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欲望で駆動するOSに理想というパッチをあてる、その脆弱性を抱えて走り続けること。引き続きガンダムと性欲の話。

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会[復刻版]

はじめに

  • 友人との喫茶店トークにて「最近のあなたはガンダムと性欲の話ばかりしている、どうかしてますよ。だいたいガンダムと性欲とか当たり前みたいに書かれても、通じませんよ!」と言われました。それはもうその通りで、自分の中では出来上がってしまったロジック、回路なんだけど、いきなり開示されてもよくワカランですよね……。
  • 繰り返しになる部分もありますが、『逆襲のシャア』および『閃光のハサウェイ』を出汁にもっかい説明を試みます。ネタバレあるのでご注意を。

おさらい、性欲という人間の脆弱性について

  • 先日の記事でこんな風なことを書きました。
  • サウナで熱波師アイドルのような存在に遭遇したら、自分も抵抗しつつ喜んでしまうのではないか……という卑小な話です。このサービスどうなの、と口では言っても、反応してしまう筈。たとえ倫理や理想を語っていても、薄い性欲は誰にでもある、自分にもある。最終的に言いたかったことは以下です。
    • (薄い性欲は)肯定し辛い、みっともないエモーションだけれど、さりとて、そんなもの私ありませんと否定するのも不誠実と思う。それがあることを認めて飼いならすことが肝心なのではないか。薄くても暴走する危険性はある。可能性にすがる獣的心性を暴走させないように。気を付けよう、暗い夜道と薄い性欲、という結論です。

    • つまりパッチを当てて稼働させているけれど、自分の根本の部分のOSってたぶんそんなに変わってないと思うんですよね。その脆弱性を知った上で運用するのが必要なのではないか、みたいな話です。

  • この自分の感覚はガンダムという作品、その原作者であり監督である富野由悠季からの影響が多分にあります。特に過去作『逆襲のシャア』と現在公開されている映画『閃光のハサウェイ』もこれを補助線として見てしまう。
  • もっとも、それが作り手の意図に沿うものかと言うと心許ない。作品の放つ光(閃光)から自分に生じた乱反射、受け手のプリズムの・ようなものとは思っています。まあ与太ではありますよ、と予防線を張りつつ以下に続けます。

『閃光のハサウェイ』における理想と欲望の反復横跳び

  • 『閃光のハサウェイ』という作品の主人公、ハサウェイ君。彼は大袈裟に言えば、21世紀の我々が直面している「OSとパッチのコンフリクト(衝突)」を、宇宙世紀という極限状態で体現している人物と思うのです。どういうことかと言いますと、彼はマフティという別名あり、環境テロ組織のリーダーのような立場にあります。背負って立つペルソナ、それは地球環境と社会構造を変革する、そのためには要人を暗殺するという、狂信的でもあるけれど高邁なパッチではあります。
  • でもハサウェイ君の根本のOSはそんな「正義の味方」に最適化されていない。依然として、クェスという過去の(初恋相手という)バグを引きずり、ギギという(新たなヒロインと出会い)強烈なトキメキに激しくシステムを揺さぶられて例外ログを吐き出してしまう。脆弱性だらけの青年のままです。
  • マフティとしては理想に殉ずるべきで、ギギという存在は無視すれば良い。本人も「断ち切ってみせる!」と吠えてみせる。でもその台詞は執着故のもので、彼女を無視できていない。美少女が放つ煌めきに翻弄され、脂汗を流し、煩悶する。ある意味、誠実とも言えましょう。彼は「女性に惑わされるような低次なコードは削除した、もう知らん」とは言いきれない。「断ち切ってみせる」ってのは切断出来ていないからこそ言ってしまうわけですよね。
  • これが富野原作から継承したイズムの真骨頂ではないしょうか。「革命なんて高尚なことを言いつつ、結局は女性に認知されたくて、格好をつけている自分」というクソみたいな自覚。その居心地の悪さを抱えたまま、彼はガンダムを飛ばさなきゃいけない。

