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『閃光のハサウェイ』公開前の振り返り、カッコ良さげで内実はカッコ悪い、宇宙世紀の妙味。

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はじめに

  • もう幾つ寝ると劇場アニメ『閃光のハサウェイ』二作目公開です。楽しみですね。前作は封切り2021年なのでなんと5年前。オリンピックより間が空いているという。最終作はいつになるんでしょうか……と不安も覚えつつ。以下は公開前後の記憶を再構成したものです。
  • 『閃光のハサウェイ』は、ガンダムの生みの親、富野由悠季原作ながら本人以外が手掛ける特殊な作品です。Z~逆シャア期の奇特さを継承していて、見た目と中身が一致しない。要するにものすごくカッコ良さげで内実はカッコ悪い。そこが面白いんよなーという話をしています。
  • 前段としてZガンダムも面白いよ!という話を以前に書いたことありました。

公開前、前段としての『逆襲のシャア』の立ち位置

  • はじめに『逆襲のシャア』について。この映画を「カッコ良いアニメ」みたいな受け止め方されていること間々あり、それだいぶ疑わしいよなーと思います。いやルックは確かにカッコ良いんですよ。出渕メカとか。北爪キャラとか。でも描かれるのはどこまでも情けないおっさんたちの痴話喧嘩。
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  • ラストもある種の英雄的な行動が描かれるのですが、肝心のシャアが物凄くスケールの小さい、みみっちい、人間臭いことを言い出してヒロイックなムードを台無しにします。劇場公開時のパンフレットによると、富野監督は「ひたすら男はこんなものだと分かって欲しい」と述べていて。ムード台無しどころか、あのような台詞=男のどうしようもさなこそが描きたかったのだとは思います。
  • ロボットアニメ、シリーズの2大キャラクターの最終決戦!みたいな体裁を一応は守りつつ、こんなエグ味のある作品に仕上げてしまう。凄いよお富さん!とは思います。思いますがしかし、ハイブロウ過ぎますよね……。こう、受容出来るようになったのは結構最近で、初見時なんて口あんぐりのポカーンでしたよ。
  • 富野御大うまいなーと思うのは自分の中にある大衆嫌悪、破壊願望をシャアに、ブレーキ踏む気持ちをアムロにと割り振っているように見えるところです。それでいて捻れているのが敵役のシャアの方が(本音は別にあるとは言え)夢想らしきものを語る。アムロは「やめろ!」とか制するのみ。Z以降のアムロって能力は高いけど理想は語らない、ある種の現実の厳しさ、限界を規定するキャラクターみたいになっていると感じます。若きハサウェイにクェスはどうせ救えない、死んだと思って諦めろ、と説く。こんな主人公、ヒーローなかなかいないですよね。逸るハサウェイは聞く耳持たないんですが……。
  • 雑に整理するとこんな感じでしょうか。
    • シャア:夢想的、破壊者、若者を甘言で誑かす
    • アムロ:現実的、ブレーキ、若者に説教するが影響力は限定的
  • 今度、『閃光のハサウェイ』を劇場アニメでやるじゃーないですか。予告とか見ると「あの伝説、逆シャアの続きなんですよ!」と訴えているのですが。先ほど書いたような情けなさ、みっともなさを丸めて毀損してまうのではないか、と不安も感じるんですよね。
  • そもそもハサウェイって完全にカツの後継者。ぼんやりした性欲で勝手に戦場へ飛び込んだ上に、取り返しのつかないことをやらかした人物。それがニュータイプの修羅場を経験した男!みたいな売り出しされるとなー。ぶつぶつ。

公開当時の掌返し

  • 『閃光のハサウェイ』見てきました。公開前にはブツクサ書いて、逆シャアの独特さ、珍味感をなかったことにするんじゃないかと穿った予測をしていたのですが。どっこいルックはカッコイイのに内実はカッコ悪い、これこそ逆シャアの正統後継者とも言える映画でした。降参と言うか、おみそれしましたと言う他ありません。
  • ハサウェイ君は飛び付き十字極めたり、格闘や射撃、モビルスーツ乗ると非凡なところ発揮するのですが、逆サーの姫、ギギちゃんを前にするとキョドったりカッコ付けたり、必要以上にオレそんな下半身に不自由してないっす興味ないっすムーブしたり、まー忙しない。セリフでは人類の革新が……とか言うてるのに、本音部分ではエロのことばかり、と言う正に富野ガンダムの味わい……。
  • あーロマンチック・ラブの思ひでに囚われて動けなくなっているウジウジ男子の話、というこれ『秒速5センチメートル』と同じ話と言うことも出来るかもしれません(牽強付会)。

