以下の内容はhttps://tekkmakk.hatenablog.com/entry/2025/11/01/231656より取得しました。


安彦良和展からの連想、『THE ORIGIN』へのモヤモヤと歴史漫画での冴え。そこから浮かび上がる富野由悠季との差異。

機動戦士ガンダム THE ORIGIN コミック 1-24巻セット

はじめに

  • 2024年8月頃、安彦良和展に行ってきました。展示会そのものと言うより、それに触発された安彦さんの仕事への素人語りです。実は性悪説の作家と思える安彦さん、根っこは明朗な富野監督という対比で書いています。

冒頭から溢れ出る韜晦、その暗さ

  • 展示会の巻頭には安彦さんからの言葉が掲げられているのですが、これがまー「恥の多い人生、仕事でした」とでも言うべき韜晦に満ち溢れていて。のっけからウオーまごうことなき安彦節、これやこれ、来やがった来やがった!と興奮に包まれます(悪食)。
  • 安彦さんはしばしば、こういう悔恨や自己卑下を開示されるんですよね……。何かのインタビューでも「TVまんが、ロボットアニメと蔑まれていても何クソ、こっちには魂があるんだ。絵が汚くてもテーマがある、と思っていた。しかし映画『ナウシカ』見たら絵は綺麗だしテーマはあるし、何もかも圧倒された」という意のことを話されていた記憶があります。1
  • 対照的だと思うのは富野監督の語り口です。横浜で開催されていた等身大ガンダムのイベントにて、冒頭に富野監督からのメッセージが掲載されていました。いきなり「ごめんなさいと言わせてください」から始まり「現在、建造できる動くものは、ここまでのもの(=立ったまま、可動範囲の限られる等身大ガンダム像)しか出来なかったのです」云々と、ハラハラするような文章。でも最終的には「このガンダムを見上げて、解決しなければならない問題がいっぱいあるのだ、という想像をして、その解決策を考え出してほしいのです」という感じの明るいニュアンスでまとめられていました。2
  • 一見すると富野監督も自己否定的に見える。でもそこには天才としての矜持と、商業作品の中であがいている自分の限界への葛藤と、それでも未来とお客(子供たち)に期待したい、という希望の色彩が合わさっているように思えるのです。『めぐりあい宇宙』における提言、「未来の洞察力に期待します」というトーンですね。比して、安彦さんはマジで暗い。真性の昏さがある。それは作品にも表れている気がするのです。この件、後述します。

ヤマトを巡る面白挿話の数々、技巧と裏腹のぼやき

  • 安彦良和展の話に戻ります。
  • 初期キャリアの展示物の中で、『宇宙戦艦ヤマト』の古代進が森雪を抱き上げるシーンの原画がありました。出来上がりに感激したプロデューサーの西崎義展氏が「このカット、他人による修正まかりならん」と厳命したという説明が添えられていて。毀誉褒貶の数多ある西崎氏ですが、こういうロマンチストぶりは最高やなーと思いました。ちなみにこの件、西崎氏は激賞していますが、安彦さんは当初は絵コンテだけのつもりで、こんな凝ったカット描く人大変だろうな、と思っていたら結局自分が担当するハメになって閉口した、みたいなボヤキも掲載されていました。これまたあまりにもらしいエピソード。
  • あとで知ったのですが、この西崎氏の命令に総作監の湖川友謙氏は激怒していたそう……。3 うーん、面白過ぎる(野次馬根性)。
  • 脱線になりますが、牧村康正/山田哲久『宇宙戦艦ヤマトをつくった男 西崎義展の狂気』を以前に読んでいまして。まー西崎氏のライズアンドフォールの振り幅が半端ない。スコセッシは今すぐこれ映画化すべきやと思いました(毎回これ言ってる)。主演、西崎義展=デカプリオでお願いしたい。
    • 「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気
  • 西崎評伝、引用される富野監督の大人気なさも最高です。
    • アニメ界で敵だと思ったのは西崎だけ。死んだ今になったって、その敵意は変わらない。あんな奴にだけいい思いをさせられないから『ガンダム』は『ヤマト』に絶対負けられなかった(p.344)
  • 制作者としての西崎氏をある程度は評価している(ように見える)安彦さんの鷹揚なコメントと対照的でした。まーでもこの好戦的姿勢こそ、さすが富野御大!という感もあります。