『逆襲のシャア』における強制アップデート、主犯はバグを抱えているのに

  • この前日譚でもある『逆襲のシャア』という映画があります。シャアとアムロという二人のライバルの思想闘争が描かれます。シャアは地球に隕石を落として「人類のOSを強制アップデート」しようとします。それに対し、アムロは「それでも人間のOSを信じる」と抗います。
  • ハサウェイ君はその中間で、「自分のOSがクソであることを知りながら、シャアのようなパッチ(粛清)を実行せざるを得ない」という、地獄のような実行環境にいるのではないでしょうか。
  • もっとも、シャアも本当はララァという恋人、バブみを奪われた腹いせにアムロと喧嘩したい、という低次の欲望を抱えています。そして、それを最後に自ら開陳してしまうのです。隕石が地球に落ちる落ちないの瀬戸際でシャアとアムロは以下の遣り取りを始めます。
    • シャア 「そうか、クェスは父親を求めていたのか。それで、それを私は迷惑に感じて、クェスをマシーンにしたんだな」
    • アムロ 「貴様ほどの男が、なんて器量の小さい」
    • シャア 「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ。そのララァを殺したお前に言えたことか」
    • アムロ 「お母さん?ララァが?うわっ!」
  • 地球がもたないだ世直しだと天下公論を語っていたのに、急激にスコープが縮小してゆき、男性の欲望、個人サイズの罵り合いになってゆくのです。シャアの本音のみっともなさは勿論、アムロが理解しきれず動揺したまま「うわっ!」と叫んで終わりなのも凄いです。全くわかりあえない、相互の了解ないままに強制終了してしまう。これもまた人間也という諦観と幾許かの親愛の情さえ感じる描写です。
  • 隕石を押し返す思念の光、輝きに包まれながらシャアとアムロがこれほどみみっちい、しょーもない話をしていたことを劇中人物はハサウェイ君を含め誰も知らない。時空としては繋がっている作品、ハサウェイでもUCでもNTでもいずれもあの光は奇蹟であり、希望の象徴みたいに語られる。実際は低次の争いをしていたことを観客だけが知っている。この情報落差も面白いですよね。真実は光の中へ消えてしまった。でも俺たち観客は忘れないからな……ララァ・スンって寝言を聞いた女は、かなりいるんだ!

真面目過ぎるハサウェイと図太いシャアの対比

  • 再整理してみます。ハサウェイ君は革命という最新パッチを当てても、自分の中の過去のバグ、クェス(失われた初恋)やギギ(トキメキ、あわ欲)が消えない。ニュータイプみたいな超人ではなく、低次の欲望に引きずられる人間なんだと自覚しながらもガンダムを駆る。そんなハサウェイ君はどうしようもなく、みっともない。そして人間らしくて、魅力的にも映ります。もし彼に会うこと出来れば「ハサ、分かるぜ俺もだよ!」と肩を叩きたい。ハサウェイ君という生真面目なキャラクターはそういう分かった風な仕草こそを拒絶するとは思いますが。
  • 苦悩するハサウェイ君に比べると、同種の問題を抱えながら理想に燃える革命家という道化を演じてみせたシャアは図太いとも、なかなかのロクデナシとも言えるのかもしれません。シャアが生きてたら、懊悩するハサウェイ君に「まあ、あまり気に病む必要はない」とか鷹揚な忠告をしたのではないかしら。いや、繰り返しになりますが、そういう不誠実さこそをハサウェイ君は嫌がりそうなんですが。

さいごに

  • 『逆襲のシャア』パンフ巻頭にて、富野監督はこのように語っています。
    • あなたが、女性ならば、ひたすら男はこんなものだと分って欲しいと思います。あなたが男性ならば、男はこれでいいんだから、頑張ろうよという思いをこめて、男の愚直さを描いてみたつもりです。
  • これ、昔は映画を含めなんのこっちゃよく分かりませんでした。無自覚に英雄的な物語を望んでいたので、ヒロイズムを破壊する展開に戸惑い、それを「こんなものだ」ってどういうこと?と戸惑っていたんですね。
  • 今となれば得心あり。人間なんて、美しくもなんともない。天下公論語っても最後は痴情に拘り喧嘩してしまう。こんなにも情けなくて、残酷で、分かり合えない生き物なんだ。でも、「こんなもの」という絶望を全部飲み込んだ上で、それでもやっていこうぜ、ということではないかと。拡大解釈かもしれませんが、そう受け止めています。捻くれてはいるけれど、人間賛歌とさえ言えると思っています。
  • 自分としても最近改めて思うことあり。ニュータイプ、人間2.0みたいな存在になれるとは到底に思えない。性欲のような低次の欲望、脆弱性を抱えたままなんとかやっていくしかない。綺麗ごとばかり言うのも嘘臭い、さりとて欲望に居直るのは図々しい。その狭間で考え行きつ戻りつ、人間やるべえよという心境です。
  • これがわたくしの考える「ガンダムと性欲」という事例でした。やっぱりなんのこっちゃ分からんと言われたら、うーん、もっかいエントリ書くか……(もういい)。



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