で不安になることはありませんか?
決して品質管理を放棄しているわけではありません。むしろ、チェックの量ではなく質を変えることが重要だと考えています。これまで人間が時間を割いていた構文や規約レベルの確認をAIに任せる分、人間は「ビジネスロジックとしての妥当性」の最終承認に注力できる。
責任の所在を、実装の細部から、意思決定の妥当性やビジネス価値の創出へとシフトさせている、という感覚です。
なるほど。人間が負うべき「責任の所在」を明確に定義し直したのですね。
AIがコードを書ける時代だからこそ、エンジニアリングの本質はより明確になります。それは、コードを書くことではなく、事業課題を構造化し、持続的に解き続けられる仕組みを設計することです。
エンジニアの役割は、与えられた仕様を実装することではなく、事業の期待値を設計することにあると考えています。
技術が進化すればするほど、エンジニアとしての「地力」が試される。まさに「AIと共走する」時代のリアルですね。
AIによって実装の生産性は大きく向上しました。ただ、本質はそこではありません。実装のコストが下がるほど、どの課題を解くか、どの時間軸で意思決定するかといった判断の重みはむしろ増していきます。
浮いたリソースを何に再投資するのか。その選択こそが、事業の方向性を決めます。AIは生産性を高める存在であると同時に、私たちの判断構造をより直接的に事業成果へ結びつける存在だと感じています。
これからマネージャーを志すエンジニアに一言お願いします。
マネジメントは人を管理することではなく、より抽象度の高い問題を解くことだと思っています。実装のみではなく、前提や構造を設計する側に立つこと。
一つの判断でチームの動きや、事業の速度が変わる。そのレバレッジの大きさは、とても刺激的です。引き受ける責任の範囲が広がることで、自分が解決すべき課題の抽象度も上がっていく。その自己の拡張が、面白さだと思っています。
ライター