ガンダムUC(ユニコーン)との対比

  • 思えばガンダムUCってそういう傾向への反発とも言えて、もー性欲の話ばっかりすんのやめようぜ、という運動だったのかもと思います。
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  • 男なんて天下国家語りたがるけど、内実はちんまんのことばかり考えてるんですよ!というZ〜逆シャアの打ち出しって、今となれば面白がれるものの、当時は受け身を取り損ねた気持ちあり。だから自分はわかりやすくヒロイズムを担保してくれるUCに熱狂したのかもしれません。
  • だってほら、視聴者である自分を主人公のバナージ君と同化して、おれは清く正しい可能性の獣、ニュータイプ少年なんだ、と定義する方が気持ちが良いじゃないですか。「それにしてはクエスに冷たかったなええ?」とか「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!」とか口走る中年のシャアを自分ごととして見つめるのはしんどいじゃないですか……。
  • UCは逆シャアの続きという体裁ながら、性欲は忘れてヒロイズムに酔っぱらおう!という作風で、それはまー本流とは異なる同人誌と言われたらそうなのですが、カッコ良いし、気持ちええからいいじゃない、という気持ちはありました。これはその続編である『ガンダムNT』もそう。
  • しかし今回の映画『ハサウェイの閃光』はカッコ良さに陶酔しない。内面のみっともなさが描かれる。現代最高レベルの作画、勇壮な澤野弘之サウンド……とお膳立ては完璧なのに、作中人物が極小スケールの台詞を口走る。あーこれよ、この風、この匂い。まさに逆シャアラストの痴話喧嘩にも通じる、みっともなさ、人間臭さ。座り心地の悪いアンチヒロイズム。それこそUCにはない妙味と思います。

映像と情緒が一致しない面白さ

  • もう少しこの話続けます。この面白さの起因は、映像と情緒が一致しない故と思います。例えば中盤の展開。ハサウェイが思索の海に沈み、ギギとケネスのダンスシーンへ。BGMのビートが激しくなる、そこへ領域に侵入するMSが切り込んでくる。映像と音楽が完全にシンクロした、震えるほどカッコいい演出と思います。
  • しかし物語内で実際にやろうとしているのは、目眩ましを兼ねた要人暗殺なわけで、手放しで喜べるようなものではない。映像を受け取る生理としては気持ちいい、でも物語、倫理的にはまっすぐ肯定できるようなものでもない。このズレが独特で面白いと改めて思うたんですよね。
  • 新型ガンダム出撃シーンも完全にこれで。ポッドから新型ロボが登場!まー言わばゴッドガンダムお披露目みたいなもんじゃーないですか。でもそれに乗る主人公は、ミステリアスなヒロイン、ギギに拘泥していることを自ら吐露する。
  • やはり対照的なのはガンダムUCです。EP04のユニコーン降下シーンなんかは、映像と物語内エモーションが完全一致するわけですよね。虐殺を止めたいと願う、理想に燃ゆるバナージ君が主役機に乗り込み戦場に舞い降りる。そして、抽象的で美しい詩的な台詞を吐く。
  • 「俺は箱の鍵じゃない。人間だ。そしておまえは、人の力を増幅するマシーンなんだ。おまえはそのためにつくられた。人の心を、悲しさを感じる心を知る人間のために。だから、怒りに飲まれるな」

