こんにちは、SmartHRでアジャイルコーチをしている@wassanです。
2026年2月18日、製薬アジャイル勉強会でSmartHRにおける組織アジャイルの実践についてお話ししました。前半はスクラムのスケーリングをテーマに語りながら、後半では「感情知性」(EQ)という一見アジャイルから遠いテーマを取り上げました。会場ではこの組み合わせに違和感を覚えた方もいたかもしれません。
なぜ、スクラムのスケーリングとEQがつながるのか。当日の内容をふりかえりながら、あらためて自分の考えを整理してお伝えします。
SmartHRで起きていたこと
SmartHRの労務ドメインでは2025年、急成長する組織の中で「チームの判断は正しいのに、全体がうまく機能しない」という問題が顕在化していました。各チームがそれぞれ最適な判断をしていても、全体の方向性とのズレ、チーム間依存の増大、技術的負債の蓄積が起きていたのです。
これは個々のチームのスクラムの問題ではなく、組織運営の問題でした。
解決策として、労務ドメインのリーダーとともにScrum@Scaleをベースとした組織変革に取り組みました。チーム・エリア・ドメインというどの階層においても、プロダクトオーナー(PO)が価値と優先順位に責任を持ち、EMがデリバリーと技術の責任を持つ「フラクタルな構造」を設計しました。トップダウンの戦略とボトムアップの学びが定期的に交わる場として、メタスクラムを導入しました。現場での気づきを起点に、戦略の創発的な進化を促すことが目的です。

半年の実践を経てリーダー全員でふりかえった結果、ドメインレベルのOKR進捗の共有やボトルネック解消に向けた議論がスムーズになり、組織横断での支援が自然に起きるようになったことを実感しました。一方で、中長期の技術的負債への対処が「議論止まり」になりやすいという課題も見えてきました。こうした「検査と適応」を組織レベルで回し続けることが、アジャイルをスケールする本質だとあらためて実感しました。
アジャイルコーチとして感じてきた変化
この1年、SmartHRの組織開発を支援するなかで、アジャイルコーチという仕事が大きく変わってきていることを肌で感じています。
チームレベルのスクラムイベントの運営やチームビルディングに関する支援を求められることが、ほとんどなくなりました。理由はシンプルです。情報はネットにあふれ、AIがプロセスに関する問いに即座に答えてくれるようになったからです。わざわざアジャイルコーチに依頼しなくても、隣にいるAIの方がよほど身近で頼りになる存在になりつつあります。
Scrum@Scaleの実践においても、SmartHRのリーダーたちの自律は驚くほど早かったです。初期こそスケールドイベントの設計やファシリテーション支援が必要でしたが、その後はリーダーが自分で設計・ファシリテートし、組織運営を回すようになりました。今後も現場で困ることはあるでしょうが、そのときもAIがリーダーの問いに素早く答えてくれるはずです。
プロセス改善を支援するアジャイルコーチの役割は、確実に縮小しています。
では、アジャイルコーチには何が残るのか。何が求められるのか。
ヒントとなるアジャイルテクノロジースタックとEQ
勉強会の後半では、ジェフ・サザーランド博士の「アジャイルテクノロジースタック」とEQについてお話ししました。
博士が提唱するアジャイルテクノロジースタックとは、チームや組織がAIを使いこなすためには、自己や他者の感情を認識・活用する力であるEQのようなソフトスキルがベースとなり、その上にスクラムやScrum@Scaleといったプロセス、さらにその上にAI活用がある、という考え方です。

つまり、AIとスクラムの真価を引き出すためには、一人ひとりの「挑戦と学びを通じて能力は伸び続ける」というグロースマインドセットや共感・対話の力という土台が必要だということです。逆に言えば、その土台がなければ、どんなに優れたAIツールやスクラムのプロセスを導入しても、組織としての真の力は発揮できません。
ここで、重要な気づきを共有したいと思います。
これまでアジャイルコーチの仕事は、プロセスの支援と、共感・対話の質を高めるEQ開発の支援の両方を担っていました。しかしAIがプロセスの部分を担うようになった今、人間のコーチにはEQという本質だけが残されるのではないでしょうか。これは危機ではなく、アジャイルが本来大切にしていた「人と対話」というアジャイルの価値への回帰かもしれません。
AIの進化が急加速し、AI自体がスクラム実践をサポートするようになった今、アジャイルコーチが真に支援すべきなのはメンバーやEMのEQ開発ではないか。私はそう考えるようになりました。
