どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。
今回は東京国際映画祭でコンペに選ばれた数字監督3人衆最後の刺客。片山慎三、吉田大八、そして大九明子。
WATCHA3.5点
Filmarks3.4点
(以下ネタバレ有)
大九明子監督。世間的にもそうでしょうが、やはり個人的にも『勝手にふるえてろ』という特有の爆弾を放り投げたことで知られると言っていいでしょう。2017年の年末にちゃんと映画館を見たことは間違いなく重要だったと思えるし、え、8年前なの?っていうのを振り返ると20代前半で見たのもビシッとハマっていましたね。その次回作『美人が婚活して見たら』も映画館に行ってますからね。まあそれでちょっと気が抜けてしまってそれ以来の監督作品の鑑賞なのですが。
さて、ここ最近の大九監督作品同様に本作も吉本興業とタッグを組んでの作品で原作はジャルジャルの福徳さん。ジャルジャルの卒業写真が面白い方、ですね。原作を読んだわけではないですが、ほとんど『勝手にふるえてろ』ともいえる作品である本作が大九監督の下にやってくるのも必然ではありました。
主人公の小西くんは、関西大学に通っているが横浜の方で暮らしているおばあちゃんの死をくらってしまってしばらく学校を休んでいて。大学構内ではどんな天気でも日傘をさすことで個人のテリトリーを守って「くらわない」ように暮らしている。そんな彼がふと出会った桜田さんもまた、髪型をお団子にすることで武装していた、っていう感じのラブ…コメでもないんだが、じゃあラブストーリーかというとそれも違うな、っていう味わい。ここに小西君の友人の山根、バイト先の伊東蒼演じるさっちゃんの4人の話だと思っていい。
基本的には全部が全部、武装の話である。自分が安全に過ごせない「公共」という領域。どこまでそこを私物化できるか、という段においてそれができない人間は多様な方法で武装してファイティングポーズで過ごしているのだ。そして安全に過ごせるという心理状況になった時、人間は武装解除する。この武装解除した瞬間を人は本音と呼ぶのかもしれないし、そうできる相手をパートナーと呼んだり、親友と呼ぶのかもしれない。小西君は、いわゆるHSPに近いような、感受性が強くてくらいやすい性格であり、その上で距離感がちょっとバグっているのでなかなか見ていると理解しがたい言動が多い。そんな彼に対して恋するさっちゃんと、彼が恋する桜田さん。桜田さんに対してあっさり武装解除する小西君なんだけど、桜田さんは団子頭を解いている訳じゃない。彼女は武装解除していないのに、小西君は自分が解除している時は相手もまたそうであると勝手に思い込んで言動の選択をヒヤヒヤさせる。
さっちゃんもまた、イヤホンで武装している。でも彼女はバイト先の銭湯では凄く解除しているように見える。この映画で凄く好きだな、っていうのは武装解除している時はどういう時か、というのが公共空間を読み替えている時、として描写されていることだ。銭湯映画はたくさん日本にはあるし、例えば劇中でも登場する松本穂香が主演の『わたしは光をにぎっている』なんていう素敵な映画もあった。そうした作品群の中でも、銭湯を人間の風呂としてでなく読んで行動しているような軽やかな伊東蒼の振る舞いは凄く魅力的であり、空間の読み替えとして興味深い。『勝手にふるえてろ』はその読み替えの劇的さをミュージカルで行った作品でもあるだろう。
という感じで、武装と武装解除の話ではあるので、正直浮いているようにも感じられる武器の輸出の話もテーマ的には間違ってはいない。ただ、自分が武装を解くことと、他者に武装解除を要求することは根本的に異なることには留意しておきたい。だからこそ、武装している桜田さんがどう武装解除するのか、あるいは小西君が自分の武装についてどういう風に向き合って武装していくことと武装解除していくことにどう向き合うのか、が大事だと思っていたのだが、すっかり予想外の方向へ転がってしまった。さっちゃんと桜田さんは姉妹であり、さっちゃんの死という想定外の事態で桜田さんは強制的にガードを下ろさせられて、彼女の家で武装する気のない状態で対面することになる。そこからは、喪失の受け止めに終始し、そこにつけこんで告白する小西君という構図でしかなく、小西君の何らかの行動によって武装を解除してもらえる仲になったわけでもない終わり方には正直首をかしげざるを得ない。おまけに、そこは河合優実の素晴らしい演技に全乗っかりしたうえで自信がないのか、手数が増え、ヘンテコなズーム迄いれてくる始末ではあった。伊東蒼含めて、演技陣に文句はないのだが、そこに頼りすぎている印象は否めない。古田新太も終盤ちょっとやりすぎていた気がするし、そんなに統制は出来ていないのだろう。
観客の多くは小西君の言動にイライラすることになるだろうし、そこを乗り越えた人が傑作と認定し、ダメな人は完全に門前払いな作品もなっている気がする。だがそこにサッカーファンとして別の視点を加えておこう。小西君を演じる萩原利久さんは生粋のシティズン、即ちマンチェスター・シティのサポーターである。サッカーファンが週末の試合結果によって情緒を左右される不安定な生き物であることは私をサンプルにしていただければ容易に推察できるわけで、ゴメンをいうのに1か月半もかかるとかそんぐらい試合で勝てなければそうなるのも仕方ないのだ。2024-2025シーズンはマンチェスター・シティはこの10年で最も低調、と言ってもいいシーズンだった。彼はそんななかよくやった、とそのシーズンに優勝したリヴァプールのサポーターである私は思うのだ。わっはっは。優勝したから他のサポーターの振る舞いを温かい目で見れるのだ。え、別に新しい視点でも何でもない与太?うるせえ、勝ってから言え!!!!
