
この記事でわかること
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SIer時代の「体系的なマネジメント経験」が、モダンなWeb開発現場でなぜ強力な武器になるのか
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「強みは相対的なもの」と捉え、自身の役割を限定せずに隣接領域へ広げていくキャリア構築術
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技術的負債を単なる「コードの修正」ではなく、将来の生産性を守る「戦略的投資」として経営層と合意形成する方法
スモールビジネス向けのホームページ作成サービスを中心に、個人事業主や中小企業のビジネスを支える多角的な機能を展開する株式会社ペライチ。そのテクノロジー部門の舵取りを担うのが、VPoEの佐藤貴紀氏です。
佐藤氏のキャリアの出発点は、公共分野のインフラエンジニア。物理サーバーのメンテナンスや基板開発に従事していた技術者が、いかにしてモダンなWeb業界へ飛び込み、入社から約4年でマネジメント層へと到達したのでしょうか。
そこには、自身のスキルを「相対化」して捉え、環境の要請に応じて役割を柔軟に拡張し続ける、極めて論理的な「生存戦略」がありました。PL/PM層が直面する「技術かマネジメントか」という壁を突破するためのヒントを、詳しく伺います。

佐藤 貴紀
株式会社ペライチ VPoE
新卒でSIerに入社。インフラエンジニアとして約6年従事する中で、インフラ開発・運用・保守・プロジェクトマネジメントを経験。その後2017年6月にペライチに入社。インフラエンジニア、バックエンドエンジニア、スクラムマスター、エンジニアリングマネージャー、開発部長を経て、現在はVPoEとしてアプリ、インフラ含めたペライチ全体のリアーキテクチャの推進をしている。
株式会社ペライチ
「テクノロジーを、すべての人へ。」をビジョンに掲げ、誰でも簡単に本格的なホームページが作成できる「ペライチ」を提供。予約・決済・メルマガなど、ビジネスに必要な機能をオールインワンで提供し、中小企業や個人事業主のDXを支援している。
目次
SIerで培った「体系的なマネジメント手法」が最大の武器になった
佐藤さんは新卒でSIerに入社され、公共分野のインフラエンジニアとしてキャリアをスタートされています。物理サーバーの保守や基板開発といった現場での経験は、現在のWeb開発の仕事にどう活かされているのでしょうか。
技術的な土台として、インフラやIT技術全般を支える基礎的な考え方は、クラウド全盛の今でも変わらない部分が多いと感じています。エンジニアとしての技術的な素地が今の武器になっているのはもちろんですが、それ以上に大きな収穫だったのは、SIerで経験した「体系的なマネジメント手法」の習得ですね。
技術そのものに加えて、マネジメントの「型」が活きているということですか。
はい、私がいたSIerは大企業で、プロジェクトマネジメントの進め方が非常に体系的に整っていました。一方で、私が入社した当時のペライチは、まだプロジェクトを推進するためのプロセスが十分に整備されていない状態だったんです。そこで、私が過去に培ってきた「マネジメントの型」を現場に合わせて取り入れたことで、組織の改善に大きく貢献できました。
Web業界、特にスタートアップに近い環境だと「スピード重視でプロセスは後回し」になりがちですが、あえて「型」を持ち込んだわけですね。
もちろん、SIer時代の重厚なプロセスをそのまま持ち込んでも、スピード感を削いでしまいます。大事なのは、その時々の組織のサイズや開発の難易度に合わせて「最適なプロセスの量」を見極め、段階的に導入していくことです。このバランス感覚は、体系的な教育を受けたSIer時代があったからこそ養われたものだと思っています。
佐藤さんのこれまでのキャリアを拝見すると、「完遂力(やり遂げる力)」という言葉が非常に重要なキーワードに感じられます。この泥臭くも力強いスタンスは、やはり当時のプロマネ経験がベースになっているのでしょうか。
間違いありません。どんなにモダンな環境でも、決めたことを最後までやり切る力はエンジニアの核になります。泥臭い調整も含め、プロジェクトを完遂させるというスタンスは、どのフェーズでも共通して求められる価値ですね。インフラの仕事は「あって当たり前」の世界ですが、その安定性を支えるための教科書的なセオリーや責任感は、今でも私の根底にあります。
「実力の事前検証」を重ねてWeb業界へ転身

SIerからペライチへ転職される際、いきなり入社するのではなく、7〜8カ月ほどは副業のような形で週末だけプロジェクトを手伝う期間を設けられたそうですね。