  • これは気持ちいい。人を助けたいという建前があるから、見てる自分も心地よく酔える。その上で結局、戦場で簡単に人は救えない、と言う結末もあるので、UCなりの誠実さとも思います(それもまー気持ち良くなるため、「快楽としての悲劇」ちゃいますの、という意見もあると思いますが)。
  • ハサウェイにおけるガンダム出撃は、そのような建前を全然担保してくれない。この捻れ、理想化を拒む人間観、どうしようもなさが味わい深いんよなと。
  • またしても雑に整理するとこんな感じでしょうか。
    • ガンダムUC、NT:見た目と中身は一致する、性欲滅却、崇高なヒロイズム。
    • Z、逆襲のシャア、閃光のハサウェイ:見た目と内実が一致しない、性欲旺盛、みっともないアンチヒロイズム。
  • 個々のスタッフは最高級にカッコいいものを磨き上げて作っている。それこそ上述の澤野弘之サウンド、佐山善則さんのモニターデザインなど。そこに割り切れない、人間臭いスケベな振る舞いが乗ることで固有の発酵が起きていると感じます。せっかく飛び切りおしゃれな服着てるのに、本音喋らせると爛れている……それがオモロいと感じるのです。

小説について、曖昧な交戦規定だからこそ行われるスケベ戦闘

  • 結末は知ってるけど未読だったハサウェイ原作の小説、上巻だけ読んでしまいました。富野御大はアニメーション演出家としては天才だけど、誠に失礼ながら小説家としては……。
    • 機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上) 機動戦士ガンダム閃光のハサウェイ (角川スニーカー文庫)
  • 正直、文章表現としては拙いと思うのですが、感心するところもあり。冒頭の旅客機にて、ギギ目当てにおっさんが行列をつくって詣でるというシーン。明文化されていないけど、ギギが興味失ったらおっさんは列の後ろに回るというぼんやりとした規定でのミーグリ仕草。
  • 飛躍して卑近な話に結び付けますと、会社に保険勧誘の営業が来るのあるでしょう、おれあれが苦手で……。営業そのものではなくて、こうなんちゅうか無銭キャバクラみたいな状態が発生するでしょう。契約を取りたい営業、契約する気はないが若い女性と会話はしたいオッサンがぎりぎりのせめぎ合いをする、みたいなやつ。あれがしんどくて、未だに出くわすとわざわざ遠回りして避けたりする。別にそれは自分が高潔だから、と言う話ではなくて、体内ミディクロリアン童貞因子が刺激されるから、しんどいと思ってしまうんですよね。
  • 交戦規程が曖昧でしょう。夜のお店だったらどこまではOKでどこまではNGかは明文化されているし、そこは対戦フィールドなんだからバトルになるのは当然なんですが。保険営業vsおっさんはルールが曖昧だから、双方ともギリギリの凌ぎ合いが行われる。これがしんどい、ちゃんとプロトコル明示すべき。
  • 戻って、ハサウェイの話。宇宙世紀になっても人間やること同じかよ、無銭キャバクラなのかよというウンザリ感。でもそうだよな、やること変わらないだろうな、という納得もあります。だって俺もギギちゃんとミーグリでお話したい。認知もらいたい。あわよくば、他のリビドー剥き出しのおっさんと違う、聡明な殿方なのねとか思われたいもん(本当は自分だって同じ、リビドーあるのに)。これがまあ「男はこんなものだと」いうことでしょうか。

アニメとの比較、よりナイーブになった主人公

  • 小説を読んだことで、アニメが原作から削ったところ、付け加えたところに解釈が仄見えて面白かったです。例えばギギからハサウェイがコーヒーを受け取る場面。今回のアニメではわざわざカップを半回転させて間接キスを避けています。これは小説にはありません。一方で小説ではこの後、ギギはハサウェイ君の膝に当たり前のように頭を乗せる。そんな肉体接触を「快く感じながら」と書かれています。アニメでのギギは頭を傾けて肩が接触するのみで、カップの中のコーヒーにさざ波が立つ。ハサウェイ君、めちゃめちゃ動揺してますやん……という演出。
  • 受け取る印象として、小説のハサウェイ君は生硬だけれど、もう少し世慣れていて、ギギへのスケベ心をコントロール出来ている。アニメの彼は不安定で「こんな女いらぬ!女と一緒じゃ歩けねえんだ!」とか吠えながら間接キスや肩チョンぐらいで揺れ動くナイーブ君になっています。
  • 富野御大が、この映像化見てなんと思ったのか興味湧くところ(きっと悪口言ってくれると思うの)ですが、オイラはこの解釈はアリだと思いました。そのまま映像化するわけではない、俺流にいきますよという意気や良しと。

