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家族という共同幻想「架空の犬と嘘をつく猫」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 2025年からこんにちは。新作を試写で拝見していたので年越し前に書き終えたものになります。基準点。

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WATCHA3.5点

Filmarks3.6点

(以下ネタバレ有)

 高杉真宙の両サイドに伊藤万理華深川麻衣の乃木坂OGが正反対の性格、姉が向里祐香、父が安田顕、母がシンガーソングライターの安藤裕子で、祖父が柄本明、祖母が余貴美子と結構な布陣で家族の嘘の話を描く、と聞いていただけに見た人は結構みんな驚いたと思うのですが、子ども時代が結構長い!高杉真宙が出て来るまで30分ぐらいはかけていたのではなかろうか。起点となる1988年時点で、山吹は後の妻となる頼と出会っていて、そこから次の時制で後に面倒を常に持ち込んでくるかな子と出会っている。とはいえ、この中学2年生段階でもまだ高杉真宙では無いので本当にゆっくりゆっくり積み上げていく感じ。

 そこまで積み上げてくんだけど、カタルシス的なすっごいものは生まないように生まないように、骨抜きになって大きくなったジェンガを崩さないように進めていくんだけど、そこのベースに「優しさ」っていうコーティングがあるので緊張感も張りつめることなく進めていく。お母さんが時間を進めずにいた末の子の死の真相も回想等を使って語ることもなく、ただそこにある事実として存在するし、そこからの母の受け止めと乗り越えもドラマティックにあるんじゃなくて、時間を飛ばした結果受け入れている。30年にわたる一家の色々をただただ定点的に覗いていく、という点では『6才のボクが大人になるまで』に近い感覚はある。流石に中学生のあたりで時間的な引っ張る力の無さを感じはしたのだが、伊藤万理華が遂に顕現してからはそりゃあもう完全に釘付けでした。気づかないふりをしてきていたが、いよいよ宣言する時かもしれない。伊藤万理華、完全にファンである。すっかり言及するのは忘れていたのだが、本作は佐賀が舞台であり、『ゾンビランドサガ ゆめぎんがパラダイス』と同じ舞台とは思えない佐賀の空気のゆっくりさを感じることが出来るのだが、佐賀弁で喋る伊藤万理華、完全に優勝していた。超最強。柄本明が暴走しながらも巧みに使いこなし、余貴美子が中盤以降、完璧にうちの祖母と似た口調になるなど、九州生まれの人間でもほうほう、となる方言使いだが、ずぬけて伊藤万理華が良かった。好き。勿論、カワイイ側の芝居と方言が出る高杉真宙伊藤万理華が背負っている反対に、家の環境が悪く母と同じ道筋を辿って行ってしまう、優しさに付け込んでいながらそれがちょっと自覚しつつの無自覚、という一番性質が悪く、そして高杉真宙の標準語の面を引っ張りこんだ役割を深川麻衣がこれまでとは異なるようなイメージできちんとやっているからこそ伊藤万理華が輝いているのは言うまでもない。

 佐賀弁の解像度もさることながら、本作の大きなテーマといえる優しい「嘘」を大きく包含するテーマであるクリスマス会の解像度がすんげー高いなっていうのは加点ポイント。ん、加点ポイントって二重表現っぽさがあるな。頼ちゃんがやってる読み聞かせ的なボランティアのクリスマス会に呼ばれた山吹くんがひとり輪に入れなかった子が納戸に閉じこもったところに語り掛け、心の中にいる犬を撫でるんだ、というエピソードと、みんなの前で急にするクマ人間のストーリーが嘘が創作になり、メンタルケアになる様子を示している。示しているんだが、そもそも読み聞かせをしようとしたときに頼ちゃんが持ってきた本に対して、知ってるだの、読んだことあるだのブーブー子どもたちが言うんですな。これがまあちゃんとこういう会に出向いてないと出て来ない程度のリアルさ。あの連中、読んだことないものは分かんないっていうし、読んだことのあるものは知ってるというし、読んだこっちに感謝もしないし、読み聞かせがいがあるってものなんですよ、ええ。頼ちゃんが読みに来てやってんのに、と思ってしまったと吐露するタイミングはまず探し終えてからにしろよ、とは思うものの、いやぁわかるなぁと心の中のおじさんがしみじみ一献傾けるのです。

 えー、なんというか、変に自分の解像度が高いところばっかり感想を書いてしまって映画自体がどうだったんかよくわからなくなりましたが、別にここの記事に映画自体の完成度の話とか求める人いないだろうし、いいだろうと可決しました。山吹くんがお母さんに弟のフリして書き続けてきた手紙も含めて、嘘が救うこともある、程度に収まる話というよりも、やはりメインビジュアルでもあるバスの中でのシーンですよね。てんでばらばらになった家族、山吹くんの結婚式にも来なかった紅さんまでやってくるのは葬式で、火葬場からのバス、っていう同上せざるを得ない空間で「家族」というある種の一番身近な共同体幻想を表出することに成功していて、ここだけでこの映画を見た価値はあるかなっていう感じですね。2026年の新作映画1発目に対していい基準点となるだろうな、と思います。




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