はじめに
- 士郎正宗の世界展に行ってきました。展示そのものに感じたことと、関連する作品について赴くままに書いてみました。
- 先生は最近はエロ絵描いてばかりのイメージですが、元来は稀有なバランス感覚と先見性の持ち主ですよね、という話です。
士郎正宗の世界展
- 結構長く開催しているので、いつか行けば大丈夫と思っていたら終了間際になり、慌てて駆け込んだ次第です。
- 撮影可能で原画等が展示されていて、それはもう有難やーと拝んできました。修正跡がほとんど見えない独自技法の解説あり、ビビってたじろがされます。そう、士郎正宗作品と言えば解説です。漫画欄外の作者による説明、うんちく書き込み。この展示では、ご本人による解説を多々読むことが出来て、これが一番面白かったかもしれません。
- 作者以外にもゲスト、例えば円城塔さんによる文章寄稿もありました。「だいたいのことは士郎正宗が先行して書いてきたのだが、当時の我々は読み解くことが出来なかった」という旨の文章が掲載されていて、これ本当その通りですわ……と頷いてしまいました(おれが分かってなかっただけ、とも言う)。円城先生は短い文章の中で、「科学万能でも現状に絶望しているわけでもない、テクノロジーと格闘しながらやっていくしかない」という士郎正宗の信条であろう部分にも触れていて、当たり前ですが、さすがやでぇと思いました。
- これもエモ化して語るのは良くない、という留保付きでやはり伊藤計劃さんが存命だったら、どうなったんだろうとは改めて思いました。円城先生と並んでコメント寄せるとか、普通にありえた話だよなーと。
- 作品年表では、きちんと『ガンドレス』(未完成状態で上映された映画)や『邪神ハンター』(青心社から出たエロ小説の挿絵仕事)のことも掲載されていて、これもウヒヒかつ喜びあり。ちゃんと『W・TAILS CAT』(どちゃくそエロい18禁の画集)も展示されていたのですが、ビビったのは士郎正宗先生ご本人の言で「草薙素子と人形使いの話は『W・TAILS CAT』で言及している」と書いてあり。えええ、マジで?おれ一応読んだはずだけど、見落としていたのか……。もっかい読まにゃと思いました。
- 記憶で書いているので、見間違いか誤謬のような不安さえあったのですが、有識者の方から言及が。ありがとうございます。ラピュタは本当にあったんだ……。
- sTwoJapanのポスト
士郎正宗『攻殻機動隊』のその後が気になる方は、氏のエロ画集『W・TAILS CAT』や『GREASEBERRIES』を買って熟読するのです…シレッと情報が混在してます…18禁です…
- 他の方も書かれていたのですが、先生が創作活動を振り返って「宝くじに当たったようなもの」という言葉、謙遜だけでない御本人のリアルな感慨なのかもしれないと思いました。青心社という関西のマイナーな出版社からSF漫画でデビュー。普通に考えればメジャーで大活躍するコースではない筈。でもヤンマガでの『攻殻機動隊』の掲載から、押井監督によるアニメ映画の望外なヒット。TVシリーズのSTAND ALONE COMPLEX(作品の方向性は別として)による認知の掘り起こし。一読者の感想に過ぎないけれど、先生はあまりこの成功に驕るわけでもなく、自分の出来るスコープはこれぐらい、と定めて仕事をされて来たようにも見えます。
- 売れておかしくなる人も多々いる世界で、これ今となれば奇蹟的なバランス感覚なのではないかしら。作品にもこういう抑制があって、尖った漫画を書きながら、あまりラディカルな論に寄りかかり過ぎない。『アップルシード』2巻で書かれた人間の自由意志を巡る話にもこの姿勢を見ることが出来るのではないでしょうか。AIを人間と対立するものと見なしていない。これが1985年の眼差しって凄すぎません?(それはそれとして、5巻はいつか読めるのでしょうか……という思いはあるのですが……)
- あとそうだ、士郎正宗先生が最近買った漫画は諸星大二郎、大暮維人、Boichiと書いてありました。これ、Boichi先生めちゃくちゃ嬉しいんじゃないかなあ。あと大物から必ずと言ってよいほど名前あがる諸星大二郎の凄味よ。
海野十三と日本SF
- 士郎正宗展のチケットで、同じ場所で開催されている「海野十三と日本SF」という企画展示も見ることが出来るので立ち寄りました。
- わたくしはさすがに海野十三先生の作品を直接は読んでおらず、横田順彌さんの著作を通して知っていた程度のニワカ者。そんな人間でも興味深く閲覧させて頂きました。
- ミステリから出発し、空想科学小説の嚆矢として活躍。戦時中は日本の勝利を信じ軍国主義的な作品も執筆したものの、従軍作家としての体験により決定的に体調を崩す。またこの時に「科学で日本は負ける」と感じたと言い、内地に戻ってからは日本が勝利するといった言は少なくなったという。戦後は公職追放の憂き目にあい、一時は本人は断筆どころか一家心中まで考える。周囲の説得で断念するも、結局は体調悪化により亡くなる。
- ……あまり人様の人生を簡単に物語化してエモ読みするのは憚られるべきと思いますが、科学の進歩と日本の勝利を信じた作家が、従軍体験を通して「科学で負ける」と感じたという逸話、なんとも言えぬ気分になります。
- 後年、彼が空想科学フィクションの書き手として期待していたのは手塚治虫とのこと。そこから手塚治虫、星新一、小松左京、筒井康隆といった日本SF黎明期の世代の展示もあり。年齢的に自分は完全に後追いなのですが、娯楽が少ない郊外暮らしの中高生の頃、近所の図書館に足繁く通い、彼等の著作に触れたのがSFの原体験という思い出があります。
- この流れは同館の2Fで開催されている士郎正宗に繋がるわけで、前述した円城塔さんの文章含め、すべては果てしなき流れの果に、円環の理にあるんだ!という、垂直立ち上げ的なエモが沸き上がった体験でした。
- 展示を長々と見て、異常に空腹を覚え、駅前のとんかつ屋さん「いちふじ」で晩御飯を頂く。上品で大変美味しうございました。珍しくお店の人に「美味しかったです」と伝えたぐらい。また行きたい。
おまけの与太
士郎正宗『攻殻機動隊』について