グレーゾーンの面白さ、でも結構あやうい部分もあり

  • アニメのハサウェイ君は崇高な理想に燃える革命家であり、やってることはテロリストであり、初恋のクェスに縛られつつ、エロい女性が傍にいるとムラムラして挙動不審になってしまう、悩める青年でもあるわけですよね。そのいずれが正解というわけでもない、曖昧さ、グレーゾーンがあまり類を見ない魅力になっていると思います。
  • 作品そのものが疑いの中に留まり続ける、消極的能力の面白さと言えるかもしれません。
  • ただ、タクシー運転手との場面含め、原作より些かハサウェイ君を虚無的に描いているのでは、という指摘あり。彼をあまり虚しい哀れな運動家として突き放して終わってしまうと、上述したような揺らぎ、あわいの面白さは失せてしまう。結局は最後まで見ないと分からないのですが、できれば綱渡りをしつつ、複層的な人物を描く内容であって欲しいなーとは思っています。

二作目の特報について、CGグルグル問題

  • ハサウェイ、第2作の特報来ててウヒョーとなりましたが、なんかCGの質感丸出しのような……。これからポストプロダクションで修正されるのでしょうか?あとMSを回転させるカットも違和感あり。
  • www.youtube.com
  • ヱヴァンゲリヲン新劇場版とかジークアクスでもCGでグルグルと対象の周りがカメラ回り込む、みたいのあったじゃないですか。あれそんな興奮しないちゅうか。アニメだから出来るカメラワークではあり、制約なく自由に動かすことに快感があるのも分かります。しかしこれやり過ぎると実存感が薄まると感じるんですよね。何故当代のスーパーアニメーターが好んでこんな表現を採択するのか?
  • こう、静的なレイアウトがビジっと決まってる画の方が圧倒的に気持ち良くありません?ハサウェイの一作目で銃座がついたジェガンが市民を睥睨する、広角のカットとかあったでしょう。ああいう方がアニメ見てる!って喜びを感じるンですよね。F91でも、学校屋上のジェガンの頭部をデナン・ゲーが急速降下して蹴り飛ばすのとか、同種のレイアウトによる気持ち良さがありました。
  • ただまあこんなド素人の心配、作り手は百も承知のはず。一作目同様に、蓋を開けたらまた「おみそれしました!」となる出力を期待しております。

さいごに

  • 富野ガンダム、特にZ〜逆シャアって自分の中で年々評価があがる、凄い作品やなーという思いがあります。
  • 「人間は崇高な理想を掲げても、その実は性欲やどうしようもない心性(嫉妬や羨望)を抱えている」という提起。これ極めて普遍的なものと思います。人間は卑俗で、性欲ドリブンな生き物で、おのれには甘い。勿論、そう書いている自分も含む話で、上述の無銭キャバクラ問題含め、そこから逃れられていない。
  • 拡大すると、こんな感じあると思うのです。高邁な理想を体現する(作中ではニュータイプと呼ばれる)超人思想があって、同時にそのような超越的な人間はおそらく存在しえない。何故なら人間は欲望に引きずられてしまう、という脆弱性がセットで語られる。
  • つまり二次的な判断(思想やルール)に従って行動出来れば理想だけど、それって実は思考方法として負荷のかかることで、結局はやっぱり一次的判断(個人的な審美、リビドー)に引っ張られてしまう。そのどうしようもなさに呆れつつ、でもそれこそが人間らしさかもね。だから「こんなものだと分かって欲しい」とも言うてる……という解釈です。
  • 映画『閃光のハサウェイ』は原作改変しつつも、富野的な一次と二次の分裂、矛盾を描いてくれるのでは、という期待があるんですよね。
  • あんまり見方を決めつけてしまうと、いざ本編に接した時に「思ってたんと違う……」と受け身取るの苦労しそうな危惧も感じつつ。
  • いずれにしろ二作目にてどのような物語、揺らぎが描かれるのか、今から楽しみにしています。なんとでもなるはずだ!

おまけ

  • これは休日の記録。豊洲のユナイテッドシネマで見かけたポスターです。
  • 映画館で流れた最新予告にてハサウェイ君が「乗り越えてみせる、世俗も肉欲も!」とか口走るので、笑ってしまいそうになりました。肉欲ってアンタ。公式もやる気満々ですよねこれ……。

関連記事

  • 監督の村瀬修功さん関連作品として、『ガンダムF91』についても書いてみました。



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