『THE ORIGIN』へのモヤモヤ、なぜ完全フィクション作品でこうなるのか

  • 脱線が多いよ、再び安彦良和展に戻りましょう。
  • 目玉はやはりガンダム関連で、どれもちょう美麗。『ガンダムF91』とか、キャラクター案のラフスケッチの時点で、もう匂い立つような色気あり、さすがやーとうっとりします。
  • 当然ですが『THE ORIGIN』関連も多く展示されていました。しかし『THE ORIGIN』って微妙な立ち位置で、安彦さんの絵描きとしての巧さは圧倒的で素晴らしいのだけれど、追加や改変されたオリジナルの挿話の多くは、それ要ります?という印象も多々あります。うるさ方のファンの多くに批判されたのも、TVシリーズおよび映画版(あえて言えば原典)との違い、物語や人物の齟齬、言うなれば「解釈違い」が起きたから、という気がします。
    • 機動戦士ガンダム THE ORIGIN (1)
  • 自分が気になったのはキャラクター、人物造形が悪い意味で「まんが」になってしまっていることです。ドズルとか、爆弾食らっても死なないギャグ要員になっています。あとデギンも単に息子ガルマ思いの好々爺になっていて。安彦さんはこれまたインタビューで「(ガルマからの留守電を何度も聞き直す場面が象徴しているように)デギンは善人なんだと思う」という風に語っていた記憶があるのですが。4 いやーどうなんでしょう。家族思いな一方で権力奪取を厭わない、冷徹な政治家でもあったのかも……ギレンがそうであったように。そう思わせる「あわい」が原典にはあって、それこそが従来のTVアニメにない深みになっていたのでは。
  • 後に『THE ORIGIN』はアニメにもなりますが、こういう違和感は更に強く感じました。この作品ではガルマは単なるお坊ちゃんで、シャアはそれを利用することに何ら痛痒を感じていないように見えます。原典では、シャアはガルマへの幾許かの友情もあって、しかしそれを謀略で殺してしまう。あとに「坊やだからさ」と嘯いて見せる、そこにピカレスク・ロマンとBLの中間点とも言うべき魅力さえあったと思うのです。
  • 演出も異なっていて、シャアとの別離シーンではカメラがセイラさんの心情と同化して、フレームが揺れ動く。これも富野監督はあまりしない手法に思うのですよね。ニュータイプだイデだオーラ力だとオカルトはあるけれど、演出は基本的に高畑勲的なドキュメンタリー、禁欲的作法に近しいと思うのです。

歴史漫画での筆力、不可逆だからこそ生じる実存

  • ただ安彦さんの作品がいつもそんな感じかと言うと、そんなことは決してないと思います。実在の人物を扱う歴史漫画では複雑な人物を活写している。
  • というわけで、展示の後半では待ってましたの歴史漫画のコーナー。ぼかー安彦さんの歴史や神話に題材をとった漫画が好きなんですよね。『イエス』『アレクサンドロス』『我が名はネロ』『ジャンヌ』『ヤマトタケル』『ナムジ』『虹色のトロツキー』『王道の狗』『ザバイカル戦記』……などなど。
  • そしてこれ概ね、まー暗いお話なんですよ。歴史上の偉人にしろ、市井の名もなき人にしろ、不可逆な歴史の流れに抗えず、結局は世界を変えることできない。しかし敗北したとしても、その人物は精一杯、時代を生きたのだ、という刻印があって沁みるんですよね……。
  • この流れにある最高傑作がやはり『虹色のトロツキー』だと思います。この漫画、当初は提示された謎で引っ張る話だったと思うのですが、その真相が途中で空中分解して、主人公は流れ流され、立場がどんどん変わっていく。物語としては破綻しているとさえ思うのですが、逆にそのままなら無さ、一個人では世界を書き換えることなど出来やしない、歴史の大波に翻弄され飲み込まれてしまう。その無力感が主人公の実存に繋がっているとさえ思います。
    • 虹色のトロツキー (1)
  • 史上の人物の描き方も面白いです。辻政信とか、策謀家なんだけれど無類の行動力を持つトリックスターでもある。元勲、伊藤博文への敬意を見せる場面とかもさらっと差し挟まれて、多面的なキャラクターになっています。他にも例えば田中隆吉。現実には日本陸軍の謀略に直接関与した悪名高い人物だけれど、作中では意気高な将兵を𠮟りつけ、大学の教授に敬意を払う、教養と知性も併せ持つ人間として描かれています。石原莞爾や甘粕正彦もそう。短い出番で陰影を見せている。
  • 近い時期を扱う漫画に、かわぐちかいじ『ジパング』があり、共通する実在人物も登場しますが、その造形が教科書的(これはこれで面白いです念のため)なのに比べると、安彦さんの取材と解釈を交えた再構築は見事と思います。
    • ジパング(1) (モーニングコミックス)
  • 『王道の狗』の陸奥宗光や『ザバイカル戦記』の山縣有朋の造形も上手くて、武断のマキャベリストとして作中の悪役ではあるのだけれど、政治家としてはキレ者の凄味も同時に感じさせる。どうしてこれが出来て、完全フィクションの『THE ORIGIN』でのドズルやデギンはああなってまうのん……というのは繰り返しですが不思議なところです。
  • 歴史という縛りがあるからこそ、その範囲の中で創造力が発揮されるのかも……とも思いますが、それならガンダムという原典だって同様の鎖として機能しても良い筈。ここら辺はもう仮説に過ぎず、本当のところは分からない領域ですが……。