そうですね。当時はSIerでの経験しかなかったため、自分のスキルがWeb業界でどの程度通用するのか、客観的な手応えを求めていました。そこで、勉強会を通じて知り合った創業者の方との繋がりをきっかけに、週末だけ実務に携わることで「実力の事前検証」を行ったのです。
半年以上の期間をかけて、実際に「通用する」と確信できたポイントはどこだったのでしょうか。
技術的な詳細や細かい仕様に引っ張られることなく、共通したインフラのセオリーを展開できると確認できたことですね。この「退路を確保した上での挑戦」があったからこそ、迷いなくペライチへの正式入社を決めることができました。
無謀な博打ではなく、しっかりとした根拠を持ってキャリアを変えられた。入社後は、当初からマネジメントを目指していたのですか。
実は、転職当初は「もっとコードを書きたい」という欲求が強く、マネジメントをメインにするつもりはあまりなかったんです。しかし、いざ現場に入ってみると、プロセスの不備によってプロジェクトが進みにくい状況がありました。そこで「今の環境で自分がバリューを最大化できる役割は何か」を考えた結果、必然的にマネジメント領域へと足を踏み出していました。
ご自身がスキルを磨きたいという欲求よりも、まずは目の前の組織が抱える課題を解決することを優先されたのですね。非常にストイックな決断ですが、それが結果的に今のキャリアに繋がっているのが面白いです。
「強みは相対的なものである」というのが私の持論です。前職では当たり前だと思っていたマネジメント能力が、環境を変えた途端に稀少な強みとして機能した。自分のこだわりで役割を限定せず、環境の要請に対して柔軟に応えていくことの重要性を、身をもって知りました。
「らせん階段状」に領域を広げ、市場価値を最大化する
入社から約4年という短期間でペライチのマネジメント層になられています。 現在PLやPMを務めるエンジニアの中には、「マネジメント領域へシフトすると、技術の専門性が失われてしまうのではないか」という不安を抱く人も多いですが、佐藤さんはどう乗り越えられましたか。
私は、技術かマネジメントかという二者択一で考えるのではなく、「隣接する領域に少しずつ染み出していく」ことを意識してきました。 インフラから始めてマネジメント(スクラムマスター)を経験し、そこからバックエンド開発へ広げ、再びマネジメントに軸足を置く……といった具合に、らせん階段を登るように領域を広げてきた感覚です。
らせん階段、非常に分かりやすい例えですね。 どちらか一方に固定するのではなく、軸足を交互に入れ替えていくイメージでしょうか。
そうですね。マネジメントと個人貢献の比率は環境の要請に応じて変動するため、無理にどちらか一方へ固定する必要はないと考えています。
今いる場所から一歩ずつ「ずらす」ことで、過去の技術を土台にしながら新しい役割を積み上げていく。 こうした強みの「掛け算」を繰り返すことが、結果として市場価値の最大化に繋がると考えています。
【佐藤氏のキャリア変遷】
- インフラエンジニア(SIer時代〜ペライチ入社直後:技術の土台)
- スクラムマスター(マネジメント領域へ越境:プロセス整備)
- バックエンドエンジニア(再び技術領域へ:Web開発の習得)
- EM・開発部長(再びマネジメントへ:組織全体の統括)
- VPoE / VPoT(経営層へ:技術で事業全体を牽引)
役職そのものに固執するのではなく、あくまで「ミッションを完遂するための手段」として役割を捉え直す。 その柔軟性が、佐藤さんの成果に対する責任の強さを象徴しているように感じます。
そうですね、私は「その時々の環境で、自分がバリューを最大化できているか」を常に問い直す習慣を大切にしています。 役職名が何であれ、今解決すべき課題に最も適した人間であればいい。 そう割り切ることで、むしろ変化の激しいWeb業界でも迷わずに進んでこれたのだと思います。
真っ直ぐ上に登るだけが成長ではなく、一見回り道に見える経験も、冷静に考えてみると一周回って高い視座を与えてくれる。 技術を捨てずにマネジメントも取り込む「らせん階段」のようなキャリア構築は、とても合理的な戦略ですね。
技術的負債を「戦略的投資」として経営と合意する
VPoEとして、現在は大規模な再アーキテクチャの推進など、難易度の高い意思決定も行われていますね。経営層に対して、こうした「技術的な投資」をどのように合意形成しているのでしょうか。
技術的な正しさだけで説得しようとしても、ビジネスサイドにはなかなか響きません。ですから、技術的負債の解消を「将来の生産性を守るための戦略的投資」として定義し直して伝えるようにしています。
具体的にどのようなコミュニケーションを意識されていますか。