- 初めて触れたのは近所の本屋で立ち読みした時だったと思います。ペルソナ・ノン・グラータ、光学迷彩、低速軟弾頭……全てが目新しくこんなん見たことねえ!とその場で買って夢中になった記憶があり。
- その本屋、思い出すに通常の漫画はパックされて読めなかったけど、『攻殻機動隊』や『ファイブスター物語』、サイバーコミックスみたいな版型が異なるものは立ち読みが出来たのです。対応するのが面倒だったんでしょうね。金のない門前の小僧はいそいそと立ち読みに耽り、オタオタしく育っていったのです……hahaha。
- 当時、同級生の友人が『サイレントメビウス』にハマっていて、どんなもんじゃろうと読んだのですが、洋画やSF小説からルックやアイデアだけ引用してオカルトと美少女で引っ張るというのが肌に合わず「これは本当の戦いではない……」とかよく分からない拒絶感を抱いていました。
- そんな時分に出会った攻殻機動隊はクリティカルで、これはUWFや、キック、サブミッション、スープレックスで構成するハーコーな新時代プロレスや!と盛り上がったのです。正直言うと雰囲気に圧倒されていただけなので、内容はほとんど理解できていませんでしたね。今だってだいぶあやしいものです。
- キッズの頃は何故かこういう訳の分からない自分内の宗教戦争、真贋論争、何が本物でなにが偽物か、ヤオガチ論みたいのに拘泥してしまう。今となっては何にそんな必死だったんだ……と訝しく思います。んあー。
- 『サイレントメビウス』は後年になって読み返してみると別に拒絶感もなく、オカルト伝奇美少女漫画として楽しめました。角川お家騒動で展開がガチャガチャしたような曖昧な記憶あり。
- 一方、今の士郎正宗先生はエロい絵ばっか描いてるで、とボンズだった自分に教えてやりたい。『邪神ハンター』とかありましたねえ……(遠くを見る眼差しで)
士郎正宗『アップルシード』について(ネタバレあり)

- ちょうど『アップルシード』を読み返していて。これどういうストーリーか分かってました?ぼかーね、何度か読んでおきながら全然分かってなかった!
- ランドメイド(強化装甲服)とか銃器の扱い(移動時にトリガーに指を添えていないとか)がカッコイイとか、あと女性キャラクターがエロくて可愛いとか、そんな目線でしか読んでこなかったのです。今回読み返して、こんな話やったん……と瞠目させられて。
- 特に2巻、これ自分の感想だから間違ってたら突っ込んで欲しい。
- バイオロイド(人造人間)が自分たちと同じように人間も心身の制御を行うべきだという提案を行う
- AIはこの提案を審議し、科学により管理されるこの環境そのものが人間の本意ではない、と判断する
- バイオロイドの排除のため多脚砲台を利用した攻撃を開始する
- 主人公たちはAIの意図を知りながら、攻撃を止めようとする
- これかなり捻った展開じゃないですか?よくある人間vs人工知能って話ではなくて。「AIが人間のために人造人間を排除しようとする、そのAIを人間が止めようとする」という構図。そもそも人間の自由意志がそんなに尊いものなのか?抑制しなければ社会は機能不全に陥っていく、という疑義が前提にある。これを提案するバイオロイドたちが悪役でも何でもない、真摯な哲学者のように描かれる。だから地産制限した方がいいよ、という話ではなく、それでも主人公たち人間は自由意志でAIを停める、そこが肝なんですけどね。
ダン・シモンズ『ハイペリオンの没落』について(ネタバレあり)

