
こんにちは、プロダクト部 部長の稲垣です。(自己紹介やこれまでのキャリアについて↓をご覧ください。) tech-blog.rakus.co.jp
昨年、「オペレーショナル・エクセレンス――業務改革(BPR)の理論と実践」を読み、2026年に入り、たまたまイベントで同じ話題があったので、自分なりに整理するために記事を書こうと思います。
- 1. はじめに
- 2. 優良企業が持つ「3つの価値基準」
- 3. なぜPdMは「オペレーショナル・エクセレンス」を軽視するのか
- 4. PdMが再定義すべき3つの戦略アプローチ
- 5. プロダクトマネージャーは「機能」ではなく「利益構造」を作る
1. はじめに
アメリカのコンサルタントであるマイケル・トレーシー氏とフレッド・ウィアセーマ氏が1995年に著書『ナンバーワン企業の法則』の中で提示されている、優良企業に共通する3つの戦略的指標として以下を挙げています。
- カスタマー・インティマシー 良い顧客をつかむ
- プロダクト・イノベーション 良い製品を生む
- オペレーショナル・エクセレンス 業務で利益を生む
「プロダクトマネージャー(PdM)」という職種において、自分として憧れるのはいつだって「プロダクト・イノベーション」です。
iPhoneのような革命的なデバイス、あるいはChatGPTのような世界を変えるAI。誰も見たことのない機能を実装し、技術力で市場を圧倒する──。そんな「製品の力」で勝つストーリーは魅力的ですし、PdM冥利に尽きると感じています。しかし、あえて厳しい現実を直視するところから始めたいと思います。
今の日本の市場環境において、「プロダクト・イノベーション」だけで勝ち続けられる企業がどれだけあるでしょうか?
機能はすぐに模倣され、技術的な優位性は瞬く間にコモディティ化します。初期の先行者利益は、後発の大資本や、より効率的な組織にあっという間に差を詰められてしまうのが常です。
私はこれまでの経験を通じて、感じていることがあります。 事業を継続的に存続させ、さらに成長させるために真に必要なのは、派手なイノベーションよりも、「オペレーショナル・エクセレンス(業務の卓越性)」である、と。
今回は、書籍『オペレーショナル・エクセレンス』(田中陽一 著)などで語られる「3つの価値基準」というフレームワークを補助線に、これからのPdMが持っているとよいのでは?という考え方についてまとめます。
2. 優良企業が持つ「3つの価値基準」
まず、企業の競争優位性を語る上で欠かせない「3つの価値基準(The 3 Value Disciplines)」について整理してみます。マイケル・トレーシーらが提唱したこの理論では、市場のリーダー企業は以下の3つのうち「どれか1つ」に卓越しており、他の2つでも「業界平均以上の水準」を維持しているとされます。
1.プロダクト・イノベーション(Product Innovation)
- 価値: 「製品」そのものが最高であること。
- 特徴: 最新技術、革新的な機能、デザイン性。他社には作れない製品を市場に投入し続ける力。
2.カスタマー・インティマシー(Customer Intimacy)
- 価値: 「顧客との関係」が最高であること。
- 特徴: 顧客ごとの個別ニーズへの対応、手厚いサポート、長期的なパートナーシップ。「私のことを誰よりもわかってくれる」という信頼。
3.オペレーショナル・エクセレンス(Operational Excellence)
- 価値: 「業務プロセス」が最高であること。
- 特徴: 低コスト、便利、早い、正確、ストレスフリー。購入から利用までのプロセスが極限まで効率化・標準化されている状態。
なぜ「3つ全て」を目指してはいけないのか
「最高の製品を、最高のサポートで、最安値で提供する」。 一見理想的に見えますが、リソースが分散し、全てが中途半端になる「スタック・イン・ザ・ミドル(どっちつかず)」の状態に陥ります。ここで重要なのは、「自分たちの勝ち筋はどれか?」を明確に定義することだと感じています。
そして、多くのWebサービスやSaaS、B2Bプロダクトにおいて、最も再現性が高く、かつ強固な競合優位性となり得るのは「オペレーショナル・エクセレンス」なのではと感じています。
3. なぜPdMは「オペレーショナル・エクセレンス」を軽視するのか
多くのPdMは、どうしても「①プロダクト・イノベーション」にリソースを割きたいと感じますし、自分もこれまでそうでした。「新機能」「AI活用」「特許技術」といった言葉は魅力的です。
一方で、「オペレーショナル・エクセレンス」は地味です。 業務フローの標準化、マニュアルの整備、オンボーディングの自動化、問い合わせ削減、API連携の強化……。これらは「機能」としてプレスリリースを出しにくく、ユーザーの目にも止まりにくい。
しかし、顧客がサービスを選ぶ理由を因数分解してみます。 特にB2Bや実用系サービスの場合、顧客の本音はこうです。
「すごい機能はいらないから、迷わず使いたい」
「担当者と仲良くしたいわけじゃなく、面倒な業務を早く終わらせたい」
「導入コストが安くて、社内稟議が通りやすいものがいい」
これらは全て、製品の「革新性」ではなく、提供プロセスの「卓越性(オペレーショナル・エクセレンス)」に対するニーズです。
オペレーショナル・エクセレンスは「守り」ではなく「最強の攻め」