たとえば、「この開発に投資をすれば、今まで1ヶ月かかっていたリリースが1週間でできるようになります」といった、ビジネス価値に直結する指標に翻訳して語ることです。また、単に「コードを綺麗にする」のではなく、「将来的に継続的なメンテナンス性を保ち、生産性を構造的に維持するために不可欠である」というロジックで合意形成を行います。
良いことだけでなく、リスクについても正直に話されるのでしょうか。
もちろんです。「今の戦い方だと数年後には立ち行かなくなる」という経営リスクも含め、良い点・悪い点ともに正直に共有するようにしています。幸い、弊社の経営陣は技術への関心が高かったこともあり、比較的スムーズに合意を得ることができました。
技術を「コスト」ではなく「競争力の源泉」として経営の理解を深める。これが佐藤さんのVPoEとしての真髄ですね。
現在は、エンジニアの生産性が将来の売上にどう影響を与えるか、より定量的に説明できるよう計測と試行錯誤を繰り返している最中です。組織が大きくなるほど、数字に基づいた客観的なコミュニケーションの重要性が増していくと実感しています。

AI時代、エンジニアの核は「課題設定」と「プロセス設計」にある
最近ではGitHub CopilotなどのAIツールの活用も一般的になっています。インフラエンジニアからキャリアを始め、現在はVPoEとして組織を率いる佐藤さんですが、エンジニアとして、またマネージャーとして、それぞれの立場でAIとどう向き合っていますか。
まずエンジニアとしての視点では、技術的な課題設定や解決に向けた設計の「壁打ち相手」としてAIを頻繁に活用しています。一方、マネージャーとしての視点では、KPIの分析における下準備や、AI側の見解を参考にしながら意思決定の細部を詰めていくといった、有能な「アシスタント」に近い捉え方をしています。
現場の第一線での活用からマネジメントの支援まで、まさに役割に合わせて使い分けていらっしゃるのですね。社内全体での活用状況はいかがでしょうか。
エンジニア・非エンジニアを問わず、全社的にAI活用は進んでいます。ただ、活用の仕方がまだ個人最適に留まりやすいのが課題です。そこで現在、開発部内で「AI活用標準化プロジェクト」を立ち上げ、組織としての活用レベルを底上げしようとしています。
現状はレガシーコードの修正の影響調査やテストコードの生成など品質向上面にはだいぶ定着しています。不具合の自動改修や、開発速度そのものを抜本的に改善するために開発プロセスから再定義をしています。
組織としての「型」を作る段階に入っているのですね。AIが進化し続ける中で、将来的にエンジニアの価値はどう変わっていくと思われますか。
AIがどんなに優れたコードを生成しても、「そもそも何を解決すべきか」という課題設定の力と、解決までの「プロセスを設計する力」は、依然として人間に求められ続けるでしょう。問題の設定を間違えれば、AIが作るアウトプットも無価値になってしまいますから。
AIはあくまで「手段」であり、進むべき「方向」を決めるのが人間の役割だということですか。
その通りです。不確実な状況下でゴールを明確に示し、情報を整理して周囲(人間やAI)を率いていく調整能力こそが、これからのエンジニアの核になるはずです。人間をマネジメントするのも、AIに適切な指示を出すのも、本質的には変わらないことだと思っています。
当社で活躍しているエンジニアも、こうした本質的な課題解決にこだわり、周囲を巻き込める協調性を持ったメンバーばかりですね。
自分の可能性を決めつけず、常に「越境」を恐れない
最後に、これからのキャリアを模索しているエンジニアや、将来のキャリアパスに迷っているリーダー層に向けてアドバイスをお願いします。
私が大切にしているのは、「自分は〇〇の職種だ」といった固定観念を持たないことです。今の環境で、自分が最も価値を発揮できる役割は何かを問い直し続けてください。そのためには、リスクを過剰に恐れず、一歩だけ自分の領域をずらして「越境」してみるスタンスが必要です。
一歩だけ、というさじ加減が重要そうですね。
いきなり全く違う世界へ飛び込むのは難しいですが、今やっている業務の前後の工程に首を突っ込むことからなら始められます。バックエンドならインフラの設定に挑戦してみる、開発ならPMの要件定義に同席してみる。そうした小さな「ずらし」の積み重ねが、いつかあなたにしか築けない独自のキャリアへと繋がっていくはずです。
完璧なキャリアパスを追うのではなく、「今の環境でどう役に立てるか」という問いを繰り返し、らせん階段のように領域を広げていく。これこそが、変化の激しい時代を生き抜くための、しなやかで力強い生存戦略なのだと実感しました。
強みは他者や環境との比較で決まる相対的なものです。自分の実力を自己分析だけで決めつけず、コミュニティや他社と比較して客観的に捉えるようにしてください。変化を楽しみながら領域を広げていけば、自分らしい生存戦略は自ずと見えてくるはずです。
ライター