- うろ覚えなんだけど、どこでもドアのようなワープ装置があって、しかし実はそれはAIの陰謀でドアを通るたびに脳内がスキャンされる、みたいな話じゃなかったっけ?あってる?
- 合ってるよ、テクノコアというAI群がいて、究極の知性を作るために人間を利用していたという話。あとアウスターズという生命体が出てきて、人類の敵だと思っていたら、実は別進化した人類だったという展開。これちょっと『翠星のガルガンティア』を思い出すネタじゃない?
- 人類はテクノコアと対立してサーバを止めようとするんだけど、クラウドサーバだから実体がどこにあるか分からない。分かったとしてもワープ航法だとテクノコアに探知されてしまう。どうすればよいんだー!ってなった時に、なんとアウスターズが助けてくれる。彼らはデータセンターを遥か昔に突き止め、ワープではなく通常航法によって到達していたのだ!うーん、最高にブチあがる展開やね。
- いま思うのは、衒学的な装いとは裏腹に、意外にロマンティックで人間性を高らかに肯定する話なんだなということ。アウスターズはGAFAによる管理社会を良しとせず、ネットに接続せずにオライリーの本片手にコーティングするホワイトハッカー、西武開拓者のような浪漫を感じますよ。
ダン・シモンズ『殺戮のチェスゲーム』について(ネタバレあり)

- シモンズの『殺戮のチェスゲーム』は人の心を操る吸血鬼(コードギアスみたいなやつ)に自由意志で立ち向かうという小説で、まー作家の共通モチーフとも言えるし、当時の普遍的なテーマであり、エンタメの黄金パターンとも言えますね。
- 未だに覚えているのは小悪党みたいなキャラと美人秘書(だったと思う)のロマンス。意外に小悪党、改心して吸血鬼に立ち向かうのかと思っていたら、土壇場で心が折れてしまい、美人秘書を売り渡してしまう。ちょっと『1984年』の恋人を捨ててしまう展開に似ている。
- 『ハイペリオン』にしろ『殺戮のチェスゲーム』にしろ、意外なほどヒューマニズム賛歌で、はっきり言うてわたくしこれ嫌いじゃない。ただ現在の感覚からすると、AIに対する眼差しとか、素朴と言えば素朴ではあります。
オースン・スコット・カード『エンダーのゲーム』について(ネタバレあり)

- エンダー、今考えると凄いのはむしろオチより日常部分。 天才兄妹が世論を操作するために、それぞれ右翼ブログとリベラル論を投稿している。結託して敢えて対立するような論陣を張っているわけですね。子供が書いているとは知らない父親があのブログは凄いとか食事の時に褒め出し、なんとも言えない気まずい気分になる……という。
- 言い尽くされていると思うけど、これを1985年に書いてるの凄くない?ガジェットの先見性とかじゃなくて、未来で変わるもの、変わらない人間の関係性の両方描いているということですね。
- 庵野先生は普通に『エンダーのゲーム』がエヴァの元ネタと確かSFマガジンの大森望との対談で語っていたはず。バトルスクールもの、という意味では今更ながらトップをねらえにも影響しているのでは。どんだけカード好きなんだ。
改めて士郎正宗の先見性
- こうして連想ゲームしてみると、エンダーと同時期、ハイペリオンより前に『アップルシード』書いてるの、改めて凄いと思います。並べるとこんな感じですよ。
- アクション漫画の枠でこれほどの思弁SFをものにした士郎正宗先生が、今やエロ絵ばかり描いてるってのも凄い……。それこそが人間の自由意志の尊さということでしょうか。
未だAIにない衝動、その尊さ

- 武田スーパーこと牛牛牛先生が漫画『だれでも抱けるキミが好き』で、どうしても3Pエロ展開が描きたいから、連載をやり直したことあったでしょう。ああいいうの感激するんだよな。未だAIにない衝動、おれはこれが書きたいんだ!というシャウト、自由意志に心揺さぶられるんだな……。
- あー思えばこうやってマークダウン形式でダラダラ書くのが好きなのは、オコガマシイ話ですが、ほのかに士郎正宗先生のうんちく語りの影響なのかもしれません……。おしまい。