オペレーショナル・エクセレンスを「コスト削減(Cost Cut)」と混同してはいけないと感じています。オペレーショナル・エクセレンスとは、「競合が模倣できない仕組み」そのものです。
例えば、ある企業が素晴らしい新機能をリリースしたとします。競合他社は、その機能を3ヶ月あればコピーできるかもしれません。 しかし、その企業が持つ「誰が売っても売れる営業プロセス」「問い合わせが来ないほど洗練されたUI」「ミスが起きない開発フロー」といった裏側のオペレーションをコピーするには、数年単位の組織変革が必要になります。つまり、オペレーショナル・エクセレンスこそが最も深い「Moat」になるのでは?と思います。
4. PdMが再定義すべき3つの戦略アプローチ
では、オペレーショナル・エクセレンスを軸に据えたとき、PdMは具体的にどう動くべきか? 「3つの価値基準」を再解釈し、PdMのアクションプランに落とし込んでみます。
① オペレーショナル・エクセレンス戦略:
テーマ:「摩擦ゼロ(Frictionless)」と「標準化の強制」 ここでのPdMのミッションは、「顧客が製品を知り、使い始め、定着するまでのコスト」を極限まで下げることです。
徹底した標準化(Config, not Custom): 顧客の「あれもこれもできる」という要望に応えるのは、一見親切に見えて、実はオペレーショナル・エクセレンスを破壊します。PdMは勇気を持って「No」と言わなければなりません。「業界のベストプラクティスはこれです」と提示し、顧客の業務をプロダクトに合わせて変えてもらう(標準化する)。これにより、開発・保守・サポートのコストを劇的に下げ、その分を価格や品質に還元するのです。
「自走型プロダクト」の実現: 営業やCSが説明しなくても使えるUI/UXを目指します。マニュアルを読まなくても直感的に操作できること。これが究極のオペレーショナル・エクセレンスです。「サポートが手厚い」ことよりも、「サポートがいらない」ことの方が、現代においては価値が高いと感じます。その状態において+αのサポートこそ武器となると感じています。
② カスタマー・インティマシー戦略:
テーマ:「スケーラブルな親密さ」 オペレーショナル・エクセレンス重視の場合、一対一のベタ付き対応(ハイタッチ)はコスト構造上できません。しかし、インティマシー(親密さ)を捨てるわけではありません。「データと仕組み」で代替するのです。
データドリブンな先回り: 「最近ログインしていない」「特定の設定で詰まっている」といった状況をデータで検知し、自動でフォローメールを送る、あるいは画面上にガイドを出す。人間が電話をかけるのではなく、プロダクトが「あなたのつまずきに気づいていますよ」と語りかける設計です。
コミュニティの活用: 顧客同士が助け合う場を作ること。これも、企業の工数をかけずに顧客満足度(所属感)を高める高度な戦略です。
③ プロダクト・イノベーション戦略:
テーマ:「入力ゼロ(Zero Input)への進化」 ここでのイノベーションは、「新しいことができる」ではなく「やらなくていい」を作るために使います。
「作業の消滅」を目指す: AIや新技術を導入する目的はただ一つ。「ユーザーの作業を減らすこと」です。 例えば、精度の高いAI-OCRを入れるのは、「すごい技術」を見せるためではなく、「手入力」という不快な作業を消し去るためです。
UXのモダナイゼーション: 機能表には載らない「サクサク動く」「スマホで見やすい」といった品質(非機能要件)への投資です。これは地味ですが、レガシーな競合に対する強力なイノベーションとなり得ます。
5. プロダクトマネージャーは「機能」ではなく「利益構造」を作る
これからのPdMに求められるのは、単に「仕様書を書くこと」でも「アジャイル開発を回すこと」でもありません。 「プロダクト、顧客対応、業務プロセス、これら全て(End-to-End)を含めた『勝てる仕組み』を設計すること」です。プロダクト・イノベーションだけで勝てる企業は、私が知る限りでは少ないように感じています。 一方で、オペレーショナル・エクセレンスを極め、そこに適切なインティマシーとイノベーションを組み合わせている企業は、不況下でも強く、利益を出し続けているように感じます。
結論:オペレーショナル・エクセレンスはあらゆる現場で必要である
「うちはイノベーションで売っているから関係ない」 そう思う現場こそ、私の経験上では危険なように思います。イノベーションで一時的に注目を集めても、それを顧客に届けるプロセスが非効率であれば、利益は出ません。サポートがパンクし、開発がバグ修正に追われ、やがて組織が疲弊します。 逆に、オペレーショナル・エクセレンスという強固な土台があれば、そこで生まれた余剰リソース(金・人・時間)を、次のイノベーションへの投資に回すことができます。オペレーショナル・エクセレンスは「守り」ではなく、「次の攻め」を生み出すためのエンジンなのです。
もしあなたが今、PdMとして「次にどんな機能を作るべきか」悩んでいるなら、一度視点を変えてみるのもよいかもしれません。
「どうすれば、顧客がこの機能を『説明なし』で使えるようになるか?」 「どうすれば、社内の開発・運用プロセスがもっと『ラク』になるか?」その問いの先にこそ、持続可能なプロダクトの未来があるはずです。 地味で泥臭い「オペレーション」の中にこそ、プロダクトマネジメントの本質が眠っているように思います。
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