勉強会では、EQ開発に組織全体で取り組むAWSの事例や、「EQのないIQは、IQの無駄遣い」とAI時代におけるEQの重要性を語ったMicrosoft CEOのサティア・ナデラ氏の言葉を紹介しながら、SmartHRで進めているEQ開発の取り組みをお伝えしました。具体的には、EQの体系的な理解、360度アセスメント、EQ向上を目的としたコーチング実践を組み合わせたトレーニングをPdE組織のマネージャーを対象に行っています。
AI時代に、EMがコーチに期待すること
EQトレーニングは昨年から開始し、現在、第3回目となるEM向けトレーニングを企画中です。参加予定のEMに事前ヒアリングを行ったので、その結果を共有します。
印象的だったのは、優秀なEMたちが共通して同じ問いを抱えていたことです。
「答えを持っているマネージャーとしての役割はできている。でも、メンバーのありたい姿(Will)を引き出し、自律的な成長を促すことが十分にできていない」
「開発やコードの書き方を教えることはAIができるようになる。これからマネージャーに求められることが何なのか、まだ答えが見えていない」
どちらも、メンバーとの信頼関係を築いている実力のあるEMです。それでもこれほど切実な問いを抱えている。
ここに、AI時代の本質的な組織課題が見えてきます。
SmartHRに限らず、AIの急速な進化に伴い、多くのEMが以下のような課題を感じています。
- 技術進化の速さに不安を感じるメンバーに対して、安心感を与え、新しい働き方への挑戦をうまく促せない
- 一人でAIと向き合う時間が増える一方で、メンバー同士の対話が失われ、チームの空気が徐々に悪くなっていく
- POやセールス組織と開発チームの連携がますます重要になるが、ステークホルダーとの対話の質を高め、コラボレーションを促進することがうまくできない
AIはチームビルディングの方法を即座に教えてくれます。心理的安全性の作り方、効果的な1on1の進め方、メンバーのWillを引き出す対話の技術など、EMがAIに聞けば、完璧な答えがすぐに返ってきます。
でも、こうした対人スキルは、答えを知っているからといって実践できるとは限りません。
EMが向き合っているのはスクラムのプロセスの問題ではなく、「自分はAI時代のリーダーとしてどうあるべきか」というアイデンティティと役割の根本的な問い直しです。
AIが「答えを知っていることの価値」を下げていく中で、EMに残される仕事とは何か。メンバーの挑戦を後押しする心理的安全性の創出、チームとステークホルダーの対話を通じた意思決定の質の向上、メンバーのWillとグロースマインドセットを引き出すこと——これらはすべて、EQの領域と重なっています。
ヒアリングに参加したEMからは、AI時代のリーダー像を模索しながら、メンバーを支援するスキルを身につけるためにEQトレーニングに期待しているという声が聞かれました。
アジャイルテクノロジースタックが示す通り、AIとスクラムの真価を引き出す土台は、一人ひとりの感情知性にあります。その根本を育てることが、人間のコーチにしかできない仕事として残っていくのではないでしょうか。
アジャイルコーチこそ、アジャイルに自分を変化させたい
アジャイルコーチとしての仕事が減ってきたことに、正直ドキドキしていた時期があります。でも今はむしろ、AIが「自分が本当にやりたいことにフォーカスする」背中を押してくれたとも感じています。
AI時代においても、「不確実性の中で人と対話しながら適応し続ける」というアジャイルの価値は色褪せず、むしろより重要になります。
変わるのは、コーチの役割です。プロセスの支援はAIに任せ、人間のコーチだからこそできるEQ開発に軸足を移す。具体的には、不確実性の中でもブレない自分自身のWillを持ち、他者への共感に基づいて対話できるリーダーを育てること。そうした「人」づくりを通じて組織に貢献することが、私の次のテーマです。
AIがコードを書き、チームのプロセス改善を支援する時代、アジャイルコーチは「プロセスの専門家」から「組織の人間的な土台を作る専門家」へと進化できると思っています。SmartHRのEMが「まさに今必要なトレーニング」と言ってくれた言葉が、その確信を与えてくれました。
今回は、私と同じように、アジャイルコーチやスクラムマスターとして自身のキャリアをどうしようかと悩んでいる方に向けて、今の自分の考えを率直に語ってみました。同じような問いを持つ方の、何かのヒントになれば嬉しいです。
SmartHRは、激動のAI時代において、組織全体でEQを高めながら、AIと人間が協働するよりアジャイルな組織を目指していきます。
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