有斐閣オンラインの成瀬剛=藤井康次郎=横田明美「〔鼎談〕電磁的記録提供命令の創設」を読んだので、感想を書いていきます。
(2025/8/30:斜体で加筆修正しました。)
- 「曖昧な根拠(注:捜査関係事項照会)よりは、きちんとした法的な根拠のもと、令状に基づく形でデータを取得されるほうが「まだまし」であり、従前よりもデータの取得手続が適正になった点が、電磁的記録提供命令の意義として大きいのではないか」(横田、¶026)とあるが、捜査機関は相手方が捜査関係事項照会に応じない場合に限って電磁的記録提供命令を使うのであって、必ずしもデータ取得手続の適性性が向上するするわけではないのではないか。
- 「…刑事訴訟法の適用がある場面では、刑事訴訟法が「特則」となり、行政情報法としての一般規定は適用除外となって後景に退くことになる(刑訴53条の2)のですが、刑事訴訟法の世界からひとたび外れると(警察行政法としての特則があれば別ですが,そうでない限りは)一般の行政過程と同様に行政情報法の議論をすべきですし、また行政組織法の議論にもなります。」(横田、¶032)には強く共感する。付け加えるとすれば、刑訴法が(個情法との関係で)十分な代替的なセーフガードを提供しないのであれば、裁判所は、憲法13条に基づき、刑訴法53条の2第2項を無効とすべき(その適用を制限すべき)場合があるのではないか。
- 「(注:EUの対日十分性認定においては、警察による個人データ処理について)国家公安委員会や都道府県公安委員会等が様々な形で監督をしていることになっているのですが、それがデータ保護の観点で十分な監督といえるのか、というのは疑問があるところです。」(横田、¶033)、「…EDPB(European Data Protection Board)のレポート等で、ガバメントアクセスと警察におけるデータ保管について、毎回かなり厳しい追及がなされています。それに対する日本国側からの説明では、都道府県公安委員会による監督がなされているから大丈夫である、という趣旨のことが書かれていますが、公安委員会による監督や監査がどのように行われているのか、その実質は本当にどうであるかについては、よく分からないままです。今回の電磁的記録提供命令ができたことによって、ますますこれらの規律の欠缺が問題になる状況になったといえます。」(横田、¶104)とあるが、常勤者がおらず、独立の事務局はなく、活動報告書も公開されていない現状にあって、十分性認定の有効性が争われた場合、これを維持することは相当に困難であろう。
- 「制度として間接強制を組み込む必要性があるのは間違いないですし、あってしかるべきだと思うのですが、実際の運用として濫用になる危険性は極めて高いのではと危惧しております。この状況に対応するような制度的な安全装置、例えば、当該事案につき間接強制を課してまで命じることの経緯等が適正だったかどうかを、一定の守秘義務を負った上で調査する権限を持つ監査機関の設置等がないまま導入され活用されていくことについては懸念を持っています。」(横田、¶066)は、上記に関連する重要な指摘である。
- 「この(注:秘密保持命令に関する最大1年の)期間制限が入ったことの意義は、非常に大きいと考えます。」(横田、¶036)とあり、同感でありつつ、秘密保持義務を解除するだけで、本人への通知義務を課さない(または捜査機関が通知しない)のであれば、不服申立ての機会が保障されることにはならないのではないか。
- 「(注:EUにおいては)データ提供命令をかけるという段階になってから保全命令を出すだけではなく、平時からのデータ保持義務のようなものを設けなくてよいのか、議論になっています。日本でも、誹謗中傷対策などでプロバイダに一定期間データを保持することを求めるべきか議論になっていることが報道等からは窺われます。」(藤井、¶060)とあるが、これについては、ログ保存WGにおける電通個情GL解説改正案についてを参照。GL解説改正案は、発信者情報開示を前面に押し出しているが、真の目的は捜査関係事項照会・電磁的記録提供命令であろう。
- 「企業としては、やはり命令の中身が、具体的な捜査の内容に照らして必要かつ相当なものになっているのか、捜査目的が適切なものであるのか等、精査せざるを得ないと思います。」(藤井、¶067)とあるが、令状の記載次第であるが、そのような精査が事実上困難となることも十分に考えられるのではないか。むしろ、そのような状態で、令状審査を経たからと、容易に大量のデータが提供される事態こそが危惧される。
- 「電磁的記録提供命令を受けた回数や、実際に命令に応じてデータを提供した数等を、一切公開できないとなると、企業としてなかなか厳しいですよね。秘密保持命令の趣旨からすれば、あくまで「当該事件の捜査との関係で被疑者側にばれてしまうと困る」という範囲に守秘義務が限定されないと、筋が通らない。しかし、ここをきちんと明確にしておかないと、実務では、件数開示も避けてください、秘密にしてください、と要請されそうな気もします。」(横田、¶070)という懸念は、極めて現実的なものであろう。
