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肯定できなくても、「否定している自分」を見留めることから

今日は、つぶやきです。

 

すごく断片的な話なんですが、私は、人に評価を求めがちなところがあって、不安な気持ちでいることが多いのです。

嫌われたくない気持ちとか、周りの人が不機嫌にならないようにとか、周りの人のためにできるだけ気を使おうとか、そんなこんなで、無意識に、「自分の気持ち」を後回しにするところがあるんですよね。

視線が外に向いている。

 

「ある程度の我慢をして、丸く収まればいいや」って思ってきたけれど、最近、特に、なかったことにしていた「自分の気持ち」が我慢できなくなっているような気がします。

 

自分の感情の動きを頼りにして、本当はどうしたいのか? に気づけるようになりたくて、それでもって、周りの人だけではなく、自分の気持ちも同じくらいに大事にしたいなって思ったんです。

 

じゃあ、自分を全然出せてないの? というと実はそうでもなくて、家の中では結構わがまま言えているんです。

旦那と息子には、「それは今嫌だ」とか「気持ちが乗らない」とも言えるし、「ここに行きたい」と主張もできます。

不思議と、わがままを言っても嫌われないだろうっていう甘えがあるんですよね。

それは、本当にありがたいことだと思います。

 

家族には、ダメな自分は見せることができているのです。

だけど、「“外で”ダメな自分でいること」を自分が許せていない。

 

あ。だけど、全然完璧なわけじゃないんですよ。

ただ自分で決めた「ちゃんと」という基準を超えておきたいし、できるだけ失敗はしたくないと思って、新しいことにチャレンジすることを避けているところもありますね。

 

このままだとつまらない人生のまま終わってしまいそうだわ……。

 

そんな危機感があります。

 

でも、「このままではダメ」って思うのではなく「このままでOK」って思いたいんですよね。

 

あ。「このままではダメ」と今私は思っているんだなぁって、まずは認めることからでしたかね?

 

「認める」≒「見留める」って聞いたこともあったっけ?

 

わかったつもりになって、やっぱりわからなくなっちゃう、いつも、この辺りで。

 

「完璧ではないけど、この私でもOK」って心から思えるように、少しずつでもなっていきたいです。

 

 




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