再び、富野監督との比較

  • しかし面白いなーという思いもあります。冒頭の話にも繋がりますが、皆殺しの富野とも呼ばれた富野監督は、陰惨な物語を描いても最終的には個人の力が世界に影響を与えることを信じている、ように見える。実は性善説的とも言えるかと思います。逆に人間中心主義に見える安彦さんには深い諦念があって、世界は魔物で独りの意思では変わり得ないと思っている。「ニュータイプとか信じることが出来ない、当時から世代論に過ぎないと思っていた」という発言もあった筈。5 その諦念があるが故に、歴史漫画はシビアな語りと、それによる人物の複層的な魅力が成立している、根っこのところでは性悪説の作家とも思うのです。手塚治虫に近い、とすら言えるかも。
  • 映像表現的には富野監督の方が抑制的、安彦さんの方がアニメータ出身故か動きや逸脱、心情への同期フォーカスを良しとする、この差異と捩れも面白いと思います。
  • 安直に図式化するとこんな感じでしょうか。
    • 富野:皆殺しだが明るい、性善説、演出は禁欲的
    • 安彦:ヒューマニストに見えて昏い、性悪説、演出は情動優先
  • 原典、初代ガンダムの父と母と言ってもよい二人ですが、主義、信条面では相当の隔たりがあるのではないか。逆にそれが化学反応になって、稀有な出力が行われたのかも……。上記含めて、わたくしの勝手な見立てではありますが。富野監督なら「作品の成り立ちや社会はもっと複雑なんです。そういう君の安直な見立てにはヘドが出ます!」と怒るかもしれない……hahaha。

歴史漫画に登場する仙人としての格闘家たち、そこから派生した勝手な妄想

  • もうひとつ小話。安彦さんの歴史漫画と言えば、武田惣角や植芝盛平のような武道家が登場します。ほとんどの登場人物が歴史の歯車に巻き込まれてしまう中で、彼らだけがしがらみから遊離した仙人のような存在として描かれます。現実には優れた武道家だからといって、皆がそのようなジェダイマスターとして生きられる訳はないと思うのだけれど、後戻り出来ない歴史の中で、そのように生きられたらどんなに良いだろう、という祈りめいたものも感じるのです。
  • また脱線しますが、細田昌志『沢村忠に真空を飛ばせた男 昭和のプロモーター・野口修 評伝』を読んで思い付いたことあり。
    • 沢村忠に真空を飛ばせた男―昭和のプロモーター・野口修 評伝―
  • この本は題名通り、後にキックボクシング興行を立ち上げる野口修の評伝なのですが。序盤も序盤、野口家を巡る話がもう面白い。野口修の父、野口進は日本最強レベルのボクサーであり、右翼活動家として若槻礼次郎暗殺未遂事件に関わっていた、というイントロダクション。刑務所で知り合うのが児玉誉士夫。児玉機関の肝いりで上海に渡り、現地での芸能活動を取り仕切ることになる……まー凄い話です。
    • 一試合で莫大な金額を稼いだ人気拳闘家にして、大物政治家を殺そうとした野口進なら、名前と腕力はもちろん、上海を渡り歩く蛮勇があると踏んだ。(p.57)
  • 不謹慎だけど、右翼・政治家・格闘家の大物、怪物が入り乱れる群像劇としての面白さもあります。こういう時代背景に虚実交えた格闘漫画を読みたいという欲望を感じてですね。実は安彦さんが最大の適任者では、と思っています。漫画『虹色のトロツキー』には柔道家、牛島辰熊がチラっとだけ登場します。牛島辰熊と言えばあの木村政彦の師であり、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』でも描かれていた、東条英機暗殺計画に関わったことで知られています。
    • 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
  • ここら辺の人物が大挙登場する、言うなれば格闘技版『ドラキュラ紀元』みたいな作品があったらいいなあ、という与太です。
    • ドラキュラ紀元 (創元推理文庫 F ニ 1-1)
  • 原作:夢枕獏、漫画:安彦さんでどうでしょう。完全な妄想ですはい。
  • 格闘モノではないけれど、『機龍警察』シリーズで知られる月村了衛『悪の五輪』は、オリジナルと実在が交錯する暗黒昭和史もの、という趣あり。原作:月村了衛というのもどうでしょう(しつこい)。
    • 悪の五輪 (講談社文庫 つ 33-2)
  • 本当言うと、安彦さんは書きたいテーマが明確に内側にある作家だと思うので、あまりこんな原作付きなんて形式は取らないとは思いますが。

おまけ

  • いろいろな思索を刺激される楽しい展示会でありました。
  • 以下は当日の写真です。めたくそ暑くて道すがらアイスを食べてヒィヒィ言いながら辿り着いた思い出。

補足

  • 記憶で書いている箇所、近しい記事を貼っておきます。ニュアンスそのまんまの内容を見付けること出来なかったものもあり。意図違うやんけ、という場合はわたしの脳内問題であり、ツッコミ頂ければ幸いです。



以上の内容はhttps://tekkmakk.hatenablog.com/entry/2025/11/01/231656より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14