- 「今回の刑事デジタル法において、提供命令の対象となるデータの主体(企業にとっての顧客)は、電磁的記録提供命令の利害関係者という位置付けになりますので、提供命令の被処分者である企業だけでなく、データ主体(顧客)も自ら提供命令に対して不服申立て(準抗告)をすることができます。/もっとも、捜査機関からデータ主体に対して電磁的記録提供命令を執行した事実を通知する規律は設けられていません。なぜなら、現行刑訴法は、被処分者のほかに当該処分に利害を有する者がいるとしても、その者に処分実施の事実を伝えることまではしないという考え方を採用しているからです。現行法の下で、捜査機関が企業に対して記録命令付差押えを実施し、顧客のデータを取得したとしても、顧客(データ主体)に当該処分の実施を通知してきませんでした。このような従前の考え方を、今回の刑事デジタル法も引き継いでいるということになります。」(成瀬、¶077、078。¶112も参照。)は、今回の立法の問題点を浮き彫りにしていると思われる。すなわち、今回の立法に先立つ法制審刑事法部会においては、「現行法は強制処分についてこの程度の手続保障で足りるとしているのだから、新たな強制処分についても同等の手続保障で足りる。」という趣旨のロジックが多用されていた(第11回、第12回、第15回)。しかし、個人データ保護の観点からは、そもそも現行刑訴法が十分なものか自体が疑わしい上に、その点を措くとしても、今回の立法が、「刑事訴訟法に新たな強制処分を1つ加えただけ」にとどまらず、「データそのものを対象とする強制処分を初めて導入し、間接強制付きで執行できるように」するもの(成瀬、¶148)であるとすれば、少なくとも電磁的記録提供命令について、追加的なセーフガードを課すことは考えられて然るべきではなかったか。
- 「追加的なセーフガード」を考えるに当たっては、そもそも令状審査は構造的問題に対しては効果的とは言えないという山本龍彦の指摘にも留意すべきである。
- 「仮に捜査機関によるデータ主体への通知の仕組みを設けるとすれば、電磁的記録提供命令に限らず、全ての捜査手法について同様の仕組みを設ける必要がありますので、捜査法全体の体系を踏まえて慎重に検討する必要があると考えられたのだと思います。」(成瀬、¶090)とあるが、仮にそうであるとすれば、「慎重な検討」が済むまでは、法案提出自体を見送るべきではなかったのではないか。
- 「今回の刑事デジタル法の立案過程において、個人情報保護法に詳しい先生の関与が全くなかったことが悔やまれます。今みたいな話を1回、法制審議会等でゲストでもいいから、越境データ問題にお詳しい先生を招いて議論していれば、これらの問題にすぐに気が付いて、外国企業に対する執行はどうなるのですかという質問もおそらくはされていたのではないかと思います。先の警察とプライバシー権との関係もそうですが、憲法の先生やデータ保護の実務家の関与など、抜けている視点があまりに多い気がしてきました。」(横田、¶132)は、同感である。今回の法制審刑事法部会は、構成員20人のうち、法務省6人、裁判所3人、検察庁1人、警察庁2人、法制局1人(検察出身者)、刑法学者2人、刑訴法学者4人、弁護士2人(刑事弁護の専門家1人(久保有希子氏)、被害者支援専門家の1人(澤尚美氏))であり、個人情報保護委員会の関与はなく、命令を受けるであろう事業者の利益を代表する構成員は不在であり、20人中たった1人の刑事弁護の専門家が個人データ保護も語らざるを得ない状況であった(名簿)。「法務省で開催された検討会及び法制審部会には、法務省デジタル統括アドバイザーの方も関与しておられた」(成瀬、¶137)とあるが、進京一氏は、ITコンサルタントであって、情報法の専門家ではない(プロフィール、検討会における進氏提出資料)。少なくとも、委員は公正に選定すべきであるし、それができないというのであれば、法務省刑事局自体におけるノーリターンルールの採用等も検討する必要があろう。また、個情委は、今後、この種の立法の立案過程への関与を要求し、法務省が十分な代替的セーフガードを含まない立法を提案した場合、(最終手段としては)内閣に対しこれを修正するよう働きかけるといったことも考えるべきであろう(JILISレポート14頁とその注138参照。)。
- 一方で、「刑事訴訟法の研究者も、刑事手続における憲法上の権利や情報の取扱いについては日頃から研究して」いるという指摘(成瀬、¶137)は、情報法の側からの刑訴法学への問題提起が不足していることの裏返しであるようにも思う。つまり、「特則の存在に甘えて何も規定しない、検討しないことが行政法側も刑訴法側も常態化してい」る(横田、¶145)。今後検討を深める必要がある。