どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。
配信で公開された映画、下半期に見たものです。
熱帯の黙示録
WATCHA4.0点
Filmarks3.9点
『ブラジル〜消えゆく民主主義〜』でルラ政権、ルセフ政権が倒れていく様子を記録したペトラ・コスタ監督がその後のミニトランプ、ボルソナロ政権を記録したドキュメンタリー映画。明確な続編。
描かれたのはボルソナロが政権を獲得するに至った大きな要因では無いかと監督の推察したキリスト教福音派。ボルソナロの言動に口を出して、我々は国民の30%を占めると宣うマラファイア氏。
結局、ボルソナロを倒すためにルラは福音派にもある程度接近しなくてはならなかったし、まあ政治や国の行末を語る際の主語が神なのも、これまでの私の人生からは想定できないというか、それこそ民主主義の否定としか思えない。破滅的でさえあるように見られる言動を、福音派における黙示録の到来、救われるためのひどさなのか、と読み解いていく
見事にトランプ同様にボルソナロ支持者は、議会や最高裁を占拠し、ボルソナロがクーデターを試みたとされることとなった。現在はルラが大統領に復帰しているが、アメリカでは議会乱入ののちにトランプが大統領に返り咲いている。ブラジルのこの先は。
そして、もちろん先の選挙で重なっていく日本のこの先は。
パーフェクト・ネイバー:正当保護法はどこへ向かうのか
WATCHA3.5点
Filmarks3.5点
ボディカムや警察の記録をメインで扱った、警官視点による隣人トラブルが銃による殺人に至ってしまった2年の記録。
昨年のアカデミー賞では、警官による黒人射殺をボディカムや監視カメラの映像のみで構成した「incident」が短編ドキュメンタリー賞にノミネートされたことを思い出す。今回のケースが人種差別的な偏見があったのか、あるいは何らかの被害妄想を抱えていたのか、それとも全て計画だったのか。正当防衛法の施行によって銃を構えることへの躊躇が減ったからか、殺人率が上がり、そしてそれが人種間で有意な差が有りそうだ、というメッセージは分かるのだが、そのメッセージを示せそうな裁判の過程はほとんど見せずにトラブルの経過を追うばかりなので最後のテロップで主題を見せてるだけに感じる。この作品を見て、正当防衛法については理解が深まった!とはならんだろう。
ハウス・オブ・ダイナマイト
WATCHA3.5点
Filmarks3.7点
キャスリン・ビグローによる世界への警告。
第二次世界大戦以後、冷戦という理由があったとは言え、世界全体でせっせっせっせと「平和」というものを構築してきたはずだったのに、その「平和」の建材は核兵器だった。ハウス・オブ・ダイナマイトである。
抑止力として存在しているはずの核兵器、大陸間弾道ミサイルだが、いざそれがアメリカに発射されてしまったらどうなるのか。撃たれてから18分後には着弾するまでを多層的な立場から見せている。
この18分間、緊迫もするし要所要所で実はこうなってました、はあるのだが基本的にはこれを繰り返すだけでそこに何か語りとしての意味は見出せなかった。逆に本当にこの件を知らないままゲティスバーグでの18分を映したりした方がいいのでは、とさえ思う。
まあとにかく爆薬の建材で作られた平和をたとえ誤射でも1発で連鎖大爆発に向かえる状況の大統領は誰か、日本もまたダイナマイトで作られた平和の上にいること、そう言うことを考える訳である。
LOVE+WAR 写真家リンジーの戦場
WATCHA3.5点
Filmarks3.5点
ジミー・チンとエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィコンビによる新作。
リンジー・アダリオという戦場写真家についてのドキュメンタリー。ウクライナ、キーウの攻撃の密着、ロシアによる民間人攻撃のスクープに始まり、カダフィ政権と相対したリビアでは他のジャーナリストたちと共に捕えられたことも。
夫は子どもを欲しがったが彼女は拒否し、子どもが生まれてからもロイターから転職してサポートしてもらっている。それでもこのしごとをつづけるいみがあるのか。問いは難しい。答えは出ない。でも彼女は世界を変えるために、この仕事が必要だと信じている。
フランケンシュタイン
WATCHA4.0点
Filmarks3.8点
死に魅入られたヴィクター・フランケンシュタイン博士。オスカー・アイザックが演じる彼がいかにして怪物を生み出すか。
という話に見えて全然違う。前しか見てねえ船長率いる北極点到達船は氷に阻まれて動けない。そんななか、撃っても死なない怪物と、義足の男と彼らは出会う。怪物を氷の下に沈め、男の話を聞くと…という構成であり、ヴィクター・フランケンシュタインと怪物の側、双方から語られる章立てなのは面白い。語る言葉を持たない怪物扱いしているジャンルの中で、怪物にも言葉を持たせることは、船のクルーが英語以外で話していたことも含め、相手の言葉を聞くことの重要性をこの時代に示している。
そうして語られた中身は、キリストの十字架のごとき死体になんやかんやで注入されて創造された個体と、創ることだけを考えて生まれてからを考えていなかった男。資金援助するクリストフ・ヴァルツ含めて、人間は欲望に塗れて、愚かで、そんな一面を強く見せる。だが、怪物の側から語られた人間はある種イノセントで、やはり対話すれば通じ合えると同時に、存在するだけで暴力となることもあると。互いに傷つけながらも、互いを許すことを知る。
幼少期のヴィクターの思い出と教育の不完全さの連鎖が成立し、それを自覚して初めてヴィクターは彼のことを子と認め、ヴィクターもまた父として認められる。彼が怪物として船室に入り、人間として出る。船長もまた、進むだけでないことを知る。
普遍的な父子の物語であり、神の話であり、そして相互理解の話であり、さらに言えばシンギュラリティの話にも喩えれる。いつだって人間は創造した側だと調子に乗るからジャッジメントデイがやってくるのだ。
ジェイ・ケリー
WATCHA3.5点
Filmarks3.6点
ジョージ・クルーニーがどこかピッタリに見えてしまう映画スターの話。イニシャルも同じだし、ジョージ・クルーニーの葬式みたいだな、と思ったけど彼はGeorge Clooneyだった。恥ずかしいけど自戒のために書き残す。
冒頭は映画の撮影シーンから始まって長回しなんだけど、ここがあんまり惹きつけられなかった。暗すぎる。そこからは映画スターとして生きてきた自分だが、娘の独り立ちを機に自分の中身が空っぽであることに気付き、娘の卒業旅行にこっそりついていって、そこで人生を回顧していくことに。ドアを開けたらかつての場面が、という一連はすごく意味がわかるんだけど、結局この作品はスターを肯定したいのか、否定したいのか、救済したいのか、断罪したいのかイマイチ伝わらなかった。普通に両立してる人いるし、行動はどれもが父親として壊滅的だった。あと元奥さんへの言及は特になかった。逆に、スターへの階段の第一歩、殴ったティモシーとの逸話は別に人の人生を盗んだと言えるほどのものでもない。
総じて、それらをまとめた結論のセリフがもうワンテイクできるかい?なのは悪くない。スターはスターだなって感じ。スター映画だし。ローラ・ダーンの言葉通りで、人類初のノイローゼと思い込んでる大きな子どもだ。
アダム・サンドラーがこれまたおいしい役。
それにしてもトスカーナ映画祭の授賞式。ノア・バームバック、まさかチャベルの『バビロン』見てやりたいなーとか思ってないよね?と思ったが言われてみて確かにそうだわ、となった。『野いちご』だ