どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。
今回は『ブラック・スワン』『ザ・ホエール』のダーレン・アロノフスキー監督最新作。盗みが捕まる、という意味と盗塁失敗を意味する野球用語のダブルミーニング。うまいこと考えますな。

WATCHA4.0点
Filmarks4.0点
(以下ネタバレあり)
ダーレン・アロノフスキーがNYでノワール的な巻き込まれ話をやるなんて、どういう風の吹き回しだい?と思ったけど全然アロノフスキー映画になってた。なってたし、本当面白かった。こんなかんじでいけんのね。
主人公のハンクは、母から野球を教わりジャイアンツを愛する挫折したプロ志望。牛を避けて事故ることで転がり落ち始めた人生、でも全然それって最悪じゃなくて隣人に猫を預けられたことからどんどんトラブルに巻き込まれていく。それなりに楽しい飲んだくれた生活をしていたはずのハンクがどんどん裏稼業の世界に取り込まれていく象徴として猫が存在し、彼が生活スペース、生活のプライオリティを猫に置いていくことでバランスがどんどん変わっていく。どれぐらい猫を大事にしているかで闇具合が変わるし、綺麗さっぱりやり直す、という話ではなく、自分の人生に死の面影が付き纏うなら腹を括って母だけは守るぜと、そういう覚悟の話。問題から逃げないで、と提示されてる通り。つまりはどう生きるかを決める話であり、それってすごいダーレン・アロノフスキーっぽい話だよなぁと思うのです。分かりやすすぎて言うほどでもないけど、お前のオールを任せるな、ですよ。人生を車に例えて運転をトラウマから拒み続けたハンクがハンドルを多少強引にとはいえ握って自分の意思でアクセルを踏んだ。それが1番大事。
アロノフスキーにしては割と早めに酒浸りを回避させたのが重くなりすぎなかったんでしょうね。一旦死んだ気になるし、酒も飲んだらダメってことにするし、それでも飲んだせいで酷い目に遭う訳で。酒に溺れること自体も逃げの一種なのだが、それだとただただ死ぬしかないんでなんとか生き残るためにやるしかねぇ、というのが良いバランスに仕上がったと思います。
さて、なんと言っても野球映画なわけです。サンフランシスコ・ジャイアンツをこよなく愛するわけで、プレーオフの勝敗は崖っぷちから始まるので別にハンクの状態と比例しているわけではなく、『ホウセンカ』ほどうまくやったわけでは無いです。ただ、イヴォンヌにうざがられようとジャイアンツの話をしてるオースティン・バトラーにはコイツの顔がいいから許されてるだけだ…という恐怖が私に襲ってきましたね、ええ。特定のスポーツチームのことを大して相手が好きかも分からないのに滔々と述べる、という行為に正直覚えがありすぎる。野球だろうとサッカーだろうと試合は1人では成立しないのに、それを忘れて1人相撲。いけません。コミュニケーションの時代です。まあそれを超える異常者がお母さんなんですけどね。ローラ・ダーンだったよね?息子がニュースで指名手配的に言われてるけどまあ取り敢えずテレビでジャイアンツのプレーオフ見なきゃ、とかいう恐ろしい異常者。でも地球が終わろうとそこで推しのサッカーの試合してたら見るわな、と思うもん。割とマジで。と、これから半年間、いわゆる普通のリーグ戦ではなくタイトルの価値も若干落ちるだろう特別シーズンを迎えるけど関係なく試合を見に行こうとしている人間が申すのです。我々のような狂信者をバカにしてはいけません。だからハンクってすごいよ。テレビの電源消したもん。いやー流石に見る。地の果てに逃げてそこでメジャーリーグ見れるんだよ。見る。生き方として、問題から逃げるとかじゃなくて見るよ。あるんだもん。何の